WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年8月の課題図書 >『ぼくは落ち着きがない』 長嶋有 (著)
評価:
今頃になって気がついたんですけど、所謂「青春モノ」を読む時の基準値って、読み手の青春を「軸」にしていて、それでツボに入るモノがあるか否かではと。
そういう意味で、地方高校の図書部員たちの一年を描いた本作は、正直なところ自分の「軸」にはかすりもしなかったのですが、何故だか彼・彼女たちが気になるんです。(そもそも図書部なる部活の存在を知らなかったし、ましてや文芸部との確執なんて)たぶん、彼・彼女たちの描き方なのかなと思うのですよ。この手の作品って往々にして主人公の目線で話が進んで、成長していくてな展開が多いのですが、本作は部室の片隅に隠しカメラが据えられているような感じで彼らを淡々と描き、各々の感情が呈されていない。だからこそ、妙なリアルが浮かび上がってくるようでして──これは著者である長嶋さんならではの巧さなのでしょう。
余談ですが、作中にでてくる電グルの本、自分も大好きです。
評価:
「落ち着きがない」、読み終わった後いいタイトルだと思いました。高校時代の頃を思い返すと、あの頃の私たちは総じて「落ち着きがない」日々を「落ち着きがない」モヤモヤとした気持ちで過ごしていた。焦りや苛立ち、といった言葉でも表現できるだろうけど「落ち着きがない」といったほうがどうもしっくりくるような気がしてならない。
本書に登場する図書部の面々もまた「落ち着きがない」日々を過ごしている。前半部はユニークな登場人物たち、どことなく弛緩した図書室内の部室の光景、不思議な転校生の登場とドタバタ青春モノといった感じで物語は進行し、ありゃこのままドタバタで終わるのかなと思いきや、それは実は空騒ぎであり、後半部からはどことなくギクシャクとした空気が出てくる。そう、表面を取り繕っているだけで本当は誰もが持って行き場のない苦しさを感じているのですよ。「落ち着きがない」という言葉で空騒ぎであり、焦りであり、苛立ちであり、なんとも言えない苦しさを表しています。この表現ウマいな。
本書を読み終わった後、是非カバーをめくってください。また別の物語が楽しめます。ところであの不思議な転校生は結局どうしちゃったのだろう?それがとても気になります。
評価:
スポーツや音楽に打ち込んだり、恋愛にときめいたりするだけが青春じゃない!
と、思っておるんですよ俺は。じゃあ、何? って「部室でだらだら」がおそらく俺にとっての青春。部活について思い出そうとすると、何より「部室でだらだら」の場面ばかり思い浮かぶんです。具体的に何をしていたかはパッと言えないけど、とても居心地が良かったことだけは確か。文科系の部活で、そこまで熱心じゃないトコに入っていた人は結構そんな感じなんじゃなかろうか。
その文科系部活における部室の「だらだら感」が味わえて、とっても良い感じな本書。それなりに色々ある――引退した先輩や別の学校に転勤した顧問が来たり、部活内での流行り廃りがあったり、誰かと誰かが敵対したり、誰かが辞めたり入ったり――んだけど、まあ別に日々は普通に過ぎていく、みたいな。
そんな居心地の良さを堪能するだけでも良いのですが、主人公の独白や、登場人物同士の会話にハッとさせられることも多く、得るものが多い青春小説でした。
カバー裏のおまけにも大満足。ちなみに私は弓道部でした。
評価:
地味な作品ですけど、これって傑作じゃないですか?こんな部活がもし高校時代にあったら入りたかったです。
主人公望美は図書部員。学校直轄の機関である図書委員会はもともと存在するのだが、“自発的に図書室の管理運営を行う”ことを目的として発足したのが図書部だ。さほど劇的な事件もない部活内のあれこれが淡々と綴られているのだが、著者が時折はさむ脱線、例えば“本好きティーン向け雑誌「カツクラ」(=雑草社「活字倶楽部」のことであろう)は1,000円くらいするので部費で買って回し読みしている”などのエピソードにより、妙にリアリティを伴った内容になっている。本書読了後はカバーを外してその裏を確認することもお忘れなきよう。
長嶋有はまさにユニークと形容するのがふさわしい(おもしろいという意味でも唯一という意味でも)作家だと思う。大江賞作家という称号を手に入れたにも関わらず、飄々と人を食ったような小説を出してくるというのは、素でやってるなら味わい深いし、狙いだとしてもまた素晴らしい。
評価:
読んだ本についての感想・意見を書かせてもらっていて、困ったなぁと思うのは、こういう小説に出会ったときです。小説を愛していて自由に書くことの悦びを知っている著者だからこその本書。
舞台は桜ヶ丘高校の図書室。本の貸し出しを行う「図書部」。野球やサッカー、バレー部などの運動部と同じくらい汗する「部活動」をしている文化部なのです。かなりの個性が炸裂している高校生たちが繰り広げる日常には、面白くも、見えないところでなにかひやっとするものを感じます。口に出して言えないこと、そもそも本音とは何か、言葉を発するときには、皆、演技をしているんじゃないのか…。様々な思考が日常生活を駆け巡ります。
高校生活の描写がいちいち面白くて、ちょっと甘酸っぱい気分にさせられます。お菓子を食べているような、美味しいおまけのような物語。
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