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勝手に目利き
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夜市
夜市
【角川書店】
恒川 光太郎 (著)
定価1260円(税込)
ISBN-4048736515
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  清水 裕美子
  評価:★★★★

 
「隣のトトロ」って、姉の立場から見れば怖い話なのだ。離してはいけない小さな手。妹が行方不明になるなんて……!
 では、魔に属するモノとの交換取引に弟を渡した兄は? 小学生の兄は野球の才能と引き換えに小さな弟を不思議な市場に置いて来る。そして何年か後、弟を買い戻すために再びその夜市を訪れる。
「ホラー大賞」が出た年は読むか読むまいか逡巡して、結局読む。そして毒気に当てられて長い間そのイメージに苦しむ。しかし本年のこの大賞は例年のような痛みへの恐怖というものはない。まるで枕元で囁かれるように、囲炉裏端のとわず語りのように淡々と物語が進み、突如「おまえだー!」と指さされるような仕掛けになっている。端正な文章とその驚きをぜひ堪能して欲しい。
一緒に収められている「風の古道」。夜市が属する世界の別の話。ここでもちょっと違った形で「おまえだー!」と指さされてしまう。
読後感:ストンと頭に落ちた瞬間、昔話の1つになった。

  島田 美里
  評価:★★★★★

 なかなか悪夢から目覚められずに、夢の中でもがいているときの苦しさを思い出した。しかし、不思議なことに恐怖は感じない。この物語が描く奇妙な世界には、取り込まれるなら取り込まれてもかまわないと思わせる、ノスタルジックな風情がある。
 表題作に出てくる「夜市」という市場は、催眠商法よりたちが悪い。なぜなら、一度迷い込んだら、何か買うまで外には出られないという掟があるからだ。主人公の青年は、かつて人攫いに売ってしまった弟を取り戻そうとするが、案の定、夜市のルールに邪魔される。大切な人との間を隔てる境界線を、超えられそうで超えられないというストーリーは、併録の「風の古道」もよく似ている。人間は通ることができないというこの古道は、どの家の玄関も道側に向いていない。そこはまるで、霊山のような神聖さに包まれている。
 現実の世界とそこにぴったりと寄り添う異世界との関係が、日なたと日陰の関係に思えてきた。自分の足元に伸びた影をなぞるようにページをめくると、平穏な日々と突然の悲しみは表裏一体だという考えにたどり着くのである。

  松本 かおり
  評価:★★★★★

 昔、小学生の頃、田舎の祖母が聞かせてくれたお化け話や、目を皿のようにしてゾクゾクしながら食い入るように読み耽った怪談を思わせる、懐かしさ漂う不気味さに強烈に惹かれた。しかも、不気味でありながら、品のある静かな語り口で、心にしみる。えもいわれぬ微妙な赤を配したカバーも、作品の妖艶さを一段と引き立てて目を奪う。
 収録2篇「夜市」「風の古道」ともに、自然界への畏怖、人間を越える存在への敬意にあふれている。人間は万能でもなく強くもない、日常からひとたび切り離されてしまえばただの瑣末なものにすぎない、とつくづく思わされる。そこが単なる空想怪奇物語に終わらない説得力を生み、読み手を一気に異形のものたちの世界に引きずり込むのだ。
 ぜひとも夜、ひっそりと独りで読もう。行間から立ち昇る、なにやら一種の<気>のようなものに包まれ、文句なしに背筋がヒンヤリしてくる逸品だ。

  佐久間 素子
  評価:★★★★

 ホラーというと、恐怖以上に嫌悪感を味わう娯楽というイメージがあって、あまり関わるつもりはなかったのだけれど、こんな小説がホラー小説大賞をとってしまうのならば、認識を変えないといけないな。ホラーというよりは幻想文学に近いような感じ。今市子の『百鬼夜行抄』と通じるところがある、といえば説明がてっとりばやいのだけれど。日常の隣にある異界は、哀しく懐かしくこちらに手招きをして、怖いという感情ばかりがよびおこされるわけではない。
 表題作はせっかくのアイディアを説明しすぎているし、併録作は主要人物の生い立ちの理屈が邪魔だし、傷がないわけではないのだけれど、そんなことに気がつく前に、雰囲気にのみこまれてしまう。闇の中に青白い光の店がぽつりぽつりと立ち並ぶ『夜市』、静かに明るい長い道が伸びていく『風の古道』。こちらとは、まるで異なる空気が流れているのに、その風景はとても似ている。あちらに行ったまま帰ることができなくなるのは、まるでたやすいことみたいで、背筋がすっと冷たくなるのだ。

  延命 ゆり子
  評価:★

 子供の頃迷子になることを異様に恐れていた。異次元に連れて行かれるような気持ちがして母親の手を必死に探した。子供の頃世界はまだ混沌としていて夜の闇には得体の知れないモノが蠢いているように思った。夜中一人でトイレに行けなかった。髪の毛を洗うとき目を瞑るのが怖かった。夜に鏡を見るのが怖かった。現実と想像の境が曖昧で、恐怖の質が深かった。
「夜市」を読んで昔のこんな気持ちを鮮明に思い出してしまった。闇の中で開かれる、何かを買わないと永久にそこを彷徨い続ける夜市。神様や死人や異形の者しか通ることができない古道。それは恐怖に彩られてはいるもののどこか懐かしい風景。奇想天外な設定。グイグイ引っ張られる展開。意外な結末。そんな魅力もさることながら、子供の頃の想像力をそのまま持ち続けた作者の大いなる才能にシャッポを脱ぎました。

  新冨 麻衣子
  評価:★★★★

 デビューを兼ねたこういう受賞作ってほとんど手に取らないんだけど(だいたいそのまま消えていくから)、これは予想外に良かった。世界を隔てて生きることになった二人きりの兄弟、その二人の人生がふたたび交わった二度目の「夜市」は、たまらなく哀しい展開が待っている。ストーリーがとてもいいの。ホラーというよりかは、幻想的で土着的な色合いのあるSF小説といったほうが近いかも。
 収録されているもう一つの小説「風の古道」もいい。幼い頃迷子になり、通りすがりの人に不思議な道を教えてもらって家まで帰り着いた主人公が数年後、友達と二人で再びその道を通ろうと試みる。だが思わぬ悲劇が二人を待ち受けていた……。古道の住人であるレンの決意、古道に魅せられながらも自分の世界へ帰ることを選択した主人公の決意。どちらもひどく切ない。どこか懐かしいような設定を生かしながら、シンプルなストーリーの中に濃密な時間が描かれる。とても魅力的だ。今後が楽しみな作家さんです。

  細野 淳
  評価:★★★★★

 ありそうだけど、実はほとんど聞いたことも見たことが無い言葉、「夜市」。どことなく怪しげで、日常とは根本的に違う空間を連想させるにはピッタリの言葉なのかもしれない。それはワイワイと賑やかな普通の市とは違い、人の声も音楽も聞こえない静寂な市。売っているものも根本的に違う。黄泉の河原で拾った石、一億円。ひょっとしたら効果があるかもしれない、老化を遅くする薬、百万円。野球が上手くなる才能、子供一人と交換……などなど。
 ただ、そんな描写ばかりでは、単なる怖くて気味の悪い話で終わってしまう。物語としても、実に巧みで読ませるものなのだ。何の気なしに、主人公にそそのかされ続けてしまう友人。また、徐々に明らかになってゆく、友人をそそのかし続ける主人公の本当の理由。初めの一ページから、その世界にどっぷりと漬かってしまった。デビュー作で、ここまで読ませる作品を書ける力量はスゴイ。文句なしの良作!!