WEB本の雑誌>【本のはなし】作家の読書道>第25回:大崎 善生さん
ノンフィクションと小説の両輪で心に染みる作品を描きつづける大崎善生さんが、作家になるべくしてなったと思えるほどの豊かな読書体験を明かします。1時間余りのインタビューで、口にした作家の数の多さは半端ではありません。さらに、繰り返し読んできた本とその読み方、作者に対する青春時代からの強い思いが伝わってきます。東京・西荻窪の喫茶店でうかがいました。
(プロフィール)
1957年札幌市生まれ。82年日本将棋連盟に入り、「将棋マガジン」編集部を経て、91年から「将棋世界」編集長をつとめる。2000年にノンフィクション作品『聖の青春』で第13回新潮学芸賞を受賞。01年2月、退職し作家活動に入る。2作目の『将棋の子』で第23回講談社ノンフィクション賞、02年に初めての小説『パイロットフィッシュ』で第23回吉川英治文学新人賞を受賞。他の著書に『アジアンタムブルー』『編集者T君の謎』『九月の四分の一』『ドナウよ、静かに流れよ』がある。
大崎 : 僕の読書はめちゃくちゃ偏っています。最近は決まった作家の本しか読まないんですよ。送られてきた雑誌に掲載されている小説はわりとまめに目を通しますけど、意識的に読む小説は本当に限られている。順番にいうと、小学校6年生ぐらいからいろんな本を読むようになって、岩波書店の全集で夏目漱石とか全部読んでたんじゃないかな。
――その中でよく覚えているのは?
大崎 : 一番おもしろかったのは『坊っちゃん』ですね。でも『我輩は猫である』とか読むのはつらかった。旧仮名づかいですし。5年生か6年生のときに小説家になりたいなと思いまして、だから漱石全集とか読んだのも、おもしろいというのもあったけど、小説家になるための忍耐力をつけておこうというけっこう意識的な読書でしたね。
――きっかけは何でしょう。
大崎 : 小学校の文集に将来何になりたいかという質問があって、なんとなく「小説家」と書いちゃった。それからだと思います。北海道の実家の真隣に、作家の原田康子さんが住んでいたんですよ。夜通し書斎の電気がついているのを見て、子供の頃からなんとなく憧れがあったんじゃないかな。
――その灯りを見て、「子供心に小説家というのは大変な仕事だなと思った」とエッセイでお書きになっていますね。
大崎 : ところが、僕の父親は大学病院の医者だったんですけど、原田さんはうちを見て、父の書斎の電気が消えることがないので驚いていたというエッセイを書かれているんです。そういえば5年生か6年生のときに読書感想文を夏休みの宿題で出されて、感想文のために自分で小説を書いたんですよ。
――ええっ? おもしろいですね。
大崎 : 自転車を盗まれた少年の話です。ひもで結んで本を作りました。先生には怒られましたよ。読むとおもしろいんですけどね。もっと小さい頃は「飛び出す絵本」が好きで、バカになる寸前まで毎日眺めていました。あとやっぱりルパンですね。ジュール・ベルヌも好きだった。『海底二万里』とかね。中学に入ったら、めちゃくちゃ何でも読みましたよ。特に好きになったのは太宰治、坂口安吾、織田作之助、武者小路実篤、志賀直哉です。
――日本文学といえばこの人たちといった顔ぶれですね。
大崎 : 中学に入ったとき、3歳上の兄貴が読んでいた本も片っぱしから読みました。思想ものが多かったかな。高橋和巳とか埴谷雄高といった系統で、好きで読んでいたんですけど、それとは別に遠藤周作、安岡章太郎、北杜夫とかも一生懸命読んでいましたね。あとは一般的な世界文学です。ヘルマン・ヘッセやトーマス・マン、アンドレ・ジッドと誰でも読むようなね。1冊読むとひとつ賢くなった気がして。全然そんなことないんですけど(笑)。高校時代は、中学時代に読んだ中から好きになった作家を、より深く追いかけていった感じでした。
――たとえば?
大崎 : カミュについて書いてある日本語の著書は、彼に関する評論を含めてほとんど読みました。
――どういうところに惹かれたのですか?
大崎 : 『異邦人』で、ずっと乾いていた主人公のムルソーが最後のほうで感情を爆発させるシーンがあるんですけど、感情の爆発の鮮やかさ、迫力、言葉づかいの新鮮さに猛烈にひかれました。あとはカミュ自身の生き方のかっこよさですね。それでカミュから派生してサルトル、ボーヴォワールと実存主義系に行きまして、サルトルの実存主義から派生してウィトゲンシュタインとかの哲学系の本を読んでいました。高校時代は考え方に分析力をつけるとか、屁理屈では負けないようにするとか考えていたはずだと思います。
――何か理由があったのですか?
大崎 : その頃は70年安保の名残があって、わりと高校生でも理論武装するのがはやりだったんですよ。『資本論』(カール・マルクス著)を読んでどうだこうだみたいな。大学進学で、東京に出てきてからはアメリカ文学ですね。最初に読み出したのはカート・ヴォネガットとジョン・アーヴィングです。
――『聖の青春』で村山聖(さとし)さんと大崎さんが、ヴォネガットに萩尾望都と趣味が一致していることを書かれたくだりがありますね。
大崎 : 少女漫画も好きでずいぶん読みました。萩尾望都、大島弓子、くらもちふさこ、竹宮恵子。昭和52年ぐらいかな。その頃、少女漫画には才能のある人がいっぱいいて、すごかったんですよ。小説よりよかった。けっこう夢中になりました。
――ヴォネガットやアーヴィングの気にいっている作品を挙げていただけますか。
大崎 : ヴォネガットはいっぱいあるんですけどね。'Mother night'って『母なる夜』かな。ほかには『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』。ただ、なんでも好きというか、『猫のゆりかご』に『スローターハウス5』。アーヴィングは『ガープの世界』ですね。あるいは『ホテル・ニューハンプシャー』、あと『熊を放つ』とかね。そのへんはわりと原書で読んでいました。
――うわぁ。ペーパーバックですか?
大崎 : はい。むちゃくちゃでしたけどね。友達の保坂和志が原書を読んでいて、まねしたんです。それとアメリカのSFをずっと読んでいました。フィリップ・K・ディックにロバート・A・ハインライン、J・G・バラード、レイ・ブラッドベリ、ポーランドのスタニスワフ・レム。手当り次第に読んでいました。今思うとディックが一番好きだったのかな。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』とかね。一番好きなのは『ユービック』です。いろんなものを消していく話で、ちょっと口では説明しにくいですけど。
――大学時代に将棋センターへ通われていた頃、将棋と並行して読書に励んでいたわけですね。
大崎 : 昼から夜にかけては将棋を指し、真夜中は本を読むという学生時代でした。大学の頃はほんとに世界文学を何でも読みましたね。フランスのロブ=グリエとかイタリアのイタロ・カルヴィーノとか。ジョン・ファウルズも読みました。むかし白水社から、今でももちろんあるでしょうけど、最先端の海外文学を翻訳しているシリーズがあったんですよ。それを片っぱしから読んでいました。
――大学時代に至るまで読書習慣はずっとつづいてますね。
大崎 : ところが将棋連盟に入ってからほとんど読まなくなったんです。
――仕事が忙しくなったからですか?
大崎 : 読む必要がなくなったということになるんじゃないかな。
――というのは?
大崎 : たぶんもう小説家にはならないだろうと思ったんです。ただ、唯一読みつづけていたのが村上春樹。デビュー作の『風の歌を聴け』は「群像」で読みました。アーヴィングやヴォネガットが好きで、当時のアメリカの最先端文学にすごく惹かれていたんですけど、それをこんなにすごい形で日本文学に取り入れたことにびっくりした思いがあります。大学時代に小説を書いていたんですけど、村上さんのショックがすごく大きくて、抜け出すのに20年ぐらいかかった感じですね。おととい北海道に帰っていたんです。片道17時間かけて電車で帰るんですが、行きに読んだのが『ノルウェイの森』で、帰りが『国境の南、太陽の西』。だいたいいつもそうなんですけどね。
――組み合わせは変わったりしますか?
大崎 : 理想をいえば『ノルウェイの森』の上巻を行きに読んで、帰りに下巻を読みたい。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』でもいいですけど、ところがだいたい行きで上下巻を読んじゃう。そうすると帰りに乗るとき、たとえば『ダンス・ダンス・ダンス』でもいいですけど、上下巻ってわけにいかないですよね。で、1冊だけの『国境の南、太陽の西』か『スプートニクの恋人』を買うことになるんですけど、なぜか読まないで帰ってくる。
――もう何度も『ノルウェイの森』を読まれているわけですね。
大崎 : ええ、読んでいます。『ノルウェイの森』は4、5回目くらいでたいしたことないですけど、『風の歌を聴け』はうちに20冊ぐらいあるんじゃないかなあ。村上さんの本は全部初版でありますよ。ある時期までは、出ると、とにかくすぐ買っていました。
――20冊というのは、旅先とかで読みたくなってそのつど買われるのですか?
大崎 : そうです、そうです。『国境の南、太陽の西』もたぶん10冊ぐらいあると思います。ただ、これは最後まで読んだことがない。いつも入りこめなくなって途中でやめちゃうんですよ。何回も挑んでは結局読めなくて。
――そのたびにページ数の記録は更新しています?
大崎 : いや、短くなってきちゃう(笑)。自分にとって村上春樹というのは本当に特別な作家なんですよね。だからずっと小説書くのをあきらめていた頃も、彼の文章だけはこころの中にストン、ストンと落ちてきた。あとね、ノンフィクションを書くようになってから、あわてて沢木耕太郎を読むようになりました。去年パリに行ったんですけど、パリにいる三カ月間はずっと沢木耕太郎と村上春樹だけを読みつづけていました。沢木さんは文章がいいですね。
――行きつけの書店はありますか?
大崎 : 吉祥寺のパルコブックセンターか新宿の紀伊國屋書店か新宿南店ですね。
――本屋での行動パターンは決まっていますか?
大崎 : ああ、決まってます、決まってます。まずは新刊の平台を見ますね。それから自分の置いてあるところをうろうろと見て……。
――手にとったりは?
大崎 : いや、見て見ぬふりをして……。
――置いてあるのを確認するわけですね。
大崎 : そうそう。本屋へ行くと店員さんはだいたい知ってるんで、サイン本つくってくれと頼まれることもありますので、あまり長く自分のところにいると……。で、次に文庫本を見るかな。それから料理の本とか実用書系ですね。
――料理といえば、大崎さんの小説で、玉ねぎを炒めながらビールを飲むシーンが出てきます。いいですよねえ。
大崎 : 今度はもっといいですよ。燻製をやります。ベーコンをつくろうかと思って。1週間かかるんですよ。外で煙を当ててね。
――たまりませんねえ。料理コーナーのあとは?
大崎 : 専門書のところをちらちら見て、心理学とかね。あとバレエも。実際には見たことないんだけど歴史に興味があるので。
――バレエはノンフィクションの仕事にからめていきそうですか?
大崎 : いやあ、たぶんないとは思うんですけど。
――最後に刊行予定を教えてください。
大崎 : 11月20日に『ロックンロール』という題名の長編小説がマガジンハウスから出ます。舞台は現代のパリ、主人公は小説家です。連載したものを全面的に書き直しました。
(2003年10月更新)
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