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放送禁止歌
放送禁止歌
【光文社知恵の森文庫】
森達也
定価 680円(税込)
2003/6
ISBN-4334782256

 
  池田 智恵
  評価:AAA
   「A」「A2」(ソフト化決定万歳!)を含む森達也の全ての活動に対して、この点数を捧げます。「それじゃ新刊採点じゃない」って、いいじゃないですか。読んでもらいたいんですよ、この本に関しては。評価したり採点したりではなく、読んで欲しい。そして、彼の作った映画も観て欲しい。そうじゃないと、ここでいくら賞賛をばらまいたって意味がないんです。
 著者の肩書きがディレクターだった頃から、ドキュメンタリー作家に変わった今でも著者のテーマは一貫しています。それはつまり「他者に対する創造力を失わないようにしよう」ということ。それ自体はよく言われる言葉です。「別にそんなこと普段から思ってる」と言う方もひょっとしたらおられるかもしれません。でも、そう思った方こそ読んでください。そして、批評者ではなく、本書で語られる現実の、当事者としてこの本に接してください。そういうふうに読んで欲しい本なのです。これは。

 
  延命 ゆり子
  評価:A
   こういう熱い文章が好きだ。一人のTVディレクターである著者は、表現はなるべく規制されるべきではないという信念の元、放送禁止歌の実態の調査に乗り出し、一本の番組に仕上げようとする。部落問題、天皇、性表現、放送禁止用語(土方、びっこ、まま子など)の入った歌など、放送禁止とされる歌は数多く存在する。しかし、調査を進めるに従って、悪の源と思われていた、民放連での規制は強制力を持つものではないことがわかってくる。そして番組は意外な結論にたどり着くのであった……。この作品の中で差別や被害の実態を知ること、そして何より自分の頭で考えて行動することこそ重要だと何度も語られる。特に目新しい結論でもないのだが、作者の熱い思いに胸が打たれる。考えることに無自覚には決してなりたくない、と思う。

 
  児玉 憲宗
  評価:A
   数々のドキュメンタリー作品を手がけたテレビディレクター、森達也さんによる「放送禁止歌」の謎を解くための取材記録である。
 放送禁止歌を解き明かしていくことは、見えない魔物に闘いを挑むようなものだ。本書では、岡林信彦「手紙」、赤い鳥「竹田の子守唄」などの具体的な背景を一つひとつ、丹念に編みこむように検証していく。魔物は、圧力をかける巨大な権力ではなかった。それは幻であり、本当の正体は、ややこしい問題を避けるためだけに自主規制という方法に逃げ、むしろ、規制やマニュアルの存在を望むマスメディアの姿勢だったといえるだろう。限られた時間と予算のなかで忙殺されたマスメディアが自分自身で考え、主張することを放棄しているのである。ここにたどり着いた著者は、「自分を含めたマスメディアに帰属する者たちが変えてくれる未来に希望を持ち、決して絶望しない」と結ぶ。確かに、そう信じることが、現状打破への第一歩に違いない。森達也さんの実直さとバイタリティが封じ込められたこの熱い一冊がその突破口になることを祈りたい。

 
  鈴木 崇子
  評価:A
   以前テレビで三輪明宏が(ズボン姿で!)「ヨイトマケの唄」を歌うのを見て感動した。昨日も歌番組でさぶちゃんが「竹田の子守唄」を歌っていた。中学生の頃、つぼイノリオの名曲「金太の大冒険」が放送禁止になってつまらないと思ったこともあった。放送禁止歌というものの実態は、強制力のないもので、批判を恐れるメディアの自主規制だったという。差別表現だと批判を受ける前に危なそうな言葉は封じられていたということか。
 人間は差別せずにはいられない生き物だと思う。常に自分と違うものを恐れて、違うものを排除することで、安心感を共有している。と同時に差別していることを隠そうともする。だから、そのものを連想する言葉に怯えるのだろう。放送できなかった歌という視点から、差別問題へアプローチしているのが新鮮だった。著者の、差別の主体は僕でありあなたなのだという言葉が印象的。

 
  中原 紀生
  評価:B
   メディア関係者がしばしば口にする「表現の自由」という言葉が、私にはとても白々しく空疎に響く。理由は時と場合で異なるけれど、根本は「信用できない」の一点に尽きる。例外はあるのだろうが、総体としての、社会制度としてのマス・メディアは、表現の自由を自らの力で勝ち取ってきた語り継がれるべき過去を持たない。このことは歴史の浅いテレビメディアに特に顕著で、たとえば著者によって暴かれた放送禁止歌の実態は、規制主体のない「巨大な共同幻想」でしかないものだった。──本書の第4章で、京都の被差別部落で生まれた「竹田の子守唄」のその後を追っていた著者は、部落解放同盟の関係者に、過去の糾弾闘争の行き過ぎがメディアの萎縮と思考停止を招いた理由の一つではないかと問う。「だけどな森さん、勝手な言い分と思われるかもしれんけど、メディアは誰一人として糾弾には反駁せえへんのよ。信念をもっているのなら、僕らに反論すればええやないか。でも反論なんて一回もなかったよ。みんなあっさり謝ってしまうんですよ。…やってるうちにつくづく情けなくなってくるよ。…表現を職業に選んだ人たちが、どうしてこの肝心なときに沈黙してしまうやって」。

 
  渡邊 智志
  評価:C
   スタートラインと先の見えないゴールがちぐはぐです。おそらく著者自身も自覚しているように、ノンフィクションとしては「見切り発車」の中途半端な出来に終わっています。テレビ番組としては、リストアップされた放送禁止歌を提示し、インタビューに答える放送業界人や歌手の表情を映し出して完結し、視聴者にも満足感を与えることができたのだろうと思います。知らなかったことや新しい情報を手に入れた人々は、面白おかしく次の日の話題にすることができたでしょう。後半になって徐々に明らかになる問題の深さは、放送の世界に限定した問題ではありませんし、歌の内容うんぬんということだけで語り尽くせるものでもありません。語り継ぎ論じ合わなければならないという点については自覚的なのに、文章にするのをためらったり言葉を選びすぎて一文字も書けなかったりする悪しき習慣に、筆者も囚われてしまったようです。恐れずに続編調査を続けてほしいです。