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失はれる物語
失はれる物語
【角川書店】
乙一
定価 1,575円(税込)
2003/12
ISBN-4048735004
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  川合 泉
  評価:B
   CDで例えると、ベストアルバムと言ったところだろうか。この短編集、文庫ですでに出ているものを、ハードカバーに焼き直すという通常とは逆パターンのもの。それだけ乙一が今売れているということなのだろう。
最初の三編がよかった。少年少女向けに書かれているだけに、感情移入しやすい作品になっている。頭の中でだけ鳴る携帯電話。右腕だけに宿る意識。他人の傷を自分の体に移しかえることのできる少年。実際にはありえない設定ばかりだが、物語を読み進む中で、自分自身も疑似体験しているような気分に襲われた。ただ、書き下ろしの「マリアの指」は、乙一お得意のホラーっ気が一番出ているが、無駄に物語を引っ張りすぎている感じがした。「乙一ベスト」とも言えるこの短編集。「乙一に興味はあるけど、読んだことはない」という人に、是非初めに読んで欲しい一冊。

 
  桑島 まさき
  評価:C
   著者が以前、「ライトノベル」という形で世に出した作品、表題作「失はれる物語」他5作を収録した作品集。
 78年生まれの著者は、今年26歳。ミステリー作家として既に名誉ある賞を受賞した期待の若手作家の一人だけに、〈物語作家〉としての才能はスゴイ。本書の中では書き下ろし作「マリアの指」にその才能の一端を垣間見ることができる。しかしながら、総合的な力量という点で本書を称賛するには至らない。
 所々、大仰な表現が目立ち、そのためかバランス感覚に欠けしっくりこない。多分、物語性を優先するために細部に配慮がなされていないのではないか。人間の心の機微を理屈で書いているような印象を受ける。SFだってファンタジーだって人間が登場する限りにおいて、人間が描けなければならない。豊かで斬新な発想力、題材選びの着眼点の鋭さ、ストーリーテリングとしての手腕、がすぐれているだけに、人気作家に送る批評はついつい厳しくなってしまった。エラそーに!

 
  藤井 貴志
  評価:A
   いずれの物語も何気ない日常の書き出しで始まるが、すでにそこから乙一が張り巡らす伏線の上を歩かされていることに、最後は小さな快感すら覚えるようになっていた。恥ずかしながらライトノベルはこれまで手に取したことがなかったけど、これは新しい発見である。
最初に収録されている『Calling You』は、僕のような若葉マークの読み手にとって“名刺代わりの挨拶”として格好の物語だと思う。携帯電話というリアルとバーチャルが錯綜するコミュニケーション手段を取り上げ、さらにそこに時間を超えたやり取りまでが可能になることで起こる不思議な出来事を切なさたっぷりに描いている。この『Calling You』の世界が気に入ったなら、安心して後ろに控える5つの物語を読めるだろう。“乙一ワールド”は必ず期待以上に愉しませてくれるから……。全編を通じては、各々ミステリアスな世界を作るだけでなく、その中で1人の人間の寂しさや弱さを丁寧に描いている点がとても良かった。装丁にも著者(と版元)のこだわりが感じられ、本という“商品”の完成度をさらに高めている。

 
  古幡 瑞穂
  評価:A
   切ない系の乙一作品がたっぷり詰まった1冊がこちら。いわゆるライトノベルとして出版されていたものの再録がほとんどなので、乙一好きの読者はすでに読んでいる方がほとんどなのでしょうが、どれも珠玉の作品たち。それが単行本として出たことでさらに読者層を広げたかと思うと、初めて読んだ私も嬉しい気分になります。
 どれも素敵な短編ですが、中でも一番のお気に入りだったのは『しあわせは子猫のカタチ』。
 幽霊絡みのお話なんだけれど、オカルト色は全くなくて心に暖かい波紋が広がる作品です。自分が生きていることのありがたさとか、見守ってくれている人の温かさとかそんなことをひしひし感じて目頭が熱くなりました。本文とは関係ないながら、あとがきで乙一さんが書いている、出版業界内におけるライトノベルの扱いについての意見、すごく納得です。ライトノベルって、幼年期の読書体験が大人の小説の世界に引き継がれていく架け橋の位置にあると思うのですよ。そう言う意味においてももっと大事にしたいですね。ほんとに。

 
  松井 ゆかり
  評価:A
   おのれ、乙一!いったいどれだけ人を泣かせれば気が済むのか!どんなに頼まれたとしても、貴様のような男に絶対に娘はやらんからな!
 …すみません、あまりにもすごい短編集だったので、つい錯乱してしまいました。それと私に娘はいません。
 もちろん着想や筋運びも素晴らしいのですが、登場人物の心理描写がいいじゃないですか!こんなに繊細で胸が苦しくなるほど切ない物語を書ける作家が存在するとは。あまたの物書きが彼の才能を妬んでいることだろう。
 実は乙一さんの小説を読むのはこれが初めて(「あー、乙一の本読んだことのない新刊採点員なんて信用できねー」というお叱りの声が聞こえるようだ。あ、絵本「くつしたをかくせ!」は読みました)なのですが、未読の方にこそおすすめしたいです。これから初めて乙一作品と出会えるしあわせをかみしめてください。
 しかしながら、最後に収録されている「マリアの指」には若干の拒否反応が…。なんでみんなこんなに平然と、切断された人間の指を探してんの!?でもまあ、このシュールさこそ、実は真骨頂なのでしょうかね。

 
  松田 美樹
  評価:C
   角川スニーカー文庫で出版された短編小説に書き下ろし1つを加えた6つの物語。書き下ろし以外は、すでに読んだことのある物語でしたが、発表済みの作品には新たに手を加えられているそうです。
 作者は、デリケートでナイーブな人たちの心の揺れを掬いとるのが上手い。彼自身もそんな人なんでしょうか。些細なことを気にしていたら生きて行きにくい世の中で、その些細なことに振り回される生き方を書いています。すっかり大人になってしまった私には、ちょっと気恥ずかしさを覚えるような物語(「傷」)もありますが、せつなくて(「失はれる物語」)、可愛くて(手を握る泥棒の話」)、美しい(「しあわせは子猫のかたち」)お話たちです。思わぬ展開で最後に裏切られるお話もあるし、乙一のいろんな要素がてんこ盛りです。乙一初体験にはちょうどいい本ではないでしょうか。

 
  三浦 英崇
  評価:A
   仲間と楽しく談笑している最中、ふと、一人だけ場から浮いてしまって、皆と別れて以後も、その時感じた疎外感や違和感を抱えっぱなしになること、ありませんか? 単なる自意識過剰か被害妄想と片付けるのは易しいですが、抱える当人にとっては、相当辛いものです。
 この一連の作品群の中にしばしば見い出されるのは、そういった、一人で抱え込みがちな寂しさなんじゃないか、と思うのです。人に構ってもらいたいけど、自分から言い出して拒絶されるのが怖い。そんな思いを繰り返すうち、屈託なく人と付き合うことができなくなっていった登場人物たち。彼らに救いをもたらすのは、例えば、頭の中に鳴り響く想像の携帯電話であったり、殺されてしまった、自分の部屋のかつての住人だったりします。
 もたらされたものをきっかけとして、新たな一歩を踏み出してゆく彼らの姿は、なかなかそうはなれない自分を顧みると、とてもまぶしいです。