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若い読者のための短編小説案内

若い読者のための短編小説案内
【文春文庫】
村上春樹
定価 470円(税込)
2004/10
ISBN-4167502070


  岩井 麻衣子
  評価:B
   カリスマ村上春樹氏が吉行淳之介ら6人の短編小説を解説した一冊である。元々アメリカの大学生に向かって講義したものなので、若い読者へとなっているが、内容が若いわけでは決してない。村上氏が自分の好きな短編小説をどういう思いで読んだのかとか、自分の小説の書き方とどう違うのかということを書き綴っている。本でも食べ物でも、本当に好きだという人が語っているのにふれると自分も読んで見たくなったり、食べたいなという気にさせられるが、本書も「おもしろそうだ」とか「こんな読み方があるのか」と純文学になじみの薄い人でもその気になっていくのではないだろうか。「僕は文芸の専門家じゃないので」とか「間違ってるかもしれないけど」とかいうのが頻繁にでてくるのが、うざいような村上調ぽくておもしろいようなというのはあるが、今までふれたこともないような本の世界も見えるし、村上春樹の世界にも触れられるし、お買い得な一冊だと思う。

  斉藤 明暢
  評価:B
   年代にもよると思うが、戦後の日本文学作品というのは「名前ぐらいは知ってるけど教科書以外では読んだことない」という人が多いと思う。本好きな人でも、何かきっかけがなければ手に取る機会は結構少ないのではないだろうか。そういった時代の短編小説作品をテキストとして解説していく訳だが、本来は既にテキストを読み込んでいる生徒を対象にしていた話のはずだから、読んだことのない読者にはもう一つピンとこないはずだ。実際、私は紹介された作品を一編も読んでないのだが、それでも本書は十分面白く読めた。分析の内容は、自我と周囲の世界との関わり、という部分に集中し過ぎている傾向があるが、それは村上春樹氏自身の作品づくりとも関わっているのかもしれない。
 ともかく、本書を読んで、実際に一編でもテキストの作品を改めて読んでみたいと思えたとしたら、それは十分に価値あることだと思う。

  竹本 紗梨
  評価:A
   村上春樹が小説の読み方についてレクチャーというだけで読みたい、それだけの価値あり。彼がこの本を書いたきっかけ、小説家としての意見が書かれている「僕にとっての短編小説」と「まずはじめに」。まずここで、エッセイや対談では知ることのできない彼の創作への思いや考え方が分かりやすく書かれていて、すっと惹きつけられる。そして、真摯に戦後日本の作家6名の短編を解説が始まる。ホッとしたのは、こんな有名な作家であっても、読書は誰と違っていてもいい、とその分析を進めていること。読み上手ではないので、この自由さが嬉しい。そして、6名の作家の「自我」にこだわって分析を進めていること。自我、そして生き方についても語られているのだ。「評論も、自分を通してしか書けない創作だ」とは私の好きな作家の言葉だけど、まさに6作の読書案内を通して、「村上春樹」が強く表現されている。

  平野 敬三
  評価:A
   村上春樹が5つの短編小説を読み解いていくわけだが、これが単なる書評や紹介文ではなく、ひとつの村上作品になっているところが面白い。他人の小説を題材にしながら、氏が展開しているのは紛れもない村上ワールドなのである。ファンにはね、たまらないと思う。引っかかる場所がいちいち、あまりにも村上的過ぎるから。ここで取り上げられた短編はすべて未読だが、すべて残らず読んでみようと思った。それくらいの力がこの小説案内にはある。ただ、これをファン以外が読んだら、となると、これは正直分かりません。逆にそういう人の意見を聞いてみたいです。けっこう癇に障るところ、多いと思う。

  藤川 佳子
  評価:A
   この本は、まず「あとがき」から読むことをオススメします。最初から読むと、ここに紹介されている短編を読んだことのある人は、自分の読みの浅さに愕然とし、読んだことのない人は、いまいち物足りなさを感じてしまうような気がします。
 吉行淳之介や安岡章太郎など、戦後日本の文芸界で活躍した「第三の新人」と呼ばれる人たちの、著者が「これぞ!」を思った短編六編を紹介、解説した本です。著者が教鞭を執ったアメリカの大学での講義や、文藝春秋の編集者を交えたディスカッションをテープに録り、まとめたものだそうですが、本当に村上春樹の講義を聴講しているような気分になります。

  藤本 有紀
  評価:A
   村上春樹といえばだれもがアメリカ小説との親密さを思い浮かべるが、日本の小説は意識して読まないようにしていたことがまず最初に明かされている(その理由も)。そんな村上が「実作家である」ことを「横糸」に6つの日本の短編小説を読み解く。ファンとしてはどうしても、村上作品との関連を照射して読んでしまうこの本。
「物語=ファンタジー」の世界を追求するタイプの村上は、安岡章太郎「ガラスの靴」に共通するものを感じるという。村上に批判的な意見には、身の上話を書かないから駄目だとか、自殺した恋人がいる/いないに踏み込む乱暴な批評家もいるけれど、村上版『個人的な体験』は書かれない、書かれるはずがない。「私小説が駄目」と認めるわけだから。ロシア語が堪能だった長谷川四郎のスタイルが「満州とシベリアの風土に合い過ぎていた」という興味深い考察もある。いつの間にか英語のペーパーバックがスラスラ読めるようになっていたという村上と長谷川は似ている。庄野潤三についてやや厳しい指摘もあるが、村上春樹の文章というのは意見の強さは損なわず、露骨さ、下品さ、辛辣さを感じさせない点で優れている。

  和田 啓
  評価:B
   気鋭の評論家にして村上春樹のよい読者でもある内田樹が近著で、近年の若い人の際だった特徴を「特定ジャンル」への関心の集中であるとしている。興味のあるものに対しては異常に詳しいのだが、自分の「知らないこと」になるともうお手上げであると。
 教養のない私も本書で取り上げられている、いわゆる第三の新人作家の中でよく読んだのは吉行淳之介のみ。小島信夫、安岡章太郎、庄野潤三も未読。長谷川四郎に至っては名前すら知らないあり様。彼らの短編小説をあの村上春樹が解読し、戦後日本文学史に位置づけ、各々の作品の自我(エゴ)と自己(セルフ)の関係を詳らかにしている。
 ここには村上春樹のもうひとつの貌が見える。映画やJAZZといった感性の春樹ではなく、作家として日本文学を愛読している彼の実生活が透けて見える。