WEB本の雑誌>【本のはなし】作家の読書道>第33回:三浦 しをんさん
エッセイでは妄想を炸裂させて読み手を爆笑させ、一方小説では練りにねった巧みな文章世界に私たちをどっぷり浸らせてくれる三浦しをんさん。新刊『私が語りはじめた彼は』も、まだ20代の著者が記したとは思えないほど熟練の味を感じさせる小説。小さい頃から本が好きで、気に入った作品は何度も繰り返して読むという彼女が、これまで読んできたジャンル、心酔する作家とは…。
三浦 しをん (みうら しをん)
1976年、東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。2000年、書き下ろし長篇小説『格闘する者に〇』でデビュー。以後、『月魚』『白蛇島』『秘密の花園』『ロマンス小説の七日間』を発表。エッセイ集にウェブマガジンBoiled
Eggs Online(http://www.boiledeggs.com)の連載をまとめた『しをんのしおり』『極め道』『妄想炸裂』『夢のような幸福』『乙女なげやり』、週刊新潮に連載された『人生激場』がある。
――小さい頃はどんな本を読んでいたのですか?
三浦 しをん(以下 三浦):本当に小さい頃は、親がよく絵本を読んでくれたのですが、今となってはあんまり覚えていなくて、カエルが出てくる本だったな〜、とかいうくらいの記憶しかなくて。その後、自分から自発的に繰り返し読んだのは、リンドグレーンの『長くつ下のピッピ』やケストナー。それらが最初にああ、本を読むって面白いんだなあと思ったきっかけ。ケストナーは岩波から出ている子供向けの全集を全部読みました。『飛ぶ教室』がすごく好きだったのを覚えています。
――海外モノが主だったんですね。
三浦 : そうなんですよ。日本のものを読むようになったきっかけの一つは、小学校低学年の頃に読んだ天沢退二郎の『光車よ、まわれ!』ですね。児童向けのファンタジーで、これは何回も何回も読みました。子供たちが悪の力と対決する話なんですが、マンホールに浮かび上がる光車を日光にかざすと悪の力をはじくことができるとか、夜の図書館に行ったり水路を通って敵を出し抜いたりと、非常にワクワクする話なんですね。それでいて結構シビアなところもあったりして。それと、ケストナーやリンドグレーンだと、街並みや学校のしくみなんかが日本のものとは全然違う。だけれどこれは日本を舞台にしたものなので、非常に自分に近い作品に感じられたんです。自分に近い世界でこんなに面白い話があるなんて、と思って、それから日本のものを読むようになりました。というか、それからは主に日本のものばかり読んでますね。
――『光車よ、まわれ!』を読んだそもそものきっかけは。
三浦 : 父がくれたんですよ。なぜか著者のサイン入りなんです。なんか本屋でサイン本があったから買ったみたいなんですけれど、子供の頃は意味が分からなくて、大人になってからあれっと思って、「これホンモノ?」って聞いたら「たぶんそう」って。でも本当は父がこっそり書いたのかもしれない…(笑)。そうそう、それと、これ表紙の裏に地図がついているんですが、私、地図がついているものって大好きなんですよ。この本も、地図を鉛筆で辿った跡が残っています。鉛筆で辿りながら、自分も冒険している気分だったんでしょうね、思い出深いな。
――それで、それからは日本のものばかりを…。
三浦 : そうですね。図書館に文豪系の作家の全集があって、それを読んでいましたね。小学校中学年で森鴎外読んで、訳分からなかった記憶があります。ホントにタイクツ!なんて思って。当たり前ですよね、その年頃で分かろうというのが身の程知らずですよね(笑)。でも結局、そういう系統が好きだったのか、中学生になってからは泉鏡花とか坂口安吾とかを読むようになりました。とにかく文章が好きでしたね。
――中学生で鏡花ですか。ちょっとませてた?
三浦 : ちょっと暗めのエッチなのが好きだったんですよ(笑)。『外科室』なんてもう、ウットリだわって思っていました。中学生が好きそうなシチュエーションなんです、手術をすることになって、執刀医は昔の恋人で、麻酔をかけられるのが嫌だと言って…。今考えると、フン、馬鹿なこと言ってんじゃねーよ、って思いそうなんだけれど、そう思わせない麗しい文章で。美男美女しか出てこないし。坂口安吾も『桜の森の満開の下』などの、ロマンティックなものが好きでしたね。でも、『風博士』みたいな、くだらないものも好きでした。下手な落語よりもタチの悪いオチなんだけれど、そういうのも、“愛い奴、安吾”という感じで。
――それらの作家はどこで知ったのですか?
三浦 : 筑摩書房から出ている〈文学の森〉シリーズを読んでいたんです。いろんな作家の作品が入っているアンソロジーなので、まずそれを読んで、その中で気に入った作家の作品を重点的に読んでいました。そこから久生十蘭も見つけて好きになりましたね。やっぱり、文章がきれいな人が好きみたいです。無駄のない感じが…って、泉鏡花は無駄の極地というぐらい装飾過多な文章ですけれど。まあ、美麗な感じが好きなんです。
――その頃、自分で文章を書いたりはしていなかったのですか?
三浦 : 中学生くらいの時は一時期そういうこともしました。村上春樹さんの『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』を読んで、こりゃすげえ!と思って、何を間違えたのかハードボイルド調のものを書き始めたんです、授業中とかに。でも当然上手に書けなくて、ハア〜がっかり、と、やめちゃいましたけど。
――村上春樹なども読んでたんですね。
三浦 : そうですね。あと、丸山健二さんが好きなんですよ。丸山さんの文章ってすごく強くて美しいと思うので。
――丸山さんといえばこの間新刊で『鉛のバラ』が出ましたね。
三浦 : それが、新潮社さんを通して、サイン本をいただいたんですよ!!! 私が好きだって言っていることを担当編集者さんが伝えてくださったらしくて、わざわざ書いてくださって。私、もう、本当に嬉しくて。家に神棚があったら間違いなく飾ってますね。あまりに嬉しくて、やや泣きそうです。
――丸山作品の何を読んでそこまで心酔するようになったのですか?
三浦 : 中学生の頃に読んだ『水の家族』という作品ですね。その頃って思春期特有の、どうでもいいことでモヤモヤ悩んだりすることがありますよね。坂口安吾や泉鏡花も面白かったけれど、そのモヤモヤに答えてくれるものじゃなかったんです。まあ、時代が違うってこともありますけれど。でも、この『水の家族』は答えてくれた。そうか小説ってこういうものなんだ、と感じましたね。
――興味が湧きますね。どういう内容なんでしょう。
三浦 : 冒頭である男が死ぬんですけれど、魂だけが彼の故郷まで帰って、風や雨や鶴のフンとかに姿を変えながら、自分の家族の生活をながめる話。その家族はすごく平凡な暮らしをしているんですが、実はそれぞれ転機を迎えていることが読み進めるうちに分かってきて、なおかつ男の過去の罪も明らかになってくる…と、こうして言葉で説明すると面白いのかな、それ、と思われるでしょうけれど、非常に面白いんですよ。私は何度読んでも心を揺さぶられます。狭い世界を描いているようで、ちっとも狭くない。平凡に見えた人たちもちっとも平凡じゃなかったってことが分かる。ダイナミズムがあるんです。つまらぬことで一喜一憂している私だけれども、それもありなのかな、と思ったんですね。小説としてもすごく面白くて、広がりと深みを実感して。それから、ずっと、丸山さんの作品は読んでいますね。
――なるほど。だったらやはり、サイン本はさぞ嬉しかったでしょう。
三浦 : 神からのサインです(笑)。
――そのほかによく読んでいた作品は?
三浦 : あとは漫画もいっぱい読んでいましたね。そうして過ごしつつ、大学生時代には中井英夫がすごく好きになって。やっぱり『虚無への供物』が最初に読んだということもあって、1番好きですね。非常に切ない話であるところも。
――やはり日本文学中心で。
三浦 : はい。そのあとぐらいからは、高村薫さんとか有栖川有栖さんを読むように。
――それぞれどんな作品を読んだのですか?
三浦 : 全部読んだと思います。好きになったら一応全部読んでいます。全部読んじゃるぞーって気合をいれたときに喜びを感じるんですよね。でも読み終わっちゃったらもう楽しみがないので、ゆっくり読みたいとは思っているんですけれど。そのなかでいうと、高村さんは合田シリーズが好きで、有栖川さんだったら『絶叫城殺人事件』ですね。
――そうしたミステリ作品でも、気に入ったものは繰り返し読むんですか?
三浦 : 私、犯人とかトリックを覚えられないんですよ。なので何度読んでも“犯人はこの人だったのか!”という新鮮な驚きを覚えられます。お得ですよね。まあ、トリックはちゃんとしていてほしいとは思いますが、私の場合トリック重視ではなく、文章で読ませる人が好きということもありますけれど。
――大学を卒業して作家になってからは、そういう風に全作品読むほどにハマった人は?
三浦 : 少女漫画は小さい頃から読んできて、今もずっと読み続けている人はいっぱいいますね。
――これ、という作家、作品はありますか?
三浦 : いっぱいありすぎて…。わりと白泉社のものが好きでしたね。
――もう、ありとあらゆる少女漫画を読んでいるという感じですよね。
三浦 : いえいえ、新作はどんどん出るし古典もいっぱいあるし、と嬉しい悲鳴をあげています。長生きしたいと思いますもん。好きな本や漫画を読むためには、長生きしないと。
――最近読んでいる小説は。
三浦 : 最近は、といってもかなり前からですが(笑)、ホモ漫画、ホモ小説をよく読んでいますね。
――いわゆる“やおい系”?
三浦 : そうです。自分でもよくこういうのを何百冊も読めるなあって呆れてしまいますけれど、読んでしまう。玉石混淆なんですけれどね。ただ、少女漫画に通じるものがあると思うんです。私、関係性オタクなんですよ。人間関係を追及するものが何でも好きなんです。少女漫画ってそうしたジャンルだと思うし、ホモ漫画ホモ小説もその延長線上にありますね。
――なるほど。
三浦 : そうそう、あと最近は大西巨人さんが好きです。昔、古本屋でバイトをしている頃、彼の『神聖喜劇』を探しにくるおじいさんがめちゃくちゃ多かったんです。そんなおじいさんたちにも朗報なんですが、光文社から文庫で復刊されたんですよ。それで、読んでみたらすっごい面白かったんですね。第二次世界大戦の軍隊の話なので、おじいさんたちは自分の軍隊時代の思い出をもう一回味わえるかと思って探しに来ていたんだと今になって推測しますが、そんなあまっちょろい内容では全然なくて。それからは、大西さんの作品を読むようになりました。
――ちなみに、読書スタイルは? いつ、どんな時に読みますか?
三浦 : 基本的に寝っころがって読んでいます。『星の王子さま』に“寝転がって読まないで”って書いてありますけれど、小さい頃寝っころがってその部分を読んで、「うるせー!」って思いました(笑)。ほっといてよ、って。地震が起きてもどこまでうろたえずに寝っころがって読めるか、いつも自分を試しております(笑)。読む時間は、夜寝る前や、仕事がうまくいかない時…って、ほとんどの時なんですが。それで寝っころがって読んでます。私、たぶん生活の中で、垂直の姿勢より水平の姿勢のほうが多いです。重力に逆らわない生活をしています。
――三浦さんの執筆に影響を与えた作家っているんでしょうか。
三浦 : 今まで読んだ人全員なんでしょうね、きっと。もちろん、中井英夫さんみたいに文章を研磨して美しいものを書きたいとも思いますが、かといって中井さんみたいなことができるかといったらできないので…。
――でも新刊の『私が語りはじめた彼は』は研ぎ澄まされた文章で書かれていて、見事ですよね。ものすごい読書量があってからこそ書けたものだとも思います。
三浦 : 自分の好きな作家さんがどんな人だったか考えると、たしかに文章を非常に練る人たちだと思うんですね。そういうところに自分も目標を設定して書ければいいなあ、と思っているところです。
(2004年7月更新)
取材・文:瀧井朝世
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