作家の読書道 第166回:柚月裕子さん
新人離れした作品『臨床真理』で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞してデビュー、『最後の証人』にはじまるヤメ検・佐方貞人シリーズも人気の柚月裕子さん。最近では極道とわたりあう刑事の生き方を描く『孤狼の血』が話題に。骨太の作品を次々と発表している著者は、どんな本を読んできたのでしょう?
その5「執筆生活&最近の読書&新作について」 (5/5)
――犯罪小説や警察小説で影響を受けたものや好きなものはありますか。
柚月:昔から読んでいたものではホームズやポアロ、それとテレビドラマの「刑事コロンボ」は好きでした。講座に通い始めた頃に横山秀夫さんを読み始めて、逢坂剛さん、志水辰夫さん、大沢在昌さん、今野敏さんも読みましたし、北方謙三さんのハードボイルドも読みました。
――「このミス」に応募する際、に自分の書いているジャンルが分からなかったということですが、その後ミステリーを書いているという意識は出てきましたか。
柚月:いえ、結果的にミステリと呼ばれる、という感じです。『臨床真理』を書いている時も確かに「犯人は誰」というところにも心を砕きましたが、それ以上に出てくる青年の心の暗い部分や、「まともじゃない人間は生きてはいけないのか」という台詞にこめた思いがあります。ほかの作品もすべてにおいて、事件の謎以外のところで、自分が書きたいと思うところは必ずあります。
――一日のなかで執筆時間などはどのように確保されているのでしょう。
柚月:よく時間を決めている方がいらっしゃいますけれど、私は駄目ですね(笑)。まず朝、だいたい5時くらいに猫に起こされてご飯をあげて、そのまま起きている時は家の者を送り出した後で二度寝するんですね。猫も一緒に寝て、お昼前に一緒に起きて、お茶を飲んだりお洗濯をしたり家の中を片付けたりして、お昼すぎくらいから日中でなければできない雑務、買い物に行ったり郵便局に行ったりをする。夕方あいた時間に書くこともありますが、夕食を作って食べて後片付けをしおえた8時か9時くらいから夜中の1時2時くらいまでが一番集中して執筆しています。締切ギリギリになってくると日中も外にも出ずに書いていますけれど、わりとペースを守って書けている時はそのようになっています。
ただ、私事ながら、最近テニス肘というものになってしまって。右腕がすごく痛くて治らないので病院に行ったら「テニス肘ですね」って言われたんです。「私、テニスをするどころか運動不足です」と言ったら「パソコンしてる?」って訊かれて。キーボードを打つのはすごく小さな動きですけれど、疲労の蓄積が肘にたまって、腱鞘炎になるんだそうです。作家さんや漫画家さんに多いそうですが、それで今、書くペースを落としているんです。前だと「今休んで、あとで5~6時間頑張ろう」と思っていたんですけれど、今はそれができないので、2時間書いて1時間休んで、2時間書いて1時間休んで、トータルで目標の枚数にいけるようにしています。
――読書はいかがでしょう。読まなければならない資料が多いと思いますが。
柚月:やっぱり資料本が多いですね。でも資料ばかり読んでいると、小説が読みたくなるんです。今読んでいるのは、結城昌治さん。私は未読だったんですけれど「読むといいよ」と教えてもらったので。他には浅田次郎さん、北方謙三さん......、主に、前に読んでいる本の繰り返しになりますね。
――繰り返して読むお気に入りというと何になりますか。
柚月:浅田次郎さんは『壬生義士伝』です。私は岩手の生まれなので、懐かしい方言も出てきますし、みちのくの不器用な人間性に共感できるところが多いです。北方謙三さんは『檻』と、『逃れの街』。結城昌治さんは『暗い落日』ですね、まだ読んでいない作品も多いんですけれども。
――最近の本で面白かったものはありますか。
柚月:小池真理子さんの『モンローの死んだ日』です。ああ、やっぱり私は小池さんが書くものが好きだ、と思う1冊でした。なんともいえない、胸が苦しくなる、すごく美しい文章。美しすぎる文章というのかな。やっぱり小池さんすごい、と思いながら一気に読みました。
――さて、最新刊『孤狼の血』には、驚きました。昭和63年の広島を舞台にした、マル暴刑事対極道の話という。
柚月:『野性時代』さんから連載のお話をいただいた時に「警察小説を」と言われたんです。警察小説の名手の方がたくさんいらっしゃるなかで自分にどんな警察小説が書けるのかと考えた時、今まで佐方貞人という表の正義を書いてきたので、今度は裏の正義、悪徳警察官を書いてみたいなと思ったんです。悪徳警察官の小説もたくさんありますけれども、こっちのほうがなんとなく書きやすいかなと思ったんです。私が『仁義なき戦い』だったり『県警対組織暴力』といった映画が好きだということもありますね(笑)。あとは『トレーニング デイ』という、デンゼル・ワシントンが主演のどうしようもない警察官が出てくる映画。そういうのを書いてみたいなと思って、担当さんにご相談させていただいたところ、最初は「んーーー」って首をかしげていて(笑)。『仁義なき戦い』や『県警対組織暴力』を見返してプロットを練って出したら「じゃあ、書いてみましょうか」とOKをいただいて、それで書き始めたのが『孤狼の血』です。
――昭和63年、所轄署の捜査二課に配属された新人の日岡はベテラン刑事、大上の下につく。大上はヤクザとの癒着を噂される人物なんですよね。これはあえて時代設定を昭和にしたのでしょうか。
柚月:そうですね。暴対法が施行される前ですね。今は暴排条例など法律が非常に厳しくなっていて、抗争事件に認定されると五人くらい集まっただけで捕まるとか、名刺を出しただけで引っ張られるらしく、そうなるとなかなか小説をしては書きづらいんです。今ほど厳しくはない時代というと、昭和63年はギリギリですね。
――広島弁がものすごく臨場感を盛り上げていますが、方言を書くのは大変ではなかったですか。柚月さん、広島になにかご縁があるのでしょうか。
柚月:方言は監修をいれていただきました。佐方も広島出身なんですよね。東北の人がよく我慢強いとか辛抱強いとか言われるんですけれど、それと同じような強さというものを、広島ご出身の方を見ていると思うことがあるんです。私は震災の後被災地を見ているんですが、広島の原爆ドームや資料館を見た時も、同じように人間が起こせるような規模ではない惨状というのを感じていて、そのなかからあそこまで復興した土地の人に対して、非常に強いなと感じるところがあります。
――それにしてもずいぶん骨太な作品ですよね。読書遍歴をおうかがいしていると、こういう小説もお好きなんだなとよく分かりました。
柚月:そうですね。ありがたいことに、こちらも続篇のお話をいただいて...。
――えっ! これ、完全にこの1冊で話が完結していますよね?
柚月:こちらも1冊で完結のつもりで書いたので、どうしようかを考えているところです(笑)。
――いやー、びっくりです、楽しみですね。では、他の刊行予定や執筆予定はどうでしょう。
柚月:『小説すばる』に連載していた「慈雨」の最終回をやっと書き終えたところです。これは退官した刑事が夫婦で四国を巡礼しながら、自分が関わった事件と今現在起きている事件を照らし合わせていくという話です。『オール讀物』での短篇連作も終わったところなので、これから来春あたりから2作を順番に刊行していく予定です。
(了)