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├2001年7月
├2001年6月
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魔王
【講談社】
伊坂幸太郎 (著)
定価1300円(税込)
ISBN-4062131463
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
清水 裕美子
評価:★★★★★
ああ、もう、伊坂幸太郎の新作は圧倒的だ。
「魔王」は超能力者 対 ファシストが対決する物語。ここに登場する政治家はメディアやネットを上手に利用して日本の若者を取り込んでいく。モチーフに使うのは宮沢賢治の詩。檄文のように何か「弾む」力を持つ言葉。
忍び寄るファシズムの波とそれを防ごうと戦う兄弟。政治家の言葉による支配の大きな波に対峙するのは超能力。個人の表現を操る力と確率を操る力。兄は狙いを定めた人物に無意識でどんな言葉でも言わせる不思議な力に目覚める。不思議な力はそれを使うものにも災いをもたらすことがあると(なんとなく)知っているため、ハラハラ感も倍速で忍び寄る。兄の物語は、ほのぼのとした会話場面と不穏なトーンの漂う地の文とのギャップに絶望的な気持ちになる。続編の弟の物語にはまだ清冽な希望があるように思えた。
あとがきにあるように「ファシズムや憲法が出てきますが、それらはテーマではありません」。でもエンターテイメントだけもない。この兄弟の強さと「考えろ考えろ、マクガイバー」の意思を持ちたい。
読後感:一番良い声の友人に宮沢賢治の詩を詠んでと頼んでみた。
島田 美里
評価:★★★★
改めてこの国の国民性について、考え込んでしまった。黒い雨雲がどんどん世相を覆っても、どしゃ降りになるまで気がつかないような鈍感さは危険だ。
強気な発言で国民を煽動する政治家が現れたからといって、ファシズムを連想してしまう安藤のような会社員は珍しい。しかし、そんな敏感さがあるからこそ、不穏な空気も察知できる。
読んでいる間、まるでサブリミナル効果のように、メッセージを受け取っている気がした。著者にそんな思惑はないのかもしれないけれど。安藤の口癖である「考えろ、考えろ」は、大衆の流れに乗っかってもいいかどうか見極めろ!という警告に聞こえたし、自分の念じた通りに他人に喋らせることができる彼の超能力は、自分の意見が届かないからといって諦めるな!という激励に思えた。憲法改正が取り上げられる続編の「呼吸」では、兄の想いを受け継いでいる安藤の弟夫婦に、たった一人でも抗ってかまわないぞ!と背中を押された気がした。
この物語のテーマは、政治じゃなくて、世相と個人の関係だと思う。とにかく考えて、考えて、大衆の行く先と自分が向かいたい方角との違いを確かめたくなった。
松本 かおり
評価:★★★★★
ある「力」を持つ考察好きな兄と、その兄を慕い、強く影響される弟。「魔王」と「呼吸」、2篇で1セットの兄弟物語からまず感じたのは、現代日本政治と一億総思考停止状態の日本人に対する痛烈な問題提起。全編を貫く異様な緊張感が、なんとも凄い。
若きカリスマ政治家・犬養の「五年で駄目なら私の首をはねろ」発言が、アノ人の名文句「殺されてもいい」と重なり、オゾゾッ。「有能な扇動者とは、流れを、潮を、世の中の雰囲気を作り出すのが巧みな者のことを言うのではないか」。ムッソリーニと宮沢賢治という意外にも思える組み合わせから浮かび上がる、政治的思惑と大衆操作戦略は読みどころ。結末は一見中途半端だが、最終判断を読者に託したもの、と解釈したい。
ところで、『月刊耳掻き』、これには笑った。私は耳掃除が大好きで、耳掻きを集めている。どこぞの出版社さん、発刊してはくれないだろうか。定期購読を約束しよう。
佐久間 素子
評価:★★★★
世間が何だか二極化してて違和感を覚える今日このごろ、こんな小説がさらりと出版されたことが新鮮な感じ。やはり旬の作家の嗅覚はすごいね。素直にきもちのよい小説では全くないだけに、バカ売れはしないだろうけれど、不安を感じつつ、深くうなずきながら読む人も少なくないと思う。 怖いのは、高みに君臨する巨大な存在ではない。みんなが同じ方向を向いていることだ。世界が単純なはずがない。だからわかりやすい思想は危険なのに。 だから考えることをさぼってはいけないのに。
考えることを常に自分に課している兄と、柳に風な風情ながらも鋭い弟が、カリスマ政治家に疑念を抱く。兄弟は超能力のようなものをもつのだが、直接対決という方向に話は動かない。得体のしれない不安が思索というかたちで、あるいは議論というかたちで描かれていく。不思議な小説である。重い話なのに、軽みを感じさせる読み口で、不思議感はさらに倍増。死に神も出演。
延命 ゆり子
評価:★
★
★
★
★
相手に思い通りの言葉を喋らせる能力を持つ兄と、十分の一の賭け事なら当てられる能力を持つ弟。その兄弟が現代の日本の不穏な流れに立ち向かおうとする物語。
無能な政治家、半笑いの国会答弁、右傾化する若者、無責任なマスコミ、とそれに見事に踊らされる集団ヒステリー状態の大衆。このままじゃいけない。近いうちに日本という国が沈没するのはわかってる。でもどうすればいい? 私に出来ることは何。この無力感や焦燥感は一体どこに向かえばいいの?
そんな思いを見事にすくい上げた作者。すごく意識的に小説を書いているという気がする。社会を見抜く力、飄々とした面白いセンス、読者が何を求めているか何を言ってほしいのかを良く分かってる。この作者が多くの人を惹きつけてやまない理由が分かったように思う。
新冨 麻衣子
評価:★★★★★
主人公は、純粋で理屈っぽいサラリーマン・安藤。ある偶然により、念じた言葉を他人に言わせることができる能力を自分が持っていることに気付いて……。
この物語に大きく影響を与えるのが<変容する日本社会>だ。中国、そしてアメリカへのフラストレーションが高まる日本において、カリスマ的な若き政治家・犬養が注目を浴びはじめる。それまでの政治家が色あせるほどに、強気な発言とそれに伴う実行力によって、彼は日本中を熱狂させ、そして首相まで駆け上る。そう、かつてのムッソリーニのように。思考を停止してしまった国民。止まらないファシズムの勢い。「考えろ考えろマクガイバー」と安藤は必死で抵抗するが……。
この小説はたしかにファシズムの持つ恐ろしさを感じさせるが、あとがきで著者が語っている通り、それがテーマではない。自分の中にあるサムシングを信じ続ける兄弟の物語だ。下手したら重くなりがちな題材を、伊坂幸太郎らしい巧みな話術とオカルトチックなエピソードで昇華させてる。上手い。そして、面白いです。
細野 淳
評価:★★★
普通の人は、なかなか政治については表立って語りたがらない。そのことを批判的に捉えることもできるけど、政治のことをあれこれ言う必要が無いほど、平和な世の中だと言う事もできる。
だから、皆が皆、政治に積極的に関心を持ち出す世の中は、ある意味、緊迫したものであるのではないか? この小説の舞台はまさしくそのような世界。カリスマ的な人気を持つ政治家の登場により、世の中が変わってゆく姿は、妙にリアリティーがある。
そのような政治家に対して、立ち向かって行くためには、どの様な「武器」を持てばよいのだろうか? 小説では、超能力がそこで、いきなり登場することになる。そんな非現実的なモノがいきなり出てきて、少し面食らってしまうが、このような手段を登場させた作者の真意は何なのだろう? 思わず考えさせられてしまう。文章はいたって読みやすいが、読後には、なんとも言えない、しこりのようなものが残った。