WEB本の雑誌>【本のはなし】作家の読書道>第34回:あさの あつこさん
天才的なピッチャーとしての才能を持つがゆえなのか、少々傲慢な性格の少年、巧と、彼の女房役であり大らかな性格の豪。2人の中学生を軸に描かれる『バッテリー』が今、児童文学の枠を越えて広く大人からも人気を博している模様。その作者、あさのさんが、児童文学と出会ったきっかけとは? 『バッテリー』の創作秘話も含めて、じっくり語っていただきました。
(プロフィール)
1954年岡山県に生まれる。青山学院大学文学部卒業。『バッテリー』(教育画劇)で野間児童文芸賞、『バッテリー(2)』(教育画劇)で、日本児童文学者協会賞を受賞。おもな作品に『バッテリー(1)〜(5)』(教育画劇)、『ほたる館物語』(新日本出版社)、『No.6』(講談社)、『ガールズ・ブルー』(ポプラ社)などがある。
――あさのさんは、本を読む子供でしたか?
あさの あつこ(以下 あさの) : 全然読みませんでした。今もそうですが、岡山の田舎に住んでいるものですから、図書館もなくて、本を読む機会に恵まれなかったんです。小学校の頃は野生児のように外で遊んでいました。でも、書くことは好きだったんですよね。日記もつけていたし、自分でお話を創作することもしていました。
――読書に目覚めたのはいつ頃なんですか?
あさの : はじめて本が面白いと思ったのは、中学に入って図書館でシャーロック・ホームズを借りて読んだ時。大人向けの文庫本だったと思います。読書経験もないのになんで挿絵もないその本に手をのばしたのかは、自分でも分からないんですが。ただ、その中で「パスカヴィル家の犬」という中編があって、そこに出てくるホームズの個性がすごく面白くて。ああ、物語というのはこんなに面白いんだな、乙女心にショックをうけたのを覚えています(笑)。
――じゃあ、それからは本を読むようになったのですね。
あさの : そうですね。そこからホームズを読み出して、あとは海外のミステリですね。アガサ・クリスティやエラリー・クイーンを片っ端から読み漁りました。読んでいてためになるとかそういうことでなく、1時間でも2時間でも現実を忘れて物語世界にひたれる…それこそが、物語の本当の面白さなんだと、この中学時代の海外ミステリが教えてくれました。
――どのようにミステリを楽しまれたのですか? 謎ときか、それとも…。
あさの : 私の場合謎ときやトリックとかそういうことではなく、人物の造詣がすごく個性的なところに惹かれましたね。探偵たちって個性が立っているんですよ。ホームズなら灰色の瞳に長身で鷲鼻で、気難しくて…。ある意味漫画チックなんですが、物語の中から立ち上ってくる人間像があるんです。だからエラリー・クイーンなんかは前半の国名シリーズよりも後半が好きなんですよ。クイーン自身が殺人犯に対して一人の人間として悩むシーンなんかがあって、そのあたりが好きだったんですよね。ミステリって、人が死ぬとか殺すということが出てくるだけに、分かりやすい形で人間の心理を描いていて、そこが面白いと思うんです。また、ミステリに限らず、1冊の本を読んで、一人の人間が強烈に浮き上がってくるような、この人はこの物語の中にしかいない、と思わせるような人物が好きなんです。
――あさのさんの『バッテリー』に登場する巧くんなんて個性的で、まさにそういう人物ですよね。
あさの : そこまで言うと傲慢ですが(笑)、ただ他の物語では会えない人間を書きたいという思いはありますね。巧という少年に出会うには、この物語しかいなくて、他にはこういうタイプの子はいない…そう読者に思ってもらえたら嬉しいですね。
――本の話に戻りますが、高校時代もずっと海外モノを?
あさの : そうですね。私の時代は結構文学少年が残っていて、ロシア文学が流行っていたんですよ。それでとにかく厚い本を読んだら偉い、みたいな風潮がありまして、私も『戦争と平和』などをよく分かりもしないまま読んで「もう読んだ?」なんて言っていました。『罪と罰』なんかは、殺人の話なので、ミステリの延長として手にとりましたが…なんていうと叱られそうですが。とにかく、高校時代は見栄とハッタリで乱読してました(笑)。
――あさのさんが児童文学を知ったきっかけは?
あさの : 大学に入って、児童文学のサークルに入ったんです。それも本当にたまたまなんです。学食で、隣りに座った子が同じAランチを食べていたので、声をかけて喋っていたら、「本が好きだからこれから児童文学のサークルに行ってみる」と言うので、じゃあ私もついていく…というのがきっかけ。それまでは児童文学なんて、小川未明や浜田廣介くらいしか知らなかったのに、読むようになったら、結構面白くて。
――どんなものを読まれたのですか?
あさの : 佐藤さとるさんの『誰も知らない小さな国』のシリーズや、後藤竜二さんの『天使で大地はいっぱい』などを読んでハマりましたね。まだ18歳だったので子供の気持ちもよく分かったし、自分の目の前の世界に、こんなに鮮烈に子供の世界を描いたものがあるんだ、と驚きました。他には松谷みよ子さんや中川利枝子さんなんかを読みました。
――海外小説から児童文学は、かなり違う世界だと思うのですが…。
あさの : ただ、分かりやすく面白いという点では、児童文学もミステリも同じ。複雑さではなく、シンプルな面白さで共通しているな、とは漠然と感じていました。
――1番影響を受けた作家は?
あさの : 後藤竜二さんは大学のシンポジウムにきてくださったりして未だに同人誌で一緒に活動している方。もちろん、後藤さんの本は大好きですね。子供の本って、フワフワした夢物語だと思っていたんですが、彼の本を読んでみて、こんなに今の時代に生きている少年少女をリアルに児童文学で書けるんだ、と思ったんです。それで、私もちゃんと書いてみたいな、書けるんじゃないかな、と思わせてくれたんですよね。
――自分も何かを書こうと思ったのは、それがきっかけだったのですね。
あさの : それと、ちょっと遡るのですが、高校生時代に現国の夏休みの宿題で短い物語を書いてくる、というものがあって。20枚くらい書いて出したら、先生が「オレはお前の文章が好きだ」といってくれて。後で聞いたら結構いろんな子にそう言っていたらしいんですが、「文章が好きだ」と言われたことがすごく嬉しくて、書きたいな、という気持ちはその時に芽生えていたんです。ただ、それをどういう形で作品化したらいいのかをずっと考えていました。それで、後藤さんの作品に出会って、このやり方でできるんだ、ということを教えられたんです。
――それから、執筆を開始されたんですか?
あさの : いえ、大学を卒業して結婚して子供ができて…というのがありまして。私、子供が3人いるんですが、20代は子育て真っ最中の頃で、書くどころではなかったですね。読書道としても、その頃読んでいたのは『子育てのなんとか』なんて本ばかり(笑)。読むことからも、書くことからも遠ざかっていたんです。物書きになりたい、という気持ちは、自分の中に押し込めていましたね。そうでないとやってられない、という部分もありました。
――でも、何か書きたいという気持ちは抑えられなかった…。
あさの : 1番下の子が保育園に入ったときは、30代半ばにさしかかっていたんですが、やっぱり何かがしたいと思って考えた時、自分には書くことしか考えられなかった。ちょうどその頃、後藤さんが同人誌『季節風』を送ってくださって、ここで書いてみないか、と場を与えてくださって。そこがスタートでしたね。
――そこからは、読書も再開されたのですか?
あさの : そうですね。ただ、私は書いていると読めない性格なのですが、1年の大半を書いて過ごしているので、一年の大半は読んでいないということになりますね(笑)。
――では、その後夢中になったジャンルや作家はいないのですか?
あさの : いえ、二人すごく好きな人がいるんです。藤沢周平さんと辺見庸さん。藤沢さんは『花のあと』、辺見さんは『独航記』が好きですね。このお二人は本当に大好き。文章が色っぽいんですよね。藤沢さんの作品はほとんど全部読んでいると思うんですが、旅行に出かける時は必ず1冊持っていくようにしています。時代小説なので江戸の風物が描かれるんですけれど、自然描写にすごく卓越したものがあって、木々のざわめきや風の通り、空の色が実感的に分かる。かくもこういう言葉で表現するのか、という。児童文学にも通じるんですが、難解な言葉が出てこないんですよ。中学生でも分かる言葉でかかれていて、しかも美しい。最高の文章だなと思います。あとは、ヒーローは書かず、名もない、長屋に住んでいるような市井の人のことを、こんなに格好よく書けるなんて、と思いますね。 実は藤沢さんの最後の本は、読まずにとってあります。なんだか読むのがもったいなくて…。
――辺見さんは?
あさの : 『独航記』は小説ではないのですが、書かれている内容がすごくラジカルで挑戦的。でも、ご本人は意識しているかどうかは分からないのですが、書く文章はすごくツヤがあるんですよね。それに、自分をさらして書いているところがすごいなと思って。書いている言葉に、自分で責任を負うという、そういう覚悟を感じるんです。それは私の中にはないもの、私がほしいと思うものでもあるんですよね。そんな強靭さを持ちつつ、彼の文章も色っぽい。挑戦的で鋭利なのに、ものすごく潤いがあって、言葉がこちらの魂にしみてくる。ものすごい量の言葉と経験を、一人の人の中にたくわえている人だなと思います。藤沢さんはもう亡くなってしまいましたが、辺見さんには一度お会いしたいですね。お側によらなくていいから、遠くからのぞくだけでいい(笑)。側によったら「握手してください!この手はもう洗いません!」なんて言いそう。
――1年の大半は読まないということですが、読むのはどんな時なんですか??
あさの : ひとつの作品を仕上げると、いつも1週間から2週間自分に休みを与えているんです。その間にダーッと読みますね。読むのは資料や、気になっていた本、人から薦められた本など。積んでおいて片っ端から読みます。
――『バッテリー』は野球の話ですが、野球に興味はあったのですか?
あさの : いいえ、全然知らないんですよ。私自身は運動神経もありませんし。書く時もルールブックや野球選手の手記などを読んで書いたくらい。
――では、なぜ野球のバッテリーについて書こうと?
あさの : バッテリーという関係って、すごく面白いなあと思って。野球ってチームで闘うものですが、その中でピッチャーとキャッチャーだけが向かい合っている。その個の関係というのに興味を持ったんですよね。他のスポーツにはちょっとないな、と思って。それと、『バッテリー』を書く前に、ルーマ・ゴッテンの『バレエダンサー』というイギリスの作品を読んだのですが、それが天才的なバレエの才能を持った男の子の話だったんです。その時に、才能というものを未熟な若い魂の中に与えたら、どうなるんだろう、と考えたんです。それで、何がいいだろうと考えた時、1番身近なスポーツが野球だった、ということもあります。
――そこから、巧という才能に恵まれたピッチャーと、彼の女房役、キャッチャーの豪というキャラクターが誕生したわけですね。
あさの : そうですね。あと、語弊があると思うんですけれど、若い肉体が好きで。
――えぇ!?
あさの : って、鑑賞する訳じゃないですよ(笑)。10代の身体の美しさってあると思うんです。その動きを描いてみたかった、というのもあります。10代の少年って、格好いいんですよ。息子の友達を見ていても、小学生の頃「おばちゃーん、食いもんちょーだーい」って言っていた男の子が、半年後、中学生になってすごく成長して「こんにちは」なんて言ってきて、ええっ、誰? と驚いたことが何度もあって。その、10代の子たちのどんどん変化していく姿って、すごく惹きつけられるんですよね。あと、少年犯罪が騒がれた時期がありましたけれど、私が思っている少年像というのはもっと違うぞ、というところを物語の中で伝えていきたい、という思いもありますね。
――1月に最終巻が出るとか。待ち遠しいような、寂しいような…。
あさの : もともと最初はシリーズ化する予定はなくて、第2巻くらいまでしか考えていなかったんです。でも私自身が、巧という少年にとらわれてしまったところがあって。私も彼のように生きてみたかったという思いと、彼にとっての豪みたいな相手に巡り会いたかったという気持ちもあったからだと思います。でも、ここで終わらないと次のところにいけないので、そろそろ区切りをつけないと。
――その後も、少年たちを書いていきますか?
あさの : 今思っているのは、自分が何を書けるのかに挑戦してみたいということ。それこそ、時代小説なんかも描いてみたい。ただやっぱり10代の少年の、独特の魅力を知ってしまったからには、なかなか離れられないというのはありますね。それを書きつつ、いろいろな方向に手をのばして、枠の中に安住せずにいろんなことをやってみたいと思っています。
(2004年8月更新)
取材・文:瀧井朝世
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