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隠し部屋を査察して
隠し部屋を査察して
エリック・マコーマック (著)
【創元推理文庫】
定価924円(税込)
2006年5月
ISBN-448850403

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  久々湊 恵美
  評価:★★★★

その、残酷な描写に驚いてしまった。もしかするとこの陰惨な感じさえする描写に途中困ってしまうかもしれないと思いつつ読み進めました。
ところが。なんだかわからないけれど。ニヤニヤと笑いがこみ上げてしまうのです。
全編に、突き放したような残酷さが流れている。直接的な残酷描写も多々あるのだけれど、印象的なのは読者をつけはなした物語のつくり方でした。
作者はきっとちょっと意地悪なユーモアの持ち主なのかもしれない。
それがこのヘビィに感じるはずの短編たちが、後味サラリと思わせるところなのだろう。
中でも気に入っているのは『刈り跡』と『祭り』。
この不思議な世界観と奇妙な会話がいたく気に入ってしまって。
他も全てが好きな作品だったわけではないが、全体を通してこの作風はとても気に入ってしまいました。
後味が悪くなるようなタイプのグロテスクさではない。読んだあと、置いてけぼりをくわされたような。
あとからじわりとくる奇妙な感じ。クセになります。

  松井 ゆかり
  評価:★★★

 帯に「奇想きらめく20の物語」とあるが、そしてその謳い文句に誤りがあるわけではないが、この作家のすごさは単に「奇想」を描けるだけでなく、バラエティに富んだ20もの「奇想」を生み出せるところにあるのではないかと思った。悪い冗談のような、周到に練られたほら話のような、理不尽な夢のような物語がこの本には紡がれている。
 例えば表題作は村上春樹を彷彿とさせる純文学テイストだし、「刈り跡」はSF風味、「窓辺のエックハート」はミステリー調と自在なものだ。不穏でグロテスクですらあるのに奇妙な透明感をたたえた作品群は、万人受けはしないかもしれないがある種の人々の心を確実に捉え、彼らの記憶に残ることだろう。

  西谷 昌子
  評価:★★★★★

 グロテスクな場面が多くあるが、なぜかそのグロテスクさが懐かしい。一度も見たことのない場面のはずなのに。
 この小説では残酷な場面も自然に、さらりと描かれる。怖がらせようという意図はない。人の死も、気持ち悪い(もしくは怖い)シーンにはならず、淡々と描かれて、後には寂しさが残るのだ。悲しいとか悔しいとか、人間らしい感情を超えたところでの寂しさ。
 そんな短編がぽつりぽつりと描かれている。子供向けの童話で、「赤い靴」のように、時々すごく残酷なものがあるが、小さいころあれを読んだ時、私は怖いというよりも寂しさや空しさを感じたように思う。この本はあの感覚に似ている。ただしもっと強烈だ。その意味でこれは「大人の童話」なのかもしれない。何度も読み返したい一冊だ。

  島村 真理
  評価:★★★★

 エリック・マコーマックは、想像力を人よりも特別多めに与えられている人だと強く思う。こんなに奇妙で摩訶不思議な世界を生み出すのだから。どんな常識も通用しない不条理をみせつけ、読むものを出口のわからない迷宮へと誘い込む。
 大小いろいろな短篇はどれも独特で印象的。ほどよいゾクゾクとした恐怖を撒き散らしている。
 なかでも一番好きになったのは「刈り跡」だ。幅100メートル、深さ30メートルの溝が出現し、時速1600キロで西へ向かう。溝が通るところにあるものすべてを消しながら。宇宙人がUFOで現れて……というB級SF映画っぽい雰囲気をふりまきながら、絶対ありえない状況を、まるでテレビ中継のように楽しめる。残された場所の客観的状況(切り取られた部分はきれいな断面で、海の続きが突然消えてしまったことに気がつかず落ちていく魚とか)になんとなくニヤニヤさせられてしまうところがたまらない。大変なことに巻き込まれているのに、地球規模のマジックショーのように楽しむ人類ののんびりしたところがおかしかった。

  浅谷 佳秀
  評価:★★★★

 マックス・エルンストの絵画世界を思わせる。シュールでグロテスク。残酷でエロチック。それでいて静謐な美しさに溢れた作品集である。ジョー船長は一夜で40年も年老いてしまうし、南ボルネオのとある村では、少年が上半身を180度ねじられ蜘蛛人間に改造される。オルバ島の男性は、女司祭の手によって毎年身体の器官を1個ずつ切除されなくてはならず、最も長生きしても31歳で死ぬ運命だし、「アブサロムの柱」というカルトの信者の女性は、絞首刑に処せられた男の死体と交わらなくてはならない――。
 想像力の飛翔に一切のタブーを設けない作品群に、激しく揺り動かされたり、凝固させられたりしながら、現実世界の裏側に広がっている迷宮へと踏み込んでいくような心持ちになる。
 私としては「トロツキーの一枚の写真」という1篇が最も気に入った。奇怪なエピソードに彩られた1人の女性カメラマンの物語。どの作品も脳裏に鮮やかな映像を喚起するが、ことにこの作品は、才能のある監督の手によって映画化されたら、きっと奇跡のような作品になりそうな気がする。

  荒木 一人
  評価:★★

 著者のデビュー作である表題の「隠し部屋を考察して」を含む20本の短編集。全体で330ページ程の本なので、中にはショートショートも含まれている。ブラック、グロテスク、歪んだ世界、幻想的で猟奇的。何となく好きな作品もあるのだが、全体的には”???”のオンパレードになる。でもって読後感は…理由無く、微妙に凹んだ。
 スコットランド生まれ、カナダ在住の著者エリック・マコーマック。自国カナダでの人気よりも、日本での人気が高いらしい。何となく分かる気はする。リアリストが多い海外、ロマンチストな日本という辺りが理由の一端では無いだろうか(笑)
 この本に寓話的なものや、教訓を求めても無駄である。と言うか、考えるのでは無く、感じるのが正解なのだろう。私は感性が鈍いので、今ひとつ共感出来なかったが、合う人にはトコトン合うのかも知れない。もっとも、朝の通勤電車で読むと、一日仕事の効率が悪くなる事は受け合いだが。

  水野 裕明
  評価:★★★

 幻想ともホラーとも奇譚とも、SFとも奇妙な味とも呼ぶには少しだけはみ出している部分があって、一つにはまとめにくい20の短編集。ただ、作品を通して感じられるのはいずれもグロテスクというか残酷というか、おぞましいイメージがちりばめられているという点ではないだろうか。例えば表題作である「隠し部屋を査察して」の口からウツボや毛糸や牛馬の糞や解読不能な文字で書かれた本を吐き出す女や、「庭園列車」での麻薬を手に入れる代償として年に1回、身体の一部を切断する儀式のリアルな描写、「パタゴニアの悲しい物語」での幼児の身体を蜘蛛のように肉体改造する過程、「断片」での禁欲・沈黙・盲目の地階を守るために男性器を切断し、舌を切断し、眼球まで引き抜いた教団の隠者たちなど一読忘れられない印象を残す。残酷なこと・気持ち悪い物見たさではあるけれど、食事をしながら読むのはちょっとお奨めできないかも……。