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あなたの人生の物語
あなたの人生の物語
【ハヤカワ文庫SF】
テッド・チャン
定価 987円(税込)
2003/9
ISBN-4150114587

 
  延命 ゆり子
  評価:B
   理系のためのSF、という感じでしょうか。数学、物理学、量子化学。はっきり言って理解できない箇所も、頭が追いつかない短編もありましたが、表題作にはハッとさせられた。最後にオチのあるSFが好きです。「顔の美醜について―ドキュメンタリー」も興味深い内容。“カリー(美醜失認処置)”という機器を用いることによって、顔の美醜についての判断をする神経回路を損傷させることが可能になった社会。カリーを使うと、誰が綺麗でだれが不細工なのか、判断ができなくなる。勿論自分の不細工さについても理解不能のため、誰でも自信を持つことができる。容貌差別による不平等をなくし、恵まれない顔立ちの人々(!)への偏見をなくすために、カリーを用いるべきか否か、喧々諤々の議論が戦わされる。人の容姿というものは人生を左右する最も重要な要素である、と私も思っている。なぜならば、顔立ちに恵まれた人々から順番に就職や結婚が決まっていったという現実を目の当たりにしたからだ!これってひがみなのかしら。でも事実なの。私も容姿については散々悩んできたので(女ですから)、カリーという架空の機械についてしばし思いを馳せてしまった。現代社会の一側面を鋭く描いた作品といえよう。

 
  鈴木 崇子
  評価:B
   一言で印象を言えば、難解だ。でも、こちらがある一定の知的水準をクリアしていれば、きっと細部まで楽しめるんだろうなあ〜、ほんとはもっと面白い小説なんだろうなあ〜って感じがするからちょっと悔しい。ある方程式がわからないためにすべての問題が解けないみたいな、学生時代にたびたび味わったもどかしさを久しぶりに味わってしまった。特に「ゼロで割る」と「あなたの人生の物語」はそうだった…。
 比較的読みやすく面白かったのは「地獄とは神の不在なり」。神を信じるとは?無条件の愛とは?という深遠なテーマ。祝福と同時に災厄をもたらす天使の降臨という設定が新鮮で、よりいっそうこのテーマを際立たせている。人がもしも美醜を感じなくなったら?という「顔の美醜について」は、いろんな立場からの証言を積み重ねてひとつの話ができあがっているのが面白い。自分だったら“カリー”を試してみるだろうか? 2、3日ならいいけれど。美醜による不平等も厳然たる現実、受け入れるしかない…と思うが、世間の皆さまのご意見はどうだろう? お聞きしてみたいものだ。

 
  高橋 美里
  評価:B-
   SFは苦手です。私がこの作品を手に取った理由はただ一つ。タイトルが好みだったから。
 この作品の中には全部で8編の短編が収録されています。SFで短編、というとどんな感じになるんだろう?と好奇心もありましたが、読んでみてあんまりピンとこなかったという感じがします。
 表題作「あなたの人生の物語」は、地球に訪れた異星人とコンタクトを取る言語学者の女性のお話。そのコミュニケーションは難航しますがそれによって彼女の世界は広がりをみせる。
 言葉、というところからのSF、というのはこんな風になるんだな、という感じでした。難しいとは思いますが……。読ませるというほどではなかったです。表題作よりは、よりファンタジー味の強い「地獄とは神の不在なり」のほうがオススメです。

  中原 紀生
  評価:AA
   SFはめったに読まない。でも、読めば必ず、傑作にめぐりあう。ここ数年では、グレッグ・ベアの長編とグレッグ・イーガンの短編にまいってしまった。そのベアの絶賛の言葉「チャンを読まずしてSFを語るなかれ」が、本書の腰巻に印刷されている。山岸真の「解説」には、チャンが評価する作家の筆頭がイーガンで、「形而上学の領域へ科学が手をのばし、人間の問題をハードSFとしてあつかうことを可能にした」というチャンの言葉が紹介されている。というわけで、読む前から私はすっかりチャンに魅了されていた。実際、表題作「あなたの人生の物語」に出てくる非線形書法体系や同時的意識のアイデア、「七十二文字」に出てくる真の名辞による単為生殖のアイデアなどは、途方もない起爆力をもっていた。なによりも、チャンの短編には小説ならではの感動がある。イーガンの作品がたたえる切ないほどの感動とは趣を異にするが、本書に収められた作品群がもたらす認識の臨界点をつきぬけた哲学的感動の質は得難いものだ。

 
  渡邊 智志
  評価:A
   [1]SF的な要素(ネタ)を見つける。[2]現実世界の中にそのネタを挿入する。[3]SFの皮を借りて、現実世界を風刺する。…一読して、どの短編もこのパターンでつまらないな、と思いました。SF小説として世界的に高い評価を受けているのかもしれないけれど、わざわざSFで書かなければならないほどの小説だろうか、と構えて読んでしまったのです。…あー、頭の悪い本の読み方でした。これは「非常に優れた小説」です。間違いない。SF的な要素は主体ではないのですね。添え物というか前提条件でしかないんです。読むべきポイントは必ずしもSFでなくてもいいのかもしれません。描かれた風刺は、非常に鋭くて辛らつです。描かれた身近な現実世界に、いつの間にか自分が身を置いているかのような気分になって、ぞっとしたりほっとしたり感心したり。この作者が今後長編を書いて、この短編と同じ妙味を見せることができるのかとても興味があります。