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オーデュボンの祈り
オーデュボンの祈り
【新潮文庫 】
伊坂幸太郎
定価 660円(税込)
2003/12
ISBN-4101250219

  池田 智恵
  評価:AA
   「小説、まだまだイケルじゃん」と言った「重力ピエロ」の編集者の言葉は正しいようだ。何が新しいってわけじゃないが、伊坂幸太郎は違う。何といえばいいのか、一度小説に飽きた人が書いているような感じなのだ。思い返せば数ヶ月前、私の新刊採点第1回時の印象は、「うわ、小説ダサイじゃん」だった。(私は普段は小説を読まない)新刊採点用に選別された何点かだけで判断するのは早計とはいえ、なんだか時代と併走していない感じがしたのである。だから、西尾維新や舞城王太郎の挑戦的な作品を読んだときに、「そうか、時代と戦っている人もいるんだな」と思った。対する伊坂幸太郎の作品は、一見スタンダードだ。だけど、やっぱり何かに挑戦している人のような気がする。それは、「カカシがしゃべる」等の設定上のことではなく、志の点での、新しさであると思う。好きです。ロマンチックだし。

  延命 ゆり子
  評価:B
   コンビニ強盗に失敗した主人公は気が付くと150年もの間鎖国状態にあった荻島という土地にいた。そこではカカシが喋り、嘘しか言えない画家がおり、心臓の音を聞き続ける女の子がいる。その異次元の中で交わされる意味ありげな会話。非日常の世界の中だからこそ主人公は心地よく自分探しができる。『この島がリョコウバトと同じ運命をたどるとすれば、私はオーデュポンのようにそれを見ているしかないでしょう』未来をわかることのできるカカシの言葉である。その言葉と裏腹にカカシは動けないにも関わらず人間への復讐を果たす。結局祈りは無意味で、行動こそが力を持つってことなのかな……。なんだか変な隠喩が多くて疲れるのです。村上春樹みたいで。その解釈は読者の想像に任せて問題丸投げ、みたいな。頭の悪い私には非常にストレスフル。みんなホントに作者の言いたいことってわかるの?フリしてるだけじゃないの?王様は裸だよ!……とかいいつつ、ヘンテコな人たちのおかしな会話にじわじわと引き込まれたのも事実ナリ。

  児玉 憲宗
  評価:AA
   伊坂幸太郎の文章は村上春樹に似ていると誰かが言っていた。そう言われればそんな気もする。どこか幻想的で哲学的だ。特に会話の部分がいい。
 この作品に関していえば、童話を読んでいるような感じがした。未来が見えるカカシや嘘しか言わない画家など不思議なキャラクターが次々と登場することもそう感じる要素のひとつ。そして童話につきものの残酷なシーンと教訓めいたもの。矛盾した表現かもしれないが、懐かしさを兼ねそなえた、まったく新しい感覚の作品といいたい。
 わたしにとって、今年最大の発見は伊坂幸太郎である。

  鈴木 崇子
  評価:A
   不思議な話だ! 江戸時代にはヨーロッパと交流を続け、150年前から外界との交流を断ってしまったという忘れられた島、萩島。コンビ二強盗で捕まりパトカーから逃げ出した主人公が、気が付けばその島に連れて来られていたのが物語の発端。登場する島の住人がみんな奇妙なうえに、言葉を話し未来の見えるカカシが殺されたりと、先の見えない展開にイライラ。途中まではとても読みづらかった。中盤、島の閉鎖や動物学者オーデュポンとリョコウバトのエピソードが登場するあたりから、ぐっと面白くなってきた。
 世界がバラバラになってしまったような気分になるシュールな展開ながら、人間の心理描写は繊細でリアルだったりする。いろんな謎やエピソードが仕掛けられていて、最後にパズルが完成するという計算し尽くされたミステリー。そして、どこか優しくノスタルジーも感じさせる、何とも不思議な魅力のある小説。

  高橋 美里
  評価:A
   文庫の帯をみてなんとセンスの無い帯だろうと思ったのは私だけでしょうか?
「あの伊坂幸太郎、初文庫 伝説のデビュー作、見参」
なんかもっとかっこいい言葉はなかったのか?と思うばかりです。
帯のコピーはさておき。
第五回新潮ミステリ倶楽部大賞を受賞した作品なのです。初めて読んだときも今回の再読でも感じたことですが、ミステリのにおいが全然してきません。ミステリというには謎の部分に特出した謎がないのです。謎とはずばり。
「未来を予測できる案山子が何者かに殺された。」
未来を見ることができるなら自分で見たらいい。なのになぜ案山子は自分の死を予測できなかったのか?案山子の名前は優午といい、人の言葉を操ることができる、「喋る案山子。」
外界との交流を遮断してきた萩島に住む人たちは、優午に聞く。「これから私はどうなる?」
彼は答えない。そしてある日首を切られて殺されていた。仙台でコンビニ強盗に失敗して気がついたら萩島に連れてこられていた伊藤は、優午の死をおいかけた。
ミステリとしては先がすぐに予測出来てしまう解決なのですが、この作品はミステリ以外の部分で引き付けられてしまうのです。詩的な文章と、個性の溢れる登場人物。この謎解きは静かに進んでいくのですが島の住人たちの言葉はどれもカッコイイ!是非楽しんでいただきたい一作です。

  中原 紀生
  評価:B
   どことなく高橋留美子の世界を思わせる、シュールで軽妙で(高所恐怖症の人間ならきっとゾッとするに違いない)奇妙な浮遊感覚が漂うユーモア・ミステリー。殺されるのは、鳥を唯一の友とする、優午という名の喋るカカシ。優午は未来を予測することができるが、未来を変えることはできない。それはちょうど小説の中の名探偵のようなもの。事件の真相を解明することはできるが、犯罪を止めることはできない。舞台は、江戸時代以来ずっと鎖国のまま、ただ一人の「商社マン」によって外界とつながっている荻島。島には古くからの言い伝えがある。それは「この島には何かが欠けている」というもの。先に探偵役が殺されてしまうという、倒叙ならぬ倒錯したミステリーにふさわしい捻れた時空。これをファンタジーや寓話と受けとってしまうと、この作品は楽しめない。記号を、それが意味するものにおきかえて事足れりとするなら、それは論文を読むのと同じ。意味すること、あるいは謎の解明プロセスそのものを楽しむのでなければ、小説を読む意味がない。たとえ、記号に意味がないとしても。あるいは、真犯人がいないとしても。

  渡邊 智志
  評価:A
   反則だー! こんな小説の書き方があってもいいのか。やられた…。特に説得力があるとも思えない設定をでっちあげて、登場人物にも深く疑問に思わせないで(したがって読者もいちいち疑問に思うヒマを与えられず)、現代日本人がファンタジー物語に巻きこまれてしまうなんて。いったん架空の世界に入りこんでしまってからは、ごく自然に異世界に溶けこめるし、主人公は戸惑いつつも状況をちっとも不思議に思わないで馴染んでしまう。カカシだって殺し屋だって、目の前にちゃんとあるんだから納得せざるを得ないんですよね。それにつられて読者も世界に入りこめる。一般常識からするとずいぶん勝手な倫理観も、なんだか素直に頷けちゃう。価値観がひっくり返ります。なにが言いたいのかぜんぜん判らないんだけれど、心地良い島の世界に浸ることができる。小説ってイイなぁ。そんな気分を味わえます。…で、けっきょくなんの話だったんでしょ? どうでもいいか。