年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班

復讐する海
復讐する海
【集英社】
ナサニエル・フィルブリック
定価 2,415円(税込)
2003/11
ISBN-408773403X
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

 
  古幡 瑞穂
  評価:B
   クジラに体当たりをされて船が沈没するところから始まり、飢えに苦しみカニバリズムに手を染めるところ、生き残るために行った人減らしのためのくじ引きなどなど、衝撃的なシーンが数多くあります。それらが淡々と書きつづられているのです。ふつうだったら気分が高揚して必要以上に感傷的にシーンが描かれたりするでしょうに。事実を詳細にひもといた研究書だからこそ、これだけ客観的な書き方になったのでしょう。
 冷静な視点は、船の上の事件を映し出すだけにとどまらず、乗組員の多くを排出したナンタケットという土地の特殊性をレポートしています。また生き残った船員たちのその後の生き方、捕鯨ビジネスのその後などにも言及したことで、死と隣り合わせの体験をした後の人間性へ与える影響なども考察できるようになっているのが興味深い点でした。

 
  松井 ゆかり
  評価:C
   クジラという生物が苦手だ。たぶん大海原が恐いのだと思う。
 新刊採点員に採用されたとき、鯨統一郎や沢井鯨といった方々の本が課題図書になったらどうしよう、などと思ったりしたものだが(もちろん著作を手にとったこともない)…おいおい、本物の鯨本が届いちゃったよ!
 しかし、読んだ。だっておもしろかったらもったいないし。そして結論は…おもしろかった。本の中ほどに挿入されている資料はクリップで留めて開かないようにし、本文に鯨に関する詳しい記述が出てくれば、頭の中で必死にトビウオなどの恐くなさそうな魚にイメージ画像を変換したりした(ここまでしても「訳者あとがき」の前のページに鯨の挿し絵があって、心臓が止まりそうになったが。我ながらバカである)。
 文献に基づいたドキュメンタリーとしても読めるし、手に汗握る海洋冒険ものとしても読めるし、極限状態における人間の心理劇としても読める。ほんとうに恐いのは人間の心か。でも鯨も恐い、やっぱり。

 
  松田 美樹
  評価:D
   もったいなーい!と途中で叫びました。クジラの油を取るだけで、あとの肉は腐るに任せていたですって? どうして食べないの! 給食でしょっちゅうクジラが出てきていた思い出があるので(固くて噛み切れなくて、あまり好きではなかったけれど)、この無駄になったお肉たちが一体何食分あるのか考えたらクラクラしてしまいました。海で遭難して食べるものがなく苦しんだのは、クジラ肉を捨てたからだ!とちょっと思います。民族によって食生活が異なるのはわかる(頭では)けど、でも、やっぱり、もったいなーい! また、本の最初にどういうストーリーになるのか示されているので(結末はわかっている)、ああっ、ダメだよ−、どうしてどんどん自分達で窮地に追い込んで行くのだ!という気持ちになりました。苦しい状況に追い込まれるのがわかっていながら読むのは、けっこう辛かったです。通勤に使うバスの中で読んでいたので、辛く、暗い気持ちに朝から陥り、どんよりした気分で会社に向かうはめになりました。

 
  三浦 英崇
  評価:C
   人間の真価というものは、絶体絶命の危機に陥った時にこそ発揮されるものです。私はできれば、発揮する機会なぞ一生訪れないことを祈ります。こんな作品を読んだ後には、特に。
 この作品で描かれるのは、メルヴィルが「白鯨」を書く際に参考にした、19世紀の実際の海難事件です。太平洋のど真ん中、魚もロクにいない死の大海原で、マッコウクジラの逆襲を受けて転覆した捕鯨船エセックス号。その乗組員たちの3ヶ月に及ぶサバイバルの日々は、食事中にはとてもおすすめできない、人間の尊厳を問われるような凄惨さに満ち溢れています。
 日に日に尽きてゆく食料と水と、生きようとする気力。理性。人間的感情。「衣食足りて礼節を知る」という言葉の重みを、こんなにも明確に示してくれる作品は、そうないと思います。かけねなしの実話だけが持つ、凶悪なインパクトに眩暈を覚えました。
 読む方に覚悟を必要とする作品です。いいですね?