WEB本の雑誌>【本のはなし】作家の読書道>第50回:山本幸久さん
温かく、またユーモアたっぷりのまなざしで、現代に生きる人々の姿をキュートに描く山本さん。現在次々と作品を発表、その活躍には目を見張るものがあります。読めば元気が湧いてくる、その作風の源泉はどこに? 漫画家を目指していた小学生時代の話から、じっくりとうかがいました。
(プロフィール)1966年東京生まれ。
中央大学文学部卒業後、 会社勤務を経て、編集プロダクション勤務。
2003年『笑う招き猫』 (『アカコとヒトミと』を改題)で 第16回小説すばる新人賞を受賞し、 作家デビュー。
ユーモアのある文章と魅力的な人物造型が、 注目をあつめる。
――本日はたくさん本を持ってきてくださって、ありがとうございます。
山本幸久(以下 山本) : いや、あったほうが話やすいかと思って。
――全部書店のカバーをかけたままなんですね。どれがどれだか分からなくならないんですか?
山本 : 見れば分かる、のもあります。だから家の中で、あの本、どこにいってしまったのか、としょっちゅう探してます(笑)。
――昔から読書家で作家を目指していたとか?
山本 : 僕は漫画家になろうと思っていたんです。だから漫画ばかり読んでいましたよ。基本的には『週刊少年ジャンプ』を小学校1年生の時から中学生くらいまで読んでいました。でも、スクリーントーンや原稿用紙など道具などの使い方が分からずに辞めてしまった、というパターンで。当時はまだコマの罫線を引くのにカラス口を使っていたんですが、もう部屋中墨だらけで真っ黒になってしまって。こりゃあかん、と思いました。
――その頃夢中になって読んだ作品って、なんだったのでしょう。
山本 : その頃は江口寿史さんの『すすめ!!パイレーツ』が連載されていました。ほかに『1・2のアッホ!!』とか。『週刊少年チャンピオン』も同じ頃読んでいたんですが、『マカロニほうれん荘』や『ブラックジャック』、『がきデカ』などの時代です。
――小説を読み始めたのは?
山本 : 小学校の後半ぐらいから。星新一さん、小松左京さん、筒井康隆さんといったオーソドックスなものを読み始めました。星さんは講談社の文庫だとカバーイラストが和田誠さんだったんです。どうやら僕は和田さんのイラストが好きみたいで。つかこうへいさんの作品の、和田さんが書いた表紙のものや、和田さん自身の著作の『お楽しみはこれからだ』なんかも買っていましたから。
――表紙絵がきっかけとは面白いですね。
山本 : そうなんです。それで星さんを読み始めて、日本SFの周辺…かんべむさしさん、横田順彌さん、半村良さんなんかを読みました。新井素子さんや上原まり子さんがデビューした頃です。実は僕自身『ショートショートランド』という雑誌の、星さんが選考をしていた読者投稿欄に応募して、入選したことがあるんです。中学二年生の時ですね。入選作品を集めた『ショートショートの広場』という本があって、それを見ると今活躍している方が入選しています。
――中学二年生で入選!
山本 : 10枚くらいだったんじゃないかな。それから20年、小説は書かなかったんですけれど。小説すばる新人賞を受賞してしばらくあと、集英社の担当の方にそのことを話したら「過去に入選歴はないと言ってたじゃないですか!」って言われちゃいました(笑)。
――せっかく入選したのに、その後、まったく書かなかったんですか。
山本 : 受験などがあったし、高校、大学とそれなりに楽しかったので、自分で書こうとはしなかったんですよね。本は読んでいました。
――その頃読んでいたものというと、ここにある小松左京さんの『題未定』や山田正紀さんの『神獣聖戦』、筒井康隆さんの『歌と饒舌の戦記』などになるんですか。
山本 : 『題未定』は小松さんの作品の中で一番好きで。題未定という駄洒落で話が転がっていくんですが、すごく共感する。『神獣聖戦』の山田さんは84年がデビューなんですが、僕は高校生くらいで、その頃からずっと追いかけている方ですね。でもこれが一番好きかな。短編集が3冊、長編が1冊で全部話がつながっているんです。筒井さんも新刊が出るたびに読んでいた。『歌と饒舌の戦記』を読んだのは大学生の時。中央大学の本屋のカバーだから年代が分かりますね(笑)。並行して、小林信彦さんも好きで、小中学生の頃にオヨヨ大統領のシリーズ、最近では『東京少年』も読みました。今日持ってきた『夢の砦』は、ヒッチコックマガジンの編集長になった小林さんご自身がモデルで、雑誌を作っていく話なんです。自分の雑誌を作りたいと思いつつ、なかなかうまくいかずにぐらぐら揺れている。僕自身、漫画雑誌の編集者の経験もあるので、すごく共感するんですよね。たぶん、これまでで一番繰り返して読んだ本です。僕の書いた『凸凹デイズ』もこれに近い気がする。今雑誌に携わっている方は必読なのでは。椎名誠さんの『本の雑誌血風録』なんかも、編集者になってから読んで、なおかつ編集者たちと携わる今読んで、とても共感します。
――本日は海外小説もお持ちいただいていますが。
山本 : 中学、高校の頃、海外のものも読もうじゃないか、と思って。SFやミステリでも、笑いがあるほうが気になるので、どこかジャケ買いみたいなところがあって。ドナルド・E・ウエストレイクの『悪党たちのジャムセッション』やトニー・ケンリックの『三人のイカれる男』は、ユーモアミステリらしい表紙だったから手にとって読みました。『悪党たち〜』はウエストレイクのドートマンダーのシリーズなんですが、どちらもチームを組んで悪事を働くけれど、うまくいかなくて失敗して、でも違う偶然が起きてめでたしめでたし…という話で。って言ってしまうと簡単ですが(笑)。そういう話が好きなんです。
――SFも王道とはまたちょっと違ったテイストが好きなのでは。
山本 : そうですね、王道も読んでいたけれど、かわり種が好きで。バリントン・J・ベイリーの『カエアンの聖衣』なんかは、服が人を支配する話です。マイクル・カンデルの『キャプテン・ジャック・ゾディアック』は世界が終わってもいろんな人がいて、毎日大変だという話(笑)で。訳が大森望さんですが、僕の印象としては、大森さんってちょっと外れたものを訳している気がして(笑)。あくまでも僕の印象ですからね。フィリップ・K・ディックの『ザップ・ガン』なんかも、大森さん訳じゃなかったかな。ど真ん中SFではなくて、少し外れていて、でも読み終わってみるとやっぱりSF感たっぷりみたいなものが好きですね。ただ、ほんとうのSFファンって相当の作品数を読んでいるでしょう。あまり知っているように語るとそういう人たちに怒られそう(笑)。そこまでよくは知らないです。
――手塚真さんの『夢みるサイコ』も学生時代くらいにお読みになったのですか。
山本 : これは映画の本ですが、手塚さんの著作の中ではこれが一番好きですね。大学生になると蓮實重彦さんや山田宏一さんなんかも読みましたが、手塚さんはすごく身近な映画評論を展開している。スピルバーグのことをこれほど一生懸命書いたのはこの人が初めてなんじゃないでしょうか。スピルバーグとキューブリックとベルイマンを結びつけて論じているんですよ。今読み返してもとても的を射ている。他にもデ・パルマやゴダールが出てくるし、当時まだビデオ化もされていなかった『007/カジノ・ロワイヤル』の存在もこれで知りました。ビートルズの『HELP!』を撮ったリチャード・レスターも出てくるし、当時好きで今も好きな作品や人がたくさん出てくるので、趣味が合うのかなとも思います。もう20年前の本なんだなあ。
――金井美恵子さんの『小春日和』は。
山本 : これは社会人になってから読みました。読み返してボロボロになっていますが。これを含めた「目白四部作」の『タマや』『文章教室』『道化師の恋』、あと『彼女(たち)について私の知っている二、三の事柄』はよく読み返しています。これほどまでに気持ちよい文章を書ける人はいないんじゃないかと思う。皮肉がきいているのに、たまらなく面白い。『笑う招き猫』の女の子二人って、『小春日和』の二人組が好きだったから、この当たりから浮かんだのかなって思うけれど、誰にも指摘されない(笑)。ちなみに、『笑う〜』の彼女たちが歌うのは、筒井さんの『歌と饒舌の戦記』からきているのかも。小説を書いていると、自分が読んでいるものに似てくるという気がしますね。まわりは全然気づかないし(笑)、自分も書いている途中は気づかないけれど、後からそう感じます。
――やまだないとさんの『西荻夫婦』もお持ち下さいましたが。
山本 : やまださんは担当をしていたことがあって。このマンガにでてくる女同士の亭主の悪口がとても好きです(笑)。
――やまださんご担当で。そういえば、山本さんは大学卒業後すぐ編集プロダクションに入ったのですか?
山本 : 最初は内装、というか店舗のリニューアルの会社に入ったんです。その会社は広告部門とインテリア部門があって、インテリア部門を志望すると受かる、と先輩から聞いて、そう言って入社しました。バブル絶頂期で仕事もたくさんあって。店舗が休みの前日の夜から翌々日の朝までに改装作業をするのが仕事で、僕は現場監督のようなものですね。そんなことを1年半くらいやったのですが、インテリア部門から広告部門への異動はない、と聞いて、こりゃあかんと思って辞めました。
――その後、編集プロダクションに?
山本 : 小さい頃何をやりたかったかをもう一度思い出して、漫画に携わる仕事をしよう、と。朝日新聞の求人広告の、切手大の大きさの記事を見て受けました。その会社から大手出版社に出向して十数年、漫画雑誌の編集部で働いてました。最終的には雑誌がなくなってしまって。『凸凹デイズ』で思いもかけないところで何かが起きて、今まで頑張ってきた場所がなくなる、というのはその体験に基づいているかも。
――小説を書こうと思ったきっかけは?
山本 : 奥さんに「書いてみたら?」と言われて。彼女はエディトリアルデザイナーなんですが、パソコンがあまったので何かに使っていいよ、と言ってくれ、それで書き始めて、世田谷文学賞に二人で応募したんです。その時書いたのが『笑う招き猫』の原型ですね。そうしたら夫婦ともども三等賞(※敢闘賞??)をいただいて。じゃあちょっとやってみようかな、と思い、400枚くらいに膨らませて『小説すばる』に応募しました。
――現在、次々と作品を発表されていますが、編プロのお仕事は…?
山本 : 続けています。ただ、雑誌の編集からは抜けて、ネットの仕事や単行本の編集やらをやらせてもらっています。
――本を読む時間はありますか?
山本 : ありますよ。基本的に毎日本は読んでいます。今読んでいるのは山田正紀さんの新刊『マヂック・オペラ』です。
――今回お持ちいただいたなかで、まだ触れていないのが北野勇作さんの『空獏』。
山本 : 最近一生懸命読んでいるのが北野さん。この方の世界観がたまらなく好きです。後は『ハサミ男』の殊能将之さんと、奥泉光さんを読んでいますね。こうして話していると、僕が好きなものって、絶対僕がどう逆立ちをしても書けない小説を書く人たちですね。近づこうとはするけれど、書けない。奥泉さんなんて、筆力と知識の幅の違いを実感します。
――現在は現代の人々を主人公に書かれていますが、SFも書きたいと思われていますか?
山本 : 僕が書いたらSFファンたちに「SFを知らない」と言われてしまいますよ(笑)。
――プロットはどこから生まれていくのでしょう?
山本 : 出版社へ打ち合わせに向かう電車の中でいくつか考えます。それで、その中で反応がいいものを書こうと思っていて。テーマなどは日々考えてはいるんだけれど、結局、自分も編集者だったので、編集者が面白がってくれるものでないと、とは思うんです。
――『笑う招き猫』は芸人の世界が描かれますが、もともと詳しかったのですか?
山本 : 雑誌の編集をしているときにラーメンズの担当をしていたことがあって。「本を書くから取材させてくれ」とは言っていませんでしたが(笑)。今度文庫化されるんですけれど、解説を片桐さんにお願いしていて。あの人の文章はすごくおもしろいので、どんな解説になるのか気になっています。
――『幸福ロケット』にも『招き猫』のアカコとヒトミの話がちらりと出てきますね。あと、『はなうた日和』と『凸凹デイズ』に出てくる「世田谷もなか」は気になるところ。そういう風に作品と作品をリンクさせるのって…?
山本 : 手塚治虫さんって、同じキャラクターがいろんな作品に出てきますよね。ああいう手塚ワールドって憧れます。ただ、やりすぎるとどうかな、と思うので、抑え気味にはしています。
――『幸福ロケット』は、子供向けのものを書こうと思ったのですか?
山本 : 子供がいてまだ赤ん坊ですけど、この子に読ませる小説を書きたいと思って書いたんです。
――あれにもいろんな本のタイトルが登場しますね。
山本 : そうですね。ロアルド・ダールの『マチルダはちいさな天才』とか。今回は持ってきませんでしたが。
――あれも最後は心が温まるお話。山本さんの作品は、読むと元気が出ますね。すごく嫌な人って出てこないし。
山本 : 『凸凹デイズ』に出てくるキャリアウーマンの醐宮なんかは、最初悪役だったんです。100枚の読み切りのつもりで。それが、続きも書くことになって、2か月に1度書き、1年以上つきあっていると、僕も感情移入していて、可哀相な目に遭わせたくなくなっていて。それで、彼女も悪い感じではなくなっていったんですよね。
――確かに最初は、彼女のことを嫌な女! って思いましたが、読み終わる頃には好きになっていました。そうした優しさが、山本さんの作品の魅力かも。
山本 : どうなんでしょう。先程話した中学生の時に書いたショートショートを奥さんに読ませたら、「今と変わらない」って。俺は進歩していないんだー!って思いました(笑)。まあ、20年間書いていないのだから、当たり前かもしれません。
――今後のご予定は。
山本 : 今角川書店で書き下ろしで赤ちゃんのいる14歳の男の子の話を書いています。あとは『小説すばる』で家族の話の連作を。幻冬舎の『パピルス』では漫画家のアシスタントの話を書きましたが、これは『凸凹デイズ』の凪海の男版ってカンジかも?それと、さきほど言いましたように1月に『笑う招き猫』が文庫に、2月にはマガジンハウスの『ウフ.』で連載していたものが単行本になるはずです。
(2006年1月27日更新)
取材・文:瀧井朝世
WEB本の雑誌>【本のはなし】作家の読書道>第50回:山本幸久さん