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名探偵は千秋楽に謎を解く

名探偵は千秋楽に謎を解く
【創元推理文庫】
戸松淳矩
定価 672
円(税込)
2004/6
ISBN-4488446019


  岩井 麻衣子
  評価:C
   東京・両国を拠点とし、下町に住む少年たち。ある日、彼らの中学の同級生が入門した大波部屋になんと大砲の球が降ってきた。その事件を皮切りに次々と起こる妙な事件。それらはある小説にそって起こっていた。はじめて世間に登場したのは1979年。本書は復刻版である。近頃ではあまり読まなくなったさらりとした推理小説である。主人公・九重一雄が、事件の顛末を書けと言われ、しぶしぶ書き始めたという冒頭などは、栗本薫のぼくらシリーズを彷彿とさせる。いきなり相撲部屋に大砲が打ち込まれ、どんな血なまぐさい事件が起こるのかと思わせるが、本書はいたって普通に下町の人情あふれる物語に仕上がっていく。個人的には相撲が嫌いなので、主人公が、女人禁制の土俵を心得た女子が土俵から遠いところに腰をおろす姿を見て、なんて粋な人だとうっとりしているのにうんざり。無粋だろうが、男女差別だとわめきたくなってしまう。これさえなければ普通のほのぼの推理小説なのだが。

  斉藤 明暢
  評価:C
   正直いって、面白い作品だった。しかし微妙に積み残しが多い話のような気がする。
 事件の背後の当事者達はその後どうなったんだろうとか、セリフの少ない力士達はどんな気持ちで場所を過ごしたんだろうとか、1万円以上の寿司ってどんなネタなんだろうとか、筒井君の役割ってなんだったろうとか。
 もちろん事件の真相としての結末はあるわけだが、いろんな人が置き去りにされてしまっている気がする。結構面白そうな人もいたのになあ。シリーズ物を意図した作品とはいえ、各人の行動と気持ちと決着は、結末できっちりつけて欲しいなどと思うのだった。

  竹本 紗梨
  評価:B
   江戸っ子って、なんていうかドラマのカツ丼を頼む刑事とか、風呂敷背負った泥棒みたいにファンタジーの中のものかと思っていた。結末は、ふーむ…。だけど、これもファンタジーっていうことでまとめちゃえ。本筋にくっついたエピソードがとびっきり面白い。八百屋お七や五郎兵…粋だねえ(全然分かんないけど)西育ちにとってはある意味異国だ。いやー異国だわ。高校生の探偵物語。しんみりとか生々しいリアリティはないけれど、江戸のスパイス(ふりかけ?)でぱあっと紫色になる(江戸イメージ)。お祭り騒ぎで楽しくって、大砲がなって、煙幕が出て、大騒ぎ。わくわくしながら読めるミステリーは、そうなかなかない。

  平野 敬三
  評価:B
   身の代金の800万円を一週間以内に使い切れ、という犯人の要求に振り回されるストーリー展開はかなりユニークだが、基本的にはオーソドックスな非殺人本格ミステリの王道である。ミステリ史における本書の位置づけは分からない(これ、1979年の作品です)が、北村薫や加納朋子らに通じる「日常のど真ん中で起こるミステリ」というべき作風は、十分に現代の読者を楽しませる力を持っている。日常から立ち上がった非日常的な事件を、最終的に再び日常的風景に着地させるのはなかなか至難の技で、本書も鮮やかなラストとは言い切れない。それでも、奇天烈な事件の渦中で見せる登場人物達の活き活きとした表情はとても魅力的だし、作品を覆う一種独特のやわらかな空気は心地よい時間を過ごさせてくれる。相撲部屋が舞台になっているのも、いまいち意味が分からなく、けっこう好きだったりする。