WEB本の雑誌>【本のはなし】作家の読書道>第58回:小山 薫堂さん
(プロフィール)
1964年熊本県生まれ。日本大学芸術学部卒業。放送作家として「料理の鉄人」(フジテレビ)「世界遺産」(TBS)など、数多くのテレビ番組を企画。
現在は雑誌連載や商品解説、ラジオパーソナリティーなど多くの分野で活躍中。近著『フィルム』(講談社)は本格的な小説として初めての作品となる。
――子供の頃の読書の思い出は、何かありますか?
小山薫堂(以下、小山) : 基本的に、あまり本を読まない子供でしたね・・・。でも、一番最初の記憶にある本と言えば、唯一小学生の頃に読破できた、野口英世の伝記ですね。
――最初の印象が伝記、とは凄いですね!それは、読破できるくらいおもしろかったとか、印象深かったとかでしょうか?
小山 : 小学校3年生くらいだったと思うんですが、読書感想文のような形で、課題が出ていたんだと思うので、自ら選んだ訳ではないのですが、やはり内容的に、衝撃を受けましたね。手を火傷してしまう場面とか。ショッキングで引き込まれました。
――野口英世をきっかけに、読書の道に進むようになりましたか?
小山 : いや、そういう感じはなかったです。むしろ、本を読まない事を心配した祖母が、「本なら何でも買ってあげるから」と言うので、漫画なら。という感じで『少年ジャンプ』や『少年チャンピオン』を買ってもらってました。でも中学に入ってからは、星新一のショートショートと、筒井康隆の世界にはまりました。とくに、星新一に影響をうけて、中学校2年生の時に、「孤独感」という本を作ったんですよ。
――ご自分の作品だけで、1冊の本を作ったんですか? ショートショートですか内容は?
小山 : はい、全て自分で書いて友達に読ませたりしてました。星新一的なSF的な内容が多かったですね。例えば、鯉は「えさ」を何だと思ってるんだろうという発想から、人間が鯉のような立場だったら。という内容だったり、あとは貨幣のない国の話とか。
――お友達の反応はいかがでしたか?
小山 : あんまり覚えてないですね。(笑)。何も言ってもらえなかったのかもしれません。ただ、その頃担任の先生と日々の出来事を交換日記で伝え合うというものがあって、そこで「最近の小山君は、ちょっと変です。心配です。」って言われました。で、「この先生、俺のこと理解してねぇなぁ。」って。笑。
――周りの反応は気にせず創作は続いたんですか?
小山 : 卒業アルバムの「思い出」にも、『たかしくん』というタイトルで小説を書きましたよ。周りは普通に学生時代の思い出を書いているんですけどね。最後に「こういう作品を書き続けたことが、僕の3年間の思い出だ」というあとがきがあるんです。
――先生も驚いたでしょうね・・・。もう一人の筒井康隆さんの本については、どんなものを読みましたか?
小山 : 確か、筒井さんの本だと思うんですが、著作権で政府が儲けるという話があって。レコードを常に聞いていないといけないという法律ができて、著作権で政府が儲かる仕組みになってるんですけど、結局大ヒットするのが無音のレコードだったっていうストーリーで。それでも著作権は取られるんですけどね。なんて面白いんだ!って衝撃を受けましたよ。
――もし、世の中が○○だったらみたいに考えることは今のお仕事にも役に立ってる。
小山 : そうですね、でも、その一方で、中原中也の世界にもはまってました。
――また、その全く違う世界にも触れてるところが、ズルいというか。
小山 : そう、これは女の子にモテるためっていう不純な動機もありました。もともとは中学校の頃の家庭教師の先生に詩集をもらってはまったんですよね。自分でつくった作品は星新一的なのに、タイトルは「孤独感」ですからね。中原中也的なネーミングですね。高校時代は女の子のために詩を書いてましたよ。
――それは、実際に渡したりしたんですか?
小山 : 渡しましたよ。今となっては、本当に恥ずかしいものですけど、手紙にして渡しました。今でも持っているっていう子がいますよ。
――え、ずっと持っていてもらえるということは、素敵な詩だったんじゃないですか。どんな感じの詩でしたか?
小山 : もちろん中原中也っぽい作品でした(笑)。今となっては人質のような感じ。返してほしいなぁ。
――そうすると、「孤独感」に引き続き、高校時代は詩を書く事が多かったんですね。何か他に印象に残っている本とかはありますか?
小山 : 高校時代は自由時間がほとんどない寮生活だったので、あまり本を読む時間がなかったんですよ。でも、志賀直哉の『小僧の神様』に出会ったことが大きかったですね。国語の授業で勉強したんですが、非常に衝撃を受けて、こういう作品を作りたい!と思うようになりました。さりげない日常の視点だったり世界観だったり。その思いや視点は今も変わらず、自分の中で、クリエイティブのバイブルとして君臨し続けていますね。
――自分でも作りたい!と思われたということは、やはり文章を書いたり、何かを作り出すということに昔から興味があったということですよね。
小山 : そうですね。高校生時代にはコピーライターになりたいと思ってました。
――なるほど。コピーライター全盛期のまっただ中にいらっしゃったわけですよね。大学時代も、引き続き書いていたんですか?
小山 : 大学時代は、完全に映像制作にはまってました。先日発売された『フィルム』という短編集にも出てくるエピソードなんですが、何気ない友人のアドバイスと、受験の時一緒だった女の子が可愛かったということで日大の芸術学部に入って、すっかり映像の世界にはまりましたね。
――映像を撮るにあたって、影響を受けた方とかはいらっしゃいますか?
小山 : その頃は山田太一さんとか、倉本聰さん。あとはナム・ジュン・パイクの影響が大きかったですね。ちょっとサブカルな感じですよね。
――これまで文字で表現していた世界が、映像になっていったということですよね。
小山 : そうですね、映像でも、小説でも、自分の中では大きな違いは今でもないですからね。
――違いがないということですが、実際にはどのようなイメージで、小説や番組を作るのでしょうか。小説の場合は、小説用にテーマを考えるとか?
小山 : よく僕はネタのことを「タネ」と言ってるんですが、そのタネはもともと1つで、それを小説という畑にまくか、映像という畑に蒔くかだけの違いなんです。どちらの畑の方が、よく育つか考えるということですね。
――「タネ」を具体的にこれは小説だな。とか、これは映像だな。と判断する基準はどんなものなんですか?
小山 : まずは予算ですね。テレビの場合、枠も重要です。あとは、やはりテレビだと、ストーリーにクライマックスや大きな盛り上がりが必要ですよね。逆に今回の『フィルム』のような短編小説なら、ちょっとだけひっかかる小さな何かがあれば十分なんだと思います。読み終わってから、じわじわと感じるものがあるようなイメージですね。例えばきゅうりという素材があって、それにものすごく美しく包丁を入れたり、マヨネーズも塩も醤油もつけて食べさせるのがテレビ。小説の場合は、素材そのもののおいしさを堪能するというイメージだと思います。
――確かに、今回の『フィルム』、暖かい短いドラマを見せていただいたような気持ちになりますよね。
小山 : 大事件が起きたり、誰かが傷ついたり、激しい性的描写があったり、という小説もありますし、それを否定はしませんが、僕にはそれは書けないなと思っていますね。
――そういった「タネ」は、いろいろ探して日々集めているのでしょうか?
小山 : 一生懸命集めているというよりは、日々の生活の中で蓄えられていく形ですね。『フィルム』に出て来る「Love is・・・」も、実際に僕がキャンティで食事をしている時、おばあさん2人組が隣に座っていて会話しているのを聞いて、そこから生まれたお話です。いつか何かに使おう。と思っていたタネですね。
――いろいろなタネを、忘れずに覚えていられるのはすごいですね。
小山 : いや、そんなに記憶力がいい訳ではないんですよ。でも、おもしろいタネは、忘れないですよね。よく、寝ているときに思いついたネタは、書いておかないと忘れてしまって勿体ないなんて言いますが、忘れてしまうくらいのネタなんて、面白くないってことですよ。
――なるほど。ちなみに本を読んで、そこからタネを拾うことはありますか?
小山 : 逆に最近は、資料としてしか本を読まなくなりましたね・・・。そのお陰でプルーストとかエチカとか、普通の人はなかなか読まないような本を読んだりします。
――本を買うとしたら、どこの本屋で買いますか?好きな本屋さんとかがあれば教えてください。
小山 : 今はアマゾンとかで買うことが多いんですが、とにかく好きだった本屋さんは青山ブックセンターですね。昔の彼女のアルバイト先がすぐ近くだったので、必ず迎えに行って、そこで待ち合わせをしてました。
――思い出の本屋さんなんですね。本屋さんって、確かに待ち合わせにいいんですよね。
小山 : そう、早めに着いた時は自分の好きな本を読むんですよ。それで、女の子が来る頃になったら、カッコいい売り場に移るんです。モノクロの写真集とかね。女の子が早めに来ちゃったりすると、ちょっと恥ずかしい週刊誌を読んだりしていて、焦ったりして。笑。
――青山ブックセンターは、何か他に、例えば企画とかで、「こういうところが面白かった」ということはありましたか?
小山 : アートグッズを売っていて、よく買ってましたね。あとは、夜中に行って、人を観察するのが好きだった。酔っぱらいながら、立ち読みしている人とか。
――昼間と違う空間になっていて、面白かったりしますよね。ちなみに、最近の本屋さんの思い出は何かありますか?
小山 : 先日、歌舞伎座の裏くらいにある小さな本屋さんに行きました。
――新東京ブックセンターですね。
小山 : そういうおじいちゃんとかおばあちゃんとかがやってそうな本屋さんに、たまに行きたくなりますね。人に会う為に自分の本を買おうと思って、その本屋さんに入ったんですが、自分の本が平積みされていて。「この本売れてますか」なんて聞いたりしたんですけど。
――やっぱり平積みにされていると、注目度も上がりますし、嬉しいですよね。
小山 : そうですね。でも、読ませたい本を置いている本屋さんの方がいいですね。ただ売れ筋だから、平積みにするとかではなく。青山ブックセンターはそういう主張を持った店頭だったところが好きだった。他の本屋さんに比べて特徴がありましたよね。何を読ませたいかが明確というか。
――本屋さんからの提案があると面白いということですか。
小山 : そう。本屋さんもテレビ局も同じ事が言えると思うんですが、売れ筋を置くだけの本屋さんとか、視聴率だけを基準に編成するテレビ局ではダメですよね。なかなか売れなかったり、見てもらえないけれど、いい作品、面白い作品というのを、どうやってみんなに見てもらうかを考えていかないと。
――本屋さんの本棚も、テレビ局の編成も、全て同じ編集という行為なんですよね。並べる内容や、見せ方が非常に大切ですよね。
小山 : そう、見せ方と、何を見せたいか。本屋さんなら、本の並べ方で、お客さんはいろいろ気づく事ができますからね。本屋さんにはきっかけを作ってくれる場であるべきだと思いますね。さらに言えば、テレビが本屋さんでのきっかけ作りをお手伝いできるような、もっと良い関係を築きたいと思っています。
――具体的にどんなイメージですか?
小山 : 以前、「本パラ関口堂書店」という番組をやってたんですけど、それは本を読む為のきっかけ作りをサポートしたいと思って作っていた番組なんです。実際に本が売れたりして、出版業界が元気になったとか、書店関係者からの反響も大きかった。
――機会があれば、また作りたいと思いますか?
小山 : 作りたいですね。テレビは本や雑誌をすごく気にして情報を得ているんだから、お返ししないと。視聴率よりも、きちんと局が見せたい番組として、メジャーな場でやりたい。
――なるほど。ぜひそれは見てみたいです。小説の方も、また読ませていただきたいと思うのですが、今後も引き続き書いて行かれるご予定ですか?
小山 : そうですね。小説も機会があれば書きたいです。1冊になると、ちょっと恥ずかしかったりもしますが。
――楽しみにしています!本日はありがとうございました。
(2006年8月25日更新)
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