« 第43回 | 一覧 | 第45回 »

第44回:吉村萬壱さん (よしむら・まんいち)

吉村萬壱さん 写真

奇想天外な発想と、破壊的なモチーフを用いて、人間の根源的な部分を描く吉村萬壱さん。作品のグロテスクなイメージに反して、ご本人はおだやかな関西弁で話す優しげな方。芥川賞受賞第一作であり、渾身の長編『バースト・ゾーン』を発表したばかりの彼に、読書道や新作に関してのお話をたっぷりうかがいました。

(プロフィール)
2001年『クチュクチュバーン』で第92回文学界新人賞を受賞。かつてない奇想的な内容で選考委員の奥泉光氏から絶賛された。2003年には『ハリガネムシ』で第129回芥川賞を受賞し、文学界において高い評価を得る。人間の内面に潜む暴力性を象徴的に描き出し、山田詠美氏ら選考委員から高く評価された。その他の作品に中篇『岬行』がある。『バースト・ゾーン』は初の書き下ろし長篇。

【本のお話、はじまりはじまり】

――吉村さんは岸和田にお住まいなんですね。生まれも岸和田なんですか?

吉村萬壱(以下吉村) : いえ、岸和田は15年くらいかな。たまたまいいマンションがあって、抽選で当たったものですから。小さい頃は市内にいたり、あと小学校4年くらいからは枚方市にいました。

――どんな子供だったのですか?

吉村 : 親に隠れて悪いことしてました。火遊びしたり、枚方市民会館の演劇に、裏口から入ってタダで見たり…。でも小心者なので、コソコソとやっていました。見つかったら親にすごく叱られて叩かれて、泣いていましたね。

――本は読んでいました?

吉村 : 小学生の頃は読んでいないですね。無です、無。読み始めたのは中学生ですかね。『我が輩は猫である』は面白かった。苦沙弥先生のようになりたい、と思った記憶があります。その後、中学2年生の時にオカルトブームがあって、ユリ・ゲラーなんかの洗礼を受けて、超能力などのトンデモ本を読み漁りました。それが読書を始めたきっかけですね。それくらいから、自分でも分厚い本を書こうと思っていて。小説ではなくて、『吉村流超能力開発法』なんてやつが書きたかった。ちょっと寒いけれど家のシャワーをあびながらその下で座禅を組んでマントラを唱えて超能力を開発する、なんてことをやっていた時期なので。

――そんな修行の結果は?

オカルト(上)
『オカルト(上)』
コリン・ウィルソン (著)
【河出書房】
999円(税込)
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
アウトサイダー
『アウトサイダー』
コリン・ウィルソン (著)
【集英社】
980円(税込)
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com

罪と罰
『罪と罰』
ドストエフスキー((著)
岩波書店
798円(税込)
商品を購入するボタン
>>Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
嘔吐
『嘔吐』
J‐P・サルトル (著)
【人文書院】
2,310円(税込)
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com

ガラス玉演戯
『ガラス玉演戯』
ヘンマル・ヘッセ (著)
【ブッキング】
2,940円(税込)
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
砂の女
『砂の女』
安部公房 (著)
【新潮社】
500円(税込)
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com

魔の山〈上〉
『魔の山〈上〉』
トーマス マン (著)
【岩波書店】
903円(税込)
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
ペスト
『ペスト』
カミュ (著)
【新潮社】
780円(税込)
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
戦争と平和
『戦争と平和』
トルストイ (著)
【東海大学出版会】
2,940円(税込)
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
バースト・ゾーン
『バースト・ゾーン』
吉村萬壱 (著)
【早川書房】
1,785円(税込)
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com

吉村 : まったく何もないです(笑)! で、オカルトブームの頃にコリン・ウィルソンの『オカルト』という本を読んで、それがすごく面白くて。それで彼の『アウトサイダー』という本を読んだんです。これが、ドストエフスキー、ニーチェ、ヘルマン・ヘッセ、イェーツ、ウィリアム・ブレイクら有名な作家のことがうわーっと書かれている、大ベストセラーになったらしい本だったんです。コリン・ウィルソンは意識の拡大をテーマにしている。日常の意識は寝ているのと一緒で、人間の意識はもっと拡大できるものだ、だから文学などの芸術の役割も、意識を拡大させるためにあるのだ、と説いていて。意識の拡大というのは、オカルトでいう神秘体験と同じもの。オカルトに興味のあった僕は、文学にもそういう作用があるんだ、じゃあ面白いんじゃないかと思ったんです。それでまず『罪と罰』を読んだら、ものすごく面白かった。それから海外文学を中心に読むようになりました。

――コリン・ウィルソンの目を通して読んだわけですね。

吉村 : 読者の意識を拡大させるものかどうかという、ものすごく分かりやすい物差しでもって読んでいました。でも、例えばサルトルの小説なんかは実存主義で、人間の汚いところ、マイナス面をことさら強調させていて、意識を縮小させるばかりや、とコリン・ウィルソンは切り捨てるんですが、実際に『嘔吐』を読んでみると、すごく面白い。だからコリン・ウィルソンが批評家として偏狭な価値観の持ち主だということもだんだん分かってきて。彼の物差しでは落第点がつくけれど、自分の物差しで見ると素晴らしいものもあるんやな、と思って、いろんなものを読むようになりました。

――最初はコリン・ウィルソンが勧めるものを読んでいて…。

吉村 : そうですね。ヘルマン・ヘッセの『荒野のおおかみ』なんて、彼は絶賛していて。でもヘッセがノーベル賞をもらうきっかけになった『ガラス玉演戯』のほうが、彼の最高傑作ちゃうかな。ものすごく美しくて、理知的やし。ガラス玉演戯という、学芸・音楽・瞑想を組み合わせた演戯の名人ヨーゼフ・クネヒトの物語で、すごく高邁な精神世界を美しい言葉で書いている。そういうのを読むうちに、コリン・ウィルソンの物差しだけでははかれない、文学の物差しがあるんや、と分かって。日本でいうと安部公房。『砂の女』なんて何べん読んでも素晴らしい。

――それらを読んだのが、いつの時代ですか?

吉村 : 中学生から大学生にかけてですね。トマス・マンの『魔の山』や、カミュの『ペスト』も好きやったな。トルストイなんて、ドストエフスキーの深刻さに比べたらつまらないかなと思いながら『戦争と平和』を読んで、やっぱりすごいなと思いました。同じことの繰り返しが多いんですよ、人間がいかにおろかな理由で戦争をはじめて、人々を犠牲にしたか、延々と綴っている。あまりにも作品が大きすぎて、書いているほうも自分が繰り返していることに気づかなかったのかも分からへんけど(笑)。でもずっと日記をつけていたのを、この作品に取り組んでいた5年間はそれすらつけずに書いていた、というくらいなだけあって、読み終わった時には感動しましたね。こんな長いのを読んだ、ということにも感動したけれど。…それくらいからかな。自分でも分厚い本を書いてみたいと思ったのは。

――超能力ものではなくて?

吉村 : そうですね。あ、でも、今でもちょっとあるんです、小説じゃない本を書いてみたいという気持ちは。

――小説ですが、分厚い本を書くという目的は達成されましたね。最新刊の『バースト・ゾーン』はかなり分厚い小説ですから。

吉村 : 820枚あるんですけれど、これくらいの本を書くのが憧れやったので。この前の『クチュクチュバーン』や『ハリガネムシ』は薄いのが不満やったので、今、とても嬉しいです。

――分厚さに憧れたのは、どういうところなんでしょう。

吉村 : 長編って、すごく豊かでいろんなものがつまっているでしょう。ごちゃごちゃいっぱいつまっているのが好きなんです。部屋でもきれいな部屋よりごちゃごちゃしているほうが落ち着くし、ゴミ捨て場なんて大好きやし(笑)。

――確かに『バースト・ゾーン』はいろんな人の、いろんなエピソードがつまっていますね。

吉村 : 5人の主要登場人物を中心に書きました。いろいろ書けて面白かったですね。今回は筆がよどまなかったんですよ。

――この長さなのに!

吉村 : いや、ちょっとよどんだかな(笑)。でも、書きたくないとか、書けない、というのはなかった。今までの最高が未発表のもので230枚だったので、そこから先の長さを知らなくて。800枚程度の長さで、というオファーをいただいた時は、全然想像もつきませんでしたが、書いてみたらちょうどそれくらいの長さになりました。

――あ、今回は、出版社からこれくらいの長さで、という依頼があって書いた、という形なんですね。

吉村 : 『クチュクチュバーン』を出した後でオファーをいただいたから、だいぶ前になりますね。ずっとその約束を果たせてなかったので、今回果たせてよかったと思います。

【教員を目指した頃】

蝿の王
『蝿の王』
ウィリアム・ゴールディング(著)
【新潮社】
620円(税込)
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com

――読書道の話に戻りますが、その頃ほかに読んだ本は?

吉村 : 大学を出た後くらいに、アイリス・マードックの『砂の城』を読みました。ある村の高校に赴任して来た画家の女性が巻き起こす事件を描いた作品。彼女が魅力的で、平凡な高校教師を惹きつけて、家庭崩壊の危機に陥っていくんです。心理描写と構成がすごくよくて。長編を書くならこのように書きたい、というお手本のような本。これは3回くらい読み返しました。もっと後になってからですけれど、ゴールディングの『蠅の王』も印象に残っています。小説も映画も素晴らしい。

――大学を卒業された後はどうされていたのですか?

吉村 : 大学が教員養成学部だったので教師になろうとしたんですけれど、教員採用試験で二浪しました。1回落ちて、その次の1年間は学生時代の続きみたいなもので、中古車センターで車磨きながら次の試験に向けてうだうだしていましたね。でも、2回目の採用試験の直前に、つき合っていた彼女に彼氏ができたことを打ち明けられたんです。もう、大ショックでしたね。試験終わってから言ってくれればいいのに、直前ですよ(笑)。彼女にふられて就職もしていなくて、当然試験もまた落ちて、僕の人生で最低の時期でした。そういう時って、鏡をじーっと見て、"君は何のために生きているんだ?"って聞いてみても、答えが返ってこない。生きている意味って何やろうって考えて、危ない精神状態でしたね。立ち直るのに半年くらいかかりました。

――読書はもちろん、何も手につかない状態だったのでは?

吉村萬壱さん

吉村 : ちょうど親が高松に赴任していたので、「面倒見てください」と言って移り住んで、ひたすら部屋にこもって勉強などをしていたのですが、その時に小説まがいのものを書いていました。誰も知っている人のいない高松で、マンションの一室でじっとしていると、何かせんと病気になる。だから小説書くことに逃避したのかな。あとは夕方になって市営のプールに泳ぎに行くくらいで。

――翌年は…。

吉村 : 東京の高校の採用試験を受けて、運良く合格したので東京に3年間住みました。その頃の体験が『ハリガネムシ』になっています。東京にいてもロクな生活をしていなかったってことですけれど。その後、試験を受け直して、大阪に戻りました。

――読書はしていました?

吉村 : 読んではいました。波はあったけれど、本を持ったりページをめくったりすること自体が好きだったので。何冊が併読しているうちに、とまらへんのが出てきてそれをわーっと読んで、それから次のを読むという感じでしたね。

――読む本はどう選んでいたのですか?

吉村 : 小説だけではなくて、哲学、思想、文化人類学、宗教関連のものも読んでいました。本屋に行ってピンとくるものをこうてくるんですが、あんまり外れはなかったですね。サスペンス、SF、ミステリー、漫画、ベストセラー本は一切読まなかった。

――小説は書いていました?

吉村 : 日記はずっと書いていました。字を書くと落ち着くので。いつも持ち歩いて…(バッグから厚い大学ノートを取り出す)、今77冊目なんですけれど、こんな感じです(ペンで書かれた字がびっしり、イラストもあり)。

――すごい!

吉村 : その日あったことの他に、自分の考えなんかも書きとめているんです。こんなんやっていたから『ハリガネムシ』が書けたんかな。記憶が曖昧になっても、これを見ると当時のことを思い出せましたから。

【作家デビューする経緯】

――では、本格的に小説を書いたのは…?

吉村 : 日記は書いていても、なかなかひとつの小説を書くことができなくて。でも、大阪に帰って府立の学校に勤めていた時、同僚の国語の教師が限定100部くらいの同人誌を作っていて、そこに書かせてもらったんです。そうしたら、何人かが「面白いの書くやんか」って言うてくれたんです。それでいろんなところに応募するようになったんですが、全然通らなかった。そんな頃、堺自由都市文学賞受賞者で、後にオール讀物新人賞、松本清張賞を受賞される、三咲光郎さんが別の高校から移ってこられたので、「文学賞の取り方を教えてください」って聞いたんです。同人誌を見せたら、「君の小説はどこにもひっかからないけれど、ひっかかるとしたら、文學界かな」と言われて「分かりました!」と、応募して。でも一次も通らなくて、もうあかんのかな、と思っていたら、ある年の暮れに書いたハチャメチャ小説が結局、通ったんです。

吉村萬壱さん

――それまで応募していた作品は、またテイストが違ったのですか?

吉村 : どっちかというと『ハリガネムシ』的な、それよりもうちょっとおとなしい作品でした。あ、そうそう、その間に、京都新聞新人文学賞をいうのが30枚か40枚の作品を募集していて、公募ガイドを見て、これや! と応募したんです。土星人が攻めてきて人間がグチャグチャになる話だったんですけれど、受賞したんですね。賞金が10万円で。それでちょっと自信がついたんです。ただ、僕が第一回目の受賞だったんですけれど、それで終わってしまって、第二回目がなくて。だから僕のためにあったような賞ですね(笑)。

――そちらもハチャメチャ系だったんですね(笑)。

吉村 : そうですね。文學界で賞をいただいてからは、編集者の方がついてくださるので手取り足取り教えてもらって。SFみたいなのばかり書いていたら「このままではダメです。アイデアを10個考えてきてください」と言われた。考えたんですけれど、9個はSFで1個だけ私小説的なアイデアを出したら「これだ!」と言われたので私小説を書き、手直しをして形を整えたら…うまいこといったんです。

ハリガネムシ
『ハリガネムシ』
吉村萬壱 (著)
【文藝春秋】
1,200円(税込)
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com

――それが芥川賞を受賞した『ハリガネムシ』なんですね。

吉村 : はい。

――吉村さんは"破壊"を描くイメージがありますが、それはどこから…?

吉村 : 人類の歴史、…歴史大嫌いだけれど、一応人類の歴史を見ていくと、殺し合いの歴史でしょう? 20世紀という100年だけでも、戦争とか粛正とか虐殺とかで累計1億人が死んでいるらしい。100年の間に日本の人口と同じくらいの人間が、事故とか災害でなく、争い事で死んでいる。どう贔屓目に見ても、人間は異常な生物や、と。宇宙人から見たら、こんな危険な生物はないと思うんです。僕が宇宙人やったらそう思います。地球に移り住む前に、人類全員殺しとこう、と思いますね。それくらい人間は特殊で危険な生物やな、と思ったら、愛とか友情とかいうキーワードだけで人間の世界を描くのは嘘っぽいと思いません? できるだけそういうのをはぎ取って人間を描いてみたいなと思うんです。でも、人間は嫌いじゃない。嫌いじゃないからこそ、人間を飾っているものを取り払った、裸の人間を見せたいんです。人間ってどうしようもないと思うけれど、根本のところは否定できない。そのあたりを描きたいんかなあ…。

――ご自身の作品に影響を与えた作家はいますか?

吉村 : たくさんいますね。安部公房は確実に影響を受けていると思います。夏目漱石や井伏鱒二ら、なんともいえない味のある作家たちも好きですし…。

――お話をおうかがいしていると、古典的なものが多いですよね。

吉村 : 時間が限られているので、読むものは選びます。新刊だと、ベストセラーになったからというて、100年後に残っているかは分からない。古典となると実際に残っているわけですから、絶対に読む価値があると思います。

――作品からは、SFや冒険小説のテイストも感じられますが…。

吉村 : 安部公房もSFと言えば言えなくないですからね。『バースト・ゾーン』もそうやけど、時間や場所は特定したくないんです。もしこれが中国が舞台やったら、中国の歴史とかも描かなくちゃいけない。それよりも、無国籍のほうが、いつの時代の誰が読んでも通じる。そうすると、SFに近づいてくるんです。どこの国の言葉に翻訳しても、書いてある大事なところは分かる、というのが好き。安部公房の作品も、そういう感じでしょ? 普遍性がある。いつの時代でも、こういう状況になったら人間はこういう行動をするだろう、ということを描けたら、と思います。できればスワヒリ語に翻訳していただいて、アフリカの方にも読んでいただいて、彼らに伝わったら素晴らしいなと思います。

【作家になってからの読書道】

最後の物たちの国で
『最後の物たちの国で』
ポール・オースター (著)
【白水社】
924円(税込)
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com

――その後、読書スタイルに変化は?

吉村 : @あまりないですね。車谷長吉さんは好きでよく読むけれど、思想書みたいなのも増えてきたかな。

――その中であげるとすれば?

吉村 : 長澤靖浩さんの『魂の螺旋ダンス』は面白かったですね。真面目な思想書です。実は彼は高校時代の同級生で、僕と彼とで倫理の先生つかまえてニーチェの『ツァラトゥストラ』の購読会とかやっていたんです。彼は精神世界に走って、魂とは、ということを追求していて。その彼の、今の時点での集大成といえる本です。読んで知識が整理されました。

――小説はどうですか。

吉村 : 人に勧められて読んだのが、ポール・オースターの『最後の物たちの国で』(と、取り出す)。これ、すごく面白かった。泣いたんちゃうかな。あまりにも可哀想で。どうしようもなくなっている社会に、お兄さんを探しに行った女性が潜入してさすらう。そこは最悪の状態で、何の救いもない。こういうことは世界中に現実に起こっていることだと思いました。怖い、怖い小説でした。

吉村さんの私物の本
『すばらしい。底知れぬ生の哀しみが描き尽くされている。これはただの小説ではなく、預言書である。』

――(吉村さんの私物の本を見て)最後のページに感想が書かれていますね。「すばらしい。底知れぬ生の哀しみが描き尽くされている。これはただの小説ではなく、預言書である。」

吉村 : 感動すると、こういう風に書くんですよ。

【普段の読書&執筆スタイル 】

――今も学校に勤められているんですよね。読書や執筆はいつ?

吉村 : 読書は、まず、トイレに本を持っていきます(笑)。

――じゃあ、かなりこもるほう?

吉村 : ちょっとね(笑)。あとはだいたい、夜の9時から1時半くらいまで部屋にこもっているんですよ。小説書いたり、本を読んだり、音楽を聞いたり。4〜5時間自分の時間があるので、そんなに不自由はないです。

【 最新刊、そして今後について 】

――そうやって、少しずつ、時間をかけて今回の『バースト・ゾーン』は出来上がったわけですね。この出発点といいますか、発想の源は…。

クチュクチュバーン
『クチュクチュバーン』
吉村萬壱 (著)
【文藝春秋】
1,300円(税込)
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
赤目四十八瀧心中未遂
『赤目四十八瀧心中未遂』
車谷 長吉 (著)
【文藝春秋】
470円(税込)
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com

吉村 : 『クチュクチュバーン』に『人間離れ』という中編を載せているんですが、それをいつか長編にしたいなと思っていたんです。『人間離れ』は、人間であり続ける限り巨大な虫みたいな生物に食べられちゃうから、人間離れして助からなあかん、という話で。みんな必死に考えて、何十人も殺したりと、非人間的になっていって、そうすることによって化け物に襲われないようにする。『バースト・ゾーン』も、人間が人間的なこと…例えば、愛国心とか、愛とかを頭で考えたとたんに、虫の化け物に脳天つかれて脳味噌吸われる。襲われないためには、人間的なことを考えないようにしないといけないという限界状況を考えたSFですね。

――ちなみに登場する"神充"は、"しんじゅう"ですか、"じんじゅう"ですか?

吉村 : ああ、ルビがないからどっちとも読めますね。僕は"しんじゅう"って読んでいました。

――気持ち悪い生物ですよね。

吉村 : スターリンにしろ毛沢東にしろヒトラーにしろ、自分の主義主張を徹底的に実行しようとすると、それからはみ出す人間を粛正せなあかん。そこで暴力が働くわけです。人間しかそんなことしないし、これは他の生物に比べて明らかに異常です。人間って気持ち悪いから脳吸っちゃえ、っていう生物がいたら怖いだろうな、と思って。人間は助かりたいから物語とか意識とかを自分の中から排除しようとする。でも排除したら人間の本質を無くすという大きな矛盾が生まれる。にっちもさっちもいかなくなっているのが、人間の姿なのかな、って。

――人間である以上、逃れられないものがある。

吉村 : 自分の人生、まったく意味ないと思って生きていけます? もう意味ないって分かったら、生きていく理由なくなりますやん。車谷長吉さんなんかはかなりギリギリを描いてますよね。ご自身はニセ世捨て人なんて言うてますけれど。生きていることの醜いところを赤裸々に描くスタンス。でもやっぱり捨てきれないし、捨てきれない自分をもよく自覚されて描いているから、すごく共感します。最近『赤目四十八瀧心中未遂』を読み返して、やっぱり素晴らしいと思いました。あの作品は怖い。一緒にいたらヤバイ女の人と、ヤバイと分かっていても行動をともにする。彼女の体に抵抗不能の自分がいる、そのどうしようもなさ。そうやって落ちていくのって、『ハリガネムシ』と似ていますね。

吉村萬壱さん

――さて、今回大長編を書き上げたばかりですが、次回作の構想は?

吉村 : 次は幻冬舎さんの老人小説です。タイトルは『老人失格』。でもまだ1行も書いていない。400枚書いてボツにしたんです。

――400枚も書いて! もったいない!

吉村 : 一人称的三人称で書いていたんですけれど失敗して。今の僕には、70歳過ぎの銀三郎…あ、主人公は銀三郎って言うんですけれど…にはなれない。だから、今の僕が見た老人たちを書こうと思って。あ、でもその前に『文學界』で300枚書かなあかん。これはどうしよ…(笑)。でも仕事があることはええことやから、なんとか頑張って、書きます。

撮影 : 大川英恵 (2005年6月更新)

取材・文:瀧井朝世

« 第43回 | 一覧 | 第45回 »