
作家の読書道 第160回:薬丸岳さん
2005年に『天使のナイフ』で江戸川乱歩賞を受賞、以来少年犯罪など難しいテーマに取り組む一方で、エンタメ性の高いミステリも発表してきた薬丸岳さん。実はずっと映画が好きで、役者をめざして劇団に所属していたり、シナリオを書いて投稿していたことも。そんな薬丸さんを小説執筆に導いた一冊の本とは?
その5「重厚な作品&エンタメに振り切った作品」 (5/5)
――一昨年の『友罪』は、友人となった相手が、が実はかつて起きた凶悪な犯罪の少年犯ではないかと疑念を抱く男の話。新作の『誓約』もエンタメ性の高い小説ですが、今は家庭を築いて幸せに暮らす男が、暗い過去のために脅され、苦しむことになる。一度罪を犯したら人生もう駄目なのかという問いかけを感じますが、さきほどの話からすると薬丸さんは決して"擁護派"ではないですよね。
薬丸:僕は筆名が「がく」で本名は「たけし」なんですが、最初の頃はやっぱり「たけし」の価値観をかなりダイレクトに出していたと思います。でもある時期から、それだけでは小説を書き続けるのは難しいなと思いはじめて。僕自身が持っている価値観だけではないものも「がく」としては書かなければいけないのかなという。ですから僕は『友罪』の主人公の益田君のようにはなれないと思います。でも「なれない」というだけでは物語は生まれない。読者の方が読んでくださった時にどれだけ説得力を持たせられるか、そこはやっぱり集中力と想像力を駆使するしかないんですよね。「自分がこういう立場だったらどう思うだろう」という。
――『誓約』はどういう出発点だったんですか。
薬丸:これはエンターテインメントとして面白いものが書きたいなっていうのが発端としてありまして。やはり『友罪』みたいなタイプの小説だと、どうしても答えを求めることに意識が向いていたので、もっと物語が躍動するような話を書きたくて。もともと映画を観ていても、こういうタイプの話がいちばん好きなんです。
――話がどんどん転がって、主人公がどんどん追い詰められて、これもう無理だ! と思わせておいて......という。
薬丸:そうですね、とにかくお話としてテンポがよくって、という。『友罪』も間違いなく僕が書きたいもの、訴えたいものなんですよ。でもそういうものにどっぷり浸かってそのことばかり考えていると絡めとられてしまうので、そういう時は『誓約』みたいな映画が観たくなるというか。今『週刊現代』に「Aではない君と」という、14歳の息子が殺人の容疑で捕まってしまう父親の話を連載しているんですけれど、やはりそういう気分になります。
――面白いものを書こうとした『誓約』でも、加害者と被害者がその先の人生をどうやって歩めるのかといった問題が含まれていて。それはもう作家としての大きなテーマになっているのでは。
薬丸:そうですね。結局『誓約』も今までと違うことをやろうと思ってスタートさせて、確かにある部分では違うものになっていますが、でもやっぱり薬丸岳の小説なんですよね。僕はこの作品は社会派とはまったく思っていないんですが、読者の方や書店員さんのご感想を訊くと、そう読まれていたりする。自分自身がことさら意識しなくても、そういう要素が入ってくるんでしょうね。
――ところで、作家なってからその後、小説は読まれているのでしょうか。面白かった作品を教えていただけたら。
薬丸:大門剛明さんの作品は好きです。『雪冤』とか『罪火』とか。題材といいますか、方向性が自分と近いのかなと感じるところがあって読ませていただいて、すごく面白くて深いなと思っています。ここ数年ではやっぱり高野和明さんの『ジェノサイド』は本当にすごかったですね。貴志祐介さんの『悪の教典』も上下巻を一気に読みました。だから仕事がはかどらなくて困りました(笑)。乱歩賞受賞作も相変わらず読んでいて、下村敦史さんの『闇に香る嘘』も面白かったですし。
――映画は観ていますか。
薬丸:最近それほど観に行けていないんですけれど、最近では韓国映画の『泣く男』がよかったですね。同じ監督の『アジョシ』という映画が切れ味が最高ですっごく好きだったので観たんです。『ダラス・バイヤーズクラブ』も最近観て、これもよかったです。
――気分転換は何かされますか。
薬丸:趣味がないんですよね。最近、氷を丸く削ることが趣味で。コンビニとかでブロックアイスを買ってきて、それを鋸で正方形に気って、アイスピックで丸くしていくという。自宅でやっているんですけれど、そのうち仕事場でも始めそうで...。
――もちろんその氷で琥珀色のお酒を飲むわけですね(笑)。では最後に、『週刊現代』の連載の「Aではない君と」はいつ頃単行本にまとまるのでしょうか。
薬丸:今年の9月には本になる予定です。その前の6月に、KADOKAWAさんから『アノニマス・コール』という誘拐ものが出ます。これは『誓約』よりさらにエンタメ方向が強いですね。車がクラッシュする話が書きたかったんです(笑)。
(了)