WEB本の雑誌>【本のはなし】作家の読書道>第26回:貫井 徳郎さん
本格ミステリーを軸に、さまざまな分野や手法による意欲作を発表しつづける貫井徳郎さん。読書のほうも子供の頃から本格ミステリーをメインに歩んできたようです。SFに傾倒した時期もあったそうですが、好みは一貫しています。そのエッセンスとは? この秋、デビュー10周年を迎えた貫井さんが、忘れられない至福の読書経験や今注目する作家についても語ります。
(プロフィール)
1968年東京生まれ。早稲田大学商学部卒。93年、第4回鮎川哲也賞の最終候補となった『慟哭』でデビュー。著書に『修羅の終わり』『崩れる―結婚にまつわる八つの風景』『鬼流殺生祭』『光と影の誘惑』『転生』『プリズム』『神のふたつの貌』『殺人症候群』『被害者は誰?』などがある。
――最初に本に目覚めたのはいつ頃ですか?
貫井 : 小学校の4年か5年だったと思います。授業が自習になったとき、図書室で好きに本を読みなさいということになって、子供向けに書き直したモーリス・ルブランの『813の謎』をたまたま手にとったんです。読んだらすごくおもしろかった。それでルパンものを気にいって、次々に読んでいきました。
――制覇しました?
貫井 : そうですね。図書室にあった子供向けをガーッと読んで、たまたま家にもいとこからもらったルパンものがあったんで、それまで見向きもしなかったけどガーッと読んで、足りない分は本屋で買ったりしました。次はホームズだろうと思い、大人用に訳されたものにいきました。新潮文庫の『シャーロック・ホームズの冒険』(コナン・ドイル著)は当時280円ですから、小学生の小遣いでも買えたわけですね。文庫で60編全部読みました。次に何を読もうかなというときに、父親が持っていたアガサ・クリスティーの『ポワロの事件簿』というのが創元推理文庫であったんです。名探偵が出てきて助手がいて、ホームズみたいだなあと思って読んでみたらおもしろかった。創元推理文庫をあらかた読んだら、ハヤカワ・ミステリ文庫というのがあると本屋で発見して、ハヤカワをバーッと読んで、クリスティーは80冊ぐらい読みましたね。
――クリスティーを読んだ期間は?
貫井 : 丸3年ぐらいかけて読んだのかなあ。ちょっとそのへんは記憶があいまいです。小学校の頃から読み出したのは確かで、中学1、2年ぐらいの間だったと思いますね。
――ルブラン、ドイル、クリスティー作品のどういうところに惹かれました?
貫井 : 『813の謎』は最後にすごいどんでん返しがあるんです。あっと驚く結末がありまして、そのおもしろさに1冊目で目覚めてしまいました。名探偵が出てきて、最後に意外な結末があるという本格ミステリーに魅せられてしまったんですね。それから本格といわれるホームズもの、クリスティー作品というふうに続いたんです。
――貫井さんの作品にもかなり反映されていますね。
貫井 : 最初の体験で自分の人生が決まったようなものですからね。でもミステリーばかり読んでいたわけでもないんです。海外もので有名な作品をだいたい読んじゃうと、日本のものを読もうという気になったんですけど、当時は本格ミステリーの新作があまり出ない時代でした。社会派全盛だったのでいくつか読んでみたんですが、どうも自分の好みに合わない。ちょうどそんな頃、中学のときの友達で学校の問題児みたいなやつが、平井和正さんの『死霊狩り(ゾンビーハンター)』を持ってきて、「おもしろいから読んでみろ」と薦めるんですよ。ふだん本とか読みそうにないやつがそんなこというのでとりあえず読んでみたら、すごくおもしろかった。全3巻のうち1巻だけ借りたので、残りは自分で買って3巻まで一気に読みました。平井さんの作品は角川文庫にいっぱい出ていて、それを全部読みました。とにかく僕は1人の作家を気にいるとガーッと全部読みたくなるんですよ。
――読書スタイルがはっきりしています。
貫井 : 中学2、3年から高校ぐらいにかけてもっぱらSFを読んでいました。高校の頃は伝奇SFブームで、夢枕獏さんとか菊池秀行さんとかがバーッと売れ出した頃で、そういう方たちの本を読んだりして全然ミステリーは読みませんでした。あっ、全然ってことはないか、読んでいたのは赤川次郎さんと西村京太郎さんだけで、今からするとずいぶんイメージが違うんですけど、当時の日本ではお二人だけがどんでん返しとか意外性にこだわったミステリーを書かれていた印象がありましたね。あとはもっぱらSFを読んでいました。ですから、高校の頃から小説を書いていたんですけど、最初はSF作家になりたくてSFを書いていたんですよ。
――平井作品に影響を受けた小説ですか?
貫井 : そうですね。小松左京さんとかのいわゆるハードSFではなくて、アクション伝奇SFみたいなものです。この『ゾンビーハンター』も最後にすごく驚く結末があるんですね。SFにいってたといっても、結局どんでん返しとか意外性が好きで読んでいたところがあるので、今にして思えば好みが一貫してたんです。平井さんの作風は非常に暗くて救いがない話が多く、文体もどろどろした雰囲気でして、今の僕の作風はもろに平井さんの影響です。文体もかなり似ていると思うんですけどね。
――他にどんな作家の本を読んでいましたか?
貫井 : 伝奇SFが好きになったものですから、笠井潔さん、夢枕獏さん、菊池秀行さん、それからちょっと違うんですけど田中芳樹さん、栗本薫さんとかそういう架空歴史ファンタジーみたいな作品を読んでいましたね。
――それ以降は?
貫井 : ミステリーに戻ったきっかけは、浪人時代に雑誌で慶応大学のミステリー研究会の方が、島田荘司という作家がいると言っていたんですね。『占星術殺人事件』の内容説明を見るとどうも僕の好みっぽい。読んでみたらものすごい衝撃を受けました。もろに自分の好みだったし、日本ではなかなか発表されなくなったタイプの本格ミステリーなものですから、すごく喜びましてね。当時、島田さんがデビューされて4、5年目ぐらいだと思うんですけど、すでに10冊ぐらい出ていたんです。それを例によって一気読みしましてね。どれを読んでもおもしろくて、本当にうれしくてうれしくて、20数年の読書歴のなかでも、あの一気読みが一番至福の読書体験でしたね。今でも好きな作家を訊かれると、「一番は島田荘司さん」と答えるようにしているのは、そのときの至福経験が忘れられないからです。
――10冊一気読みは浪人期間中ですか?
貫井 : あっ、浪人時代じゃないのかも。高校3年ですね。浪人中は再読していた覚えがあります。
――至福のときが浪人中だと聞いて余計な心配をしました。
貫井 : 受験の前日にも読んでいた気がします(笑い)。勉強もやることやって、他にやることがなかったもので。
――今でも当時の島田さんの作品を読み返しますか?
貫井 : さすがに今は時間がないですけど、作家デビューする前までは再読していましたね。大学2年のときかな、島田さんの推薦でデビューした新人がいまして、綾辻行人さんだったんですけど、島田荘司がこんなに褒めているからおもしろいかもしれないと、本屋で『十角館の殺人』を手にとってみたらその通りおもしろくて。島田さんの推薦で次々に新人が出てきて、どうも日本のミステリーの風向きが変わってきたぞと大学の頃わくわくしました。講談社ノベルズだけでなく、ほぼ同時期に東京創元社でも新しい方たちが出てきました。そのあたりからですね、完全に僕が日本のミステリーに戻ってきたのは。ちょうどその頃からSFが氷河期とかいわれ始めて、ちょっと元気がなくなってきちゃってね。入れ替わるように本格ミステリーが盛り上がってきたので、以後はずっと新人の方たちの新作を読むという状態です。そういうムーブメントが起きたものですから、じゃあ自分もSFじゃなくてミステリーを書いてみようかという気になったんです。
――作家デビューまでの間、印象に残った作品は?
貫井 : 一番インパクトを受けたのは東京創元社から出た山口雅也さんの『生ける屍の死』です。非常にインパクトを受けました。まったくそれまで読んだことのないようなタイプのミステリーだったものですから。
――デビューしてからの読書について教えてください。
貫井 : デビュー直後は、この業界で自分がどういうポジションで生き残っていけるかずっと考えていたものですから、意識的に読書の幅を広げようとはしていました。ただ、いろんなものを読んでみてもやっぱり本格ミステリーが一番いいなと思ったものですから(笑い)、3、4年したら本格ミステリーばかりの読書に戻っていました。僕の1年あとに京極夏彦さんという大変な方がデビューされて、また本格ミステリーの時代がおもしろく動き始めた頃だったものでしたから。特に京極さんの『魍魎の匣』からは非常にインパクトを受けまして、このあたりの方たちと同時代でリアルタイムに自分も小説を書いていられるというのはすごくうれしかったです。
――それにしても一直線の読書道ですね。
貫井 : 世界が狭くて、それではいけないと思って知識を広げようとしたんですけどね。
――深みがすごいです。
貫井 : いや、でもね、そうはいってもこの世界に入ると、僕よりまだまだいっぱい読んでいる方がいらっしゃるんで、僕なんか知識がない方です。高校とか大学の頃は自分が一番の読書家だったんですけど、この世界に入ったらこれまでの自分は井の中の蛙だったとよくわかります。いま一線で活躍されている方たちは、日本でも有数の読書家なわけですから当然ですけど。地方の秀才が大学に受かって上京してくると、まわりがすごくてショックを受けるみたいな話があるでしょ。まさにそういう感じで、その業界に入ったら鬼のような人たちがいっぱいいたんです(笑)。僕なんか読書量は全然少ない方です。
――すごいと思われる作家の名前を挙げていただけますか?
貫井 : 読書量もそうなんですけど、みなさんよく覚えてらっしゃるんですよ。僕は片っぱしから忘れちゃうんで、そういう意味で感心するのが、有栖川有栖さん、二階堂黎人さん、芦辺拓さんです。幅広い読書量というと北村薫さんにとどめを刺します。ほんとに一番の読書家だと思います。
――その後、どんな作品との出合いがありました?
貫井 : いっぱいありますけどミステリーから離れると山本文緒さんがおもしろいなと思います。女性のことをあまりよく知らないものですから、女性の世界ってこんななの? とインパクトを受けました。『群青の夜の羽毛布』『みんないってしまう』『恋愛中毒』、どれもおもしろいですね。短編も長編も。あと、今年でいえば桐野夏生さんの『グロテスク』はほんとにすごいと思いました。いま一番刺激を受けるのは桐野さんの作品で、特に『グロテスク』は6月に出てからすぐ読みました。女子高のなかでの描写がすごかったです。自分と縁遠い世界を描いていらっしゃる方に最近はインパクトを受ける傾向があります。
――書店に入ると、すぐに買う方ですか?
貫井 : だいたいほしい本は事前に決まっているので、それを目指して買いにいきます。店頭で見ておもしろそうだから買うというのは、最近はほとんどないですね。あっ、そうそう、昔は本屋さんに行くのがすごく楽しくて、それこそ中学、高校の頃は行くたびに自分の知らない本が見つかるという印象でおもしろかったんですけど、最近は本屋さんにある本はだいたい自分の知っているものになってしまったので、未知の本を探す楽しみがなくなってしまったのはさびしいですね。子供の頃はお小遣いも限られているから厳選しましたよ。そういう楽しみも失ってしまいました。
――最後に刊行予定を教えてください。
貫井 : 来年3月に幻冬舎から『さよならの代わりに』が出ます。7月には『追憶のかけら』が実業之日本社から出る予定です。1年に2冊以上出すのは久しぶりなんですよ。ええと(指折り数えて)、5年ぶりですね。
(2003年11月更新)
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