年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
ニート

ニート
【角川書店】
絲山秋子
定価1260円(税込)
2005/10
ISBN-4048736434

商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

 
  清水 裕美子
  評価:★★★★
 ニート分析や問題解決への提言ではない。ダメ男ラブな軽さもない。
圧倒的な筆力でキリキリと刺激される5編。引用を始めたら全編紹介したくなる印象的な言葉ばかり。
表題作『ニート』。駆け出し作家の主人公は、引きこもった「キミ」のブログから生活がいよいよ困窮していることを知り、数日「恋するようにキミのことを思う」。そして金を貸すことにする。相手との距離をはかりかねて、少し遠くをグルグル回っているような、そこにさえ居たたまれないような辛さ。
『愛なんていらねー』。端正に綴られるスカトロ。刑務所から出所したばかりだという旧知の男を泊める主人公の体験。匂いも手触りも後始末の滑稽さも、まさに香り立つようだ。それがスカトロなのは「セックスしないこと」を表すためなのかな。
他の物語にも泣く直前の心持ちまでえぐられてしまう。何気ない背景も上手い。気まずくなった女同士のルームシェアの描写など。
読後感:この書名でタイゾー議員が読んだらビックリだな

 
  島田 美里
  評価:★★★★
 人生において、何も決定しなくていいというのは、究極の自由なのだろうと思う。
 表題作「ニート」の青年は、まるで決断することを放棄してしまったかのようだ。物書きの女性は、そのニートの青年と久しぶりに再会し、困窮している彼に助け舟を出す。恋愛感情はないけれど、彼女にとって彼の存在は、自由の象徴なのだろう。その一方で、こんな風になってはいけないという戒めも感じている。
 この短編集では、登場人物の多くが、かりそめの自由に浸りたがっているように思える。主人公の男が、新幹線で遠距離恋愛の彼女に会いに行くという「へたれ」では、回想と逡巡が繰り返される。人生の岐路の手前でたたずんでいる間は、きっとすべての緊張から解放されているのだろう。どちらの方向へ歩き出すのか決めるまでは、つかの間の自由が約束されているのだ。
 それにしても著者の文章は、冷静で人間臭くない。その分、登場人物たちが求める自由の輪郭をはっきり確認することができる。そして、その不健全な自由をうっかり凝視していると、この世界に迷い込んだら簡単には出られないよと、そっと耳打ちされてしまうのだ。

 
  松本 かおり
  評価:★★
 タイトル作を含め、全5篇、全身倦怠感に襲われた短篇集。「ニート」「2+1」では、ニート男に女が貢ぐ。「キミにはニートの方が向いている。似合わないスーツを着るよりも」「私はキミの社会復帰なんか別に願わない」「私はキミに、中途半端に投資しているだけかもしれない」。主人公は男を甘やかしながら自己満足に浸る。ああ、どよよよ〜ん……。「へたれ」も、文字通りのへたれ男が登場。逢いたい女がいながらも、いつまでも育ての親である従姉妹のおばさんからズルズル離れられない男。ホテル勤務というのに、精神年齢はいくつなのか? どの男も女も気持ちが揺らいでいるだけで底が浅く、物足りない。
 また、収録順を変えたほうがよかったのではないか。最後の「愛なんかいらねー」では、性的嗜好は人それぞれとはいえ、嫌悪感をおぼえた。この話がトドメとなって一段と印象暗澹、読後感が一気に悪くなってしまった。

 
  佐久間 素子
  評価:★★★★
  自分をニートと呼ぶときは自嘲が、他人をニートと呼ぶときは哀れみが同時に聞こえてしまう。そんな言葉がなかったとき、この曖昧な立場にはもっと希望があった気がする。ニートという言葉でくくられた時点で、何か損なってしまった人が少なからずいるのではないか。自分に嘘をつかないことでニートという選択にたどりつくというのは、ある世代にとって、ちっとも不自然なことではないのに。でも、どうにもならない、どこにも行かない、はたから見れば「ダメ」以外のなにものでもない、ニートという生き方は想像するだにきつい。それが、通過地点ではなく、ゴールならばなおさらのこと。今どこかにある空気を確実に切り取って、洒落にならないほど痛い短編集。連作である表題作と『2+1』の二編は凄みすら感じる。芥川賞にも直木賞にもノミネートされている著者だが、この短編集はかなり純文学寄り。ジャンル分けなんかどうだっていいか。

 
  延命 ゆり子
  評価:★★★★★
 現代の生のかたちを綴った短編集。そこに出てくる若者たちはやけにリアルだ。物静かで、無気力で、だらしなくて。変に合理的で、激しい感情を持たないフリをして、いやらしく、いやしく生きる人たち。ある者は好きな男にお金を振り込み囲うような生活をさせることでしか愛情を表現できない。ある者は絶対的な孤独を抱えながら親友の前から姿を消そうとする。ある者は女の糞を撒き散らしながらするスカトロ行為の中でしか生を感じられない。その、相手との距離の取れなさ。狂気に転がり落ちそうな危うさ。リアルで、わかりすぎて叫びだしたくなる。……もうやめてよ! 痛々しいんだよ! その世界に足をすくい取られそうな自分が怖いんだよ! 私が懸命につくりあげたいまの単純な幸福を壊さないで。お願いだからこれ以上私の中の暗闇を見せないで。そう祈るようにして読み終えた。

 
  新冨 麻衣子
  評価:★★★★★
  表題作とその姉妹編「2+1」は、ニートになってしまった 昔の恋人と小説家である主人公との微妙でもどかしい距離が描かれる。 彼を助けるふりをして、実は自分が救われてる。自分の身勝手さを十分知りながら、ピリオドを打つことはできない。ずるくて優しい棘が、じりじりと<私>と<君>の両方に突き刺さる。
「へたれ」もいい。主人公は大阪に住む恋人に会うため品川駅から新幹線に乗る。<僕には自信がない。僕は自分のことを信用していない。 (中略)変わらぬ気持ちや育ち続けるものが本当にあるのか。/僕は疑うことを覚えてしまった。僕はへたれだ。>「変わる自分」を知っているからこそ、約束に対して臆病になる。わかるからたまらなく切ない。 わたしもへたれだ。へたれじゃない人なんているか?
現代の微妙なこころの歪みがストレートに優しく描かれる。絲山秋子の小説家としてのすごみを感じさせる一冊です。

 
  細野 淳
  評価:★★★
  表題作の「ニート」。ニートとなってしまった元恋人に向けたメッセージを織りつづった作品だ。そんな元恋人の暮らしぶりは、食事は一週間にわずか三食…。そんな生活じゃ、ニートのなかでも、いや人間の中でも極貧の部類に位置するだろう。それでも、パソコンだけは手放さない。メールを通じて主人公と連絡を取り続ける。食よりも、パソコンのほうが重要になってしまった時代なのかなぁ。
「2+1」は、その続編となる物語。主人公は、一切口を利かないルームメイトがいる家に、ニートである彼を呼び寄せ、しばらくの間一緒に暮らす。「ニート」の時にみられた主人公の固い決意めいた文章は身を潜め、ありふれたものともいえる男女の生活が始まりかける。そんな二人の生活に影のようなものを落とす、ルームメイトの存在…。客観的に見れば、かなり奇妙な三人の共同生活が描かれている。ある意味「ニート」以上に、怖い作品。他人との距離の取り方って大変だ。ネットが発達した今では、尚更のこと。


| 当サイトについて | プライバシーポリシー | 著作権 | お問い合せ |

Copyright(C) 本の雑誌/博報堂 All Rights Reserved