WEB本の雑誌>【本のはなし】作家の読書道>第19回:椎名 誠さん
地球上のいたるところを縦横無尽に駆け巡り、あらゆる場所を読書スペースにしてしまう旅と読書の達人、椎名誠さん。
4月18日に本の雑誌社から発売された『いっぽん海ヘビトンボ漂読記』に、旅と読書にまつわる話がフンダンに書かれてはおりますが、椎名さん流の読書スタイルをさらに解明してほしいというファンの熱い要望に応えまして、「WEB本の雑誌」編集部員が直撃インタビューを行ってまいりました。
(プロフィール)
1944年東京生まれ。
1979年より、小説、エッセイ、ルポ等の作家活動に入りました。
これまでの主な作品は、『犬の系譜』(講談社)、『岳(ガク)物語』(集英社)、『アド・バード』(集英社)、『中国の鳥人』(新潮社)、『黄金時代』(文藝春秋)など。最新刊は、『絵本たんけん隊』(クレヨンハウス)、『かえっていく場所』(集英社)、『モヤシ』(講談社)、『いっぽん海ヘビトンボ漂読記』(本の雑誌社)。エッセイは、週刊文春連載中の、赤マントシリーズが10年以上続いています。旅の本も数多く、モンゴルやパタゴニア、シベリアなどへの探検、冒険ものなどを書いています。
趣味は焚火キャンプ、どこか遠くへ行くこと。
――椎名さんは世界中いろいろなところを旅されているわけですが、いつもどのような本を持っていかれるんですか?
椎名 : いろいろありますね。一言で簡単に区切れない。電気はあるのか、どこで寝るのか、自然現象による停滞はありそうなのか、そういったことをいろいろと考えて、持っていく本の種類も数も違ってきます。まあ、1ヶ月くらいの旅行に行くときは、だいたい翻訳ミステリー3冊、SF小説3冊、旅行書2冊、人文科学の概説書2冊、で計10冊くらいを持っていくのがオーソドックスなパターンですね。ジャンル毎に面白そうな本を選ぶんですよ。本を選ぶときがまた楽しんですね。
――いままでの旅の中で最高の読書はどんなシチュエーションのときでしたか?
椎名 : うーん。あんまりに素晴らしい環境だと、読むのは控えますね。バカバカしくなりますよ。外でボッーとしていた方が断然きもちいい。だから夜、しかも朝まで何もすることがないときに、自分のテントを密閉してヘッドランプをつけて本を読むのが至福のときですね。
――旅に出ていると本を読む上でもいろいろとハプニングがありそうですが。
椎名 : この前、チベットに行ったときは穴蔵のような家に泊まったんですよ。一応ベットみたいなものがあるんだけど、一般の人が見たらギャーっていうようなスゴイところで(笑)。そこで寝袋に入って本を読もうとヘッドランプをつけたら、数十匹の蛾がバァーとランプめがけて飛んできて、一匹づつ退治しないと読めない。さすがに諦めざるを得なかったときは、もどかしかったですね。
――今後、新たに読んでみようと思うジャンルの本はありますか?
椎名 : 僕の場合、自分でもわからないことが多いんですよねぇ。
――と、いいますと?
椎名 : たとえば、どっか外国にいきますよね。最近で言うとベトナムに行ってきたんですけど、ミドリヘビっていう非常に危険なヘビがいたんですね。でも、現地の人はそのヘビを手掴みしている。どうしてこのヒトは手掴みできるんだろうかな、と思ったことが発端で、 毒ヘビ学だとか、人間の免疫学に興味が発展していって本を読んでしまう。 旅で出会ったものに刺激を受けて、その関連の本に手をつけていくから、幹があって枝分かれしていくみたいに興味があっちこっちに広がっていくわけです。で、いろいろと読み進めるうちに、面白そうな鉱脈にぶつかる時がある。それでまたその鉱脈を掘り進んでいく。興味の連鎖でまた読みたい本が増えていくわけですよ。
――最近、発見した鉱脈はありますか?
椎名 : 岩波書店の「図書」という雑誌に10年くらい連載をもっていて、今は「辺境の食卓」というテーマで書いているんですが、例えば、砂漠でヒトは何を食べているのかとか、漂流者は何を食べているのかとか、辺境ごとに食べているものを分類すると、意外に括りやすいことに気がついたんですね。いろいろ文献を読み漁りながらまとめているんですが、非常に面白くてね。 自分のテーマにあっていたんでしょうね。今まで読んだ本を辿っていってまとめると、そういうテーマがわかってきますよ。
――今や読む本の守備範囲は相当広くなっている椎名さんですが、そもそもの読書の原点は何だったんですか?
椎名 : 最初はフィクション、小説が中心のポピュラーな読書を楽しんでいましたね。あまりジャンルなどにこだわらず、手当たり次第に読んでいた。その中でも冒険小説や漂流記を読んでいましたね。 仕事をするようになってから、いろいろな本を読むようになって、ジャンルが確立されてきたのかな。
――目の前に「ずんがずんが展」で展示された椎名さんの宝物本が並んでいますが、今まで読んで刺激を受けた本について数冊、お聞かせ下さい。
椎名 : なかなか選ぶのは難しいですけどね。 これ、『比較の世界』なんてそうでしょうね。ウィルスから天体のことまでをいろいろと比較しているんですよ。ミクロの世界にも宇宙があってね。のめり込みますねぇ。 その逆もあります。人間の大きさといろいろな巨大生物を比較した『巨大生物図鑑』。 僕は海に潜ったりなんかしているんで、サメなんかに出会うことがあるでしょ。で、この図鑑をみると、もっとスゲェのがいるなと怯えたりしているんですよ(笑)
――ミクロの世界とマクロの世界が2冊の本で直結しますね。
椎名 : あ、そうですね(笑) それからこれですね。一番刺激をうけたのは、『かくれた次元』。一次元、二次元からはじまって、五次元、六次元といろいろな次元のことが書かれていて面白い。
――五次元、六次元ですか……想像つきませんね。マクロの世界どころか次元を超えている(笑)
椎名 : その他でいうと、レヴィ=ストロースやマリノフスキーの本に刺激されてね。 本に書かれている場所に実際に行くって事が多いんですよ。それと、岩波写真文庫の『忘れられた島』を読んで、トカラ列島の竹島だったかな、実際にこの島に行って、この表紙に書かれている風景を見に行ったこともあります。今はこんな吊り橋はないけど、ここに写っている女性の方はまだお元気でしたよ。会ってきましたけど、やっぱり刺激を受けました。
――椎名さんの本との付き合い方は、実際の体験が密接につながっているんですね。
椎名 : この「スーホの白い馬」は、モンゴルに行って虹を見てね、それでこの本を思い出して読み返したら、また深みを増したという感じで、映画化までしてしまった。 僕の本との付き合い方は、本を読んで、実際にその場所に行って、戻ってきてまた読むという感じでしょうかね。
――たか号で漂流した佐野さんは、椎名さんの本を持っていたらしいですね。それで随分と助けられたという話を聞いたことがあるんですが、椎名さんにとってそういう本はあるんですか?
椎名 : 気持ちを静めるためにとかね、あるいは奮いたたせるためにとか、僕も随分、本に助けられたことがあります。それでいえば、レーチェル・カースンの「われらをめぐる海」かなぁ。これは必ず旅に持っていく本ですね。どこに行っても、どっからでも読めるわけで、何回も読んでいるから安心感がある。 レーチェル・カースンみたいにスゴイ難しい自然の世界を易しく書いている人は、案外奥が深くてね。何度読んでも別の読み方ができるんですよ。そういうのが優れた本だと思いますね。その時の気分だとか、知識の集積で、同じ本でも全然印象が違ってきますから。
――最近買った本で印象に残っているものはありますか?
椎名 : 岩波書店は世界の航海記を全集でだしているんですけど、その第2期目の本はどれも読みたい本でね、実はまだ読んでいないんだけれど。この前、1回買ってあるのにまたダブって買ってしまって。読まないとそう言うことがあるんですね(笑)早く読まないとなぁ。
――この先、椎名さんが取り組んでみたいテーマはありますか?
椎名 : うーん、うまく言えないんですけど、「仕草の文化史」といったらいいのかなぁ。 例えば、歩き方ひとつとっても、日本人はポケットに手を入れて歩く人がいるんだけど、国によってはこれは異なりますよね。民族によって適正なコミュニケーション距離も違って、そうだなぁ、イラクなんかでは60cmくらいで、日本人は2m以上ないとダメなんですよ。 あちこち外国に行くと、それがスゴク気になってきて、そろそろまとめてみたいですね。 でも、またその関連でいろいろな本を読んでいかなくてはならないんだけど(笑)
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このインタビューの後、四十日間をかけて5ヶ国をまたぐ旅に出発するという椎名誠さん。
さてさて、次はどんな発見が椎名さんの「旅と読書」をもっともっと面白くしてくれるのでしょうか。
(2003年5月更新)
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