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博士と狂人
【ハヤカワ文庫NF】
サイモン・ウィンチェスター(著)
定価777円(税込)
ISBN-4150503060
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
久々湊 恵美
評価:★★★★★
オックスフォード英語大辞典に関わった人物の物語。最初、翻訳がとっつきにくく読みにくい部分があったりしたため、少し読み進めるのに時間がかかりました。
しかし、この冷静な作者の、そして翻訳者の視点がこの物語を大変深いものとしています。
そうしていつの間にか、この壮大な歴史と友情の物語に引き込まれてしまいました。
殺人を犯し狂人とされ、一生精神病院から出ることのなかったマイナー博士と財をなげうってまでも辞典編纂にあたったマレー博士。
往復する書簡の中で二人の人物は、辞典を作成することにかけて並々ならぬ友情をはぐくんでいきます。
いかに辛抱強く、ひとつひとつの語彙を集めていったのか。
その集中力と熱情には目を見張るばかり。
このマイナーの成した偉業には、ただ驚くばかりです。
英国の辞書編纂の歴史を知る、というだけではなくそこにどんな人物が関わり完成までの苦労があったのか、というドラマチックでもある部分も大変面白い。
読んでいくにつれ、生きている、生きていた証を残しておきたいというマイナー博士に熱い気持ち。
印象に残る一冊でした。
松井 ゆかり
評価:★★★★★
物事にはすべて始まりがある。しかし、私たちは普段そのようなことはほとんど意識しないで生きている。例えば、「電話ってなんて便利な発明なんでしょう、グラハム・ベル博士に感謝しなくては!」とか、「この携帯の着信ランプ、青くってきれい!きっと青色発光ダイオードのおかげね、中村教授ありがとう!」などということはいちいち考えない。
辞書についてもそうだ。もちろん、言われてみれば最初から辞書が現在のままの形で存在したわけがないことは容易に想像がつく。しかし、これほどの苦労の末に生み出されたものだとは、この本を読まなければ一生考えも及ばないままだったろう。
このノンフィクションによって、世界最大にして最高の辞書「オックスフォード英語大辞典」がどうやってできたかという知識以外にも、ミステリーを読むようなスリルや、伝記を読むような興奮をも味わうことができる。まさに辞書を読むように大いなる楽しみを得ることのできる一冊。
西谷 昌子
評価:★★★★★
オックスフォードの編纂事業の中心に、殺人を犯した狂人がいたなど想像もしていなかった。
このドキュメンタリーは、中心になって編纂を進めた一人の天才・マレー博士と、陰ながら大きな力になった殺人犯にして精神病院入院患者・マイナーの物語だ。この事実にまず驚くが、マイナーが精神病院のなかでどのように辞典編纂にのめりこんでいったか、マレー博士とどのように親睦を深めたかが事細かに描かれていて、まるで実際に見てきたように書く筆者の力量にも驚く。調査の量もなみたいていではないだろう。
辞典の編纂に関する情報も面白く、好奇心をそそられる。また、この二人がいかに数奇な運命をたどったかにも感服させられた。陳腐な感想しか浮かんでこないくらい素晴らしかった。最後、二人が死ぬくだりは涙なくして読めない。素晴らしいノンフィクションだ。
島村 真理
評価:★★
オックスフォード英語大辞典(OED)にまつわる誕生秘話。世界最大にて最高の英語辞書という事実だけしか知らない私には、思わぬ真実との遭遇でした。
驚かされるのは、まず、出来上がるまでに70年という膨大な時間がかかっていること。学者や専門家が必要な語句だけではなく、普通の言葉を収録しよう、それもすべてのという意志とそれを実現した力。そして、編纂に協力した人の中に、犯罪者で精神病院から用例文を送りつづけた人がいたということだ。妄想にとりつかれながらも、実績を残すすべがあること、彼の正体を知りつつも支え続け協力を仰ぎ続けた人がいたというのも感動もの。
けれども、OED製作にたずさわった、マレー博士、協力者で狂人であった、マイナー博士の生い立ちから二人の交流話にいたる逸話は、私の肌にあわなかったのか、ノンフィクションは苦手なためか、それほど楽しめませんでした。
浅谷 佳秀
評価:★★★
辞書を最初に編纂するということがどんなに大変なことかは想像を絶するものがある。ある意味狂気にも近い忍耐力と根気のいる作業だろう。その作業に関わった一人が、実際に精神病院に収容されており、しかも過去には殺人事件まで犯している人物だったとしたら──この冗談みたいな話は、完成までに70年の歳月を費やした、オックスフォード英語大辞典(OED)の編纂にまつわる実話なのだ。件の人物はW・C・マイナー博士。教養があり、繊細な感性の持ち主でありながら、人一倍強い性欲に翻弄されていた彼は、戦争でトラウマを負った末に、統合失調症を発症した。幻覚に悩まされた彼は、ついには殺人まで犯してしまう。精神病院に収容された彼は、ふとした経緯からOEDの編纂に協力するようになり、しかも編纂主幹のジェームズ・マレー博士から「最も重要な」篤志協力者とみなされるようになる。
まさに「事実は小説より奇なり」ということわざを地で行くノンフィクションであり、非常に克明に描かれた人間ドラマとしても面白く読めた。
荒木 一人
評価:★★★
言語学界の栄光無き天才達への賛歌。世界最大・最高の「オックスフォード英語大辞典」(OED)を巡るノンフィクション本。前半の二章位までは、非常にテンポが悪く、読みにくい。中盤以降は、それなりに興味が持て面白く読める。
主人公は、博士と狂人の二人。ジェームズ・マレー:貧しい家庭に生まれたが、「知は力なり」「刻苦勉励の人生に勝るものなし」を旗印に、独学で言語学を身に付けた学者。ウィリアム・チェスター・マイナー:裕福な家庭に育ち、米国軍医大尉だった事もある、精神異常のアメリカ人。対照的な、この二人の人生が交錯する時、無謀とも思える知の財産が完成へ向け出発する。
この物語がノンフィクションだと思うと、人の可能性は無限だと言い切れる気がする。惜しむらくは、マレー博士がOEDの完成を見られなかった事と、マイナー博士の犠牲になった家族の存在だろう。
水野 裕明
評価:★★★★
単行本が発刊されたときからなんとも気になっていた作品で、予想に違わず面白くノンフィクションなのに、途中でだれることもなく一気に読み通してしまった。そもそもオックスフォード英語大辞典なるものを見たこともなく、ほとんど知らなかったので、読み初めてその内容の充実ぶりというか、辞典というより英語の博物館とでも言うような詳細な内容に驚いてしまった。単語の意味を説明しているだけでなく、どう使われているか?その用例を集めている。それも膨大な量で、単語は41万4825語、用例はじつに182万7306例にも上る。そして、この用例を集めるのに大きな貢献を果たした人物が、なんと精神異常をきたして殺人を犯し、精神病院へ収容されているという、事実は小説よりも奇なりを証明するような話である。その生い立ちから、精神異常に到った原因など調査や資料探索は詳細を極め、一方の主役であるジェイムズ・マレー博士の生涯も合わせて描かれて、読み物としても興味深い構成で、派手さはないけれど好印象であった。読み進めるにつれ辞典編纂の大変さとかも初めて分かった次第で、いろいろと知ることも多かった、お値打ちの一冊ではないだろうか。