WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年8月の課題図書 >『前世療法』 セバスチャン・フィツェック(著)
評価:
エハラー度の高いウチのカミさんが同時期に同名本(中味は違う)を読んでいて、ちょっと驚いた。「偶然でなく、必然」てな、あのTV番組の言葉を思い出したりして。でも本作は「前世で人を殺した」と訴える少年をめぐるサイコミステリであるからして、科学的な話に転ぶのか、そうでないのか──の葛藤が読み手側についてまわる。でもって途中からは小児性愛者に話が膨らんでいくから、どうにもこうにも主軸の謎解きに集中できなくて……う〜ん。
ドキドキハラハラ具合としては、主人公の弁護士を追い詰める「声」なる存在がドクロベー様を彷彿させる万能ぶりを発揮しており、ズブズブと底に沈んでいくようなダークな展開にはデニス・レヘイン作品ばりの「救いのなさ」を感じるから(展開も何となく似てる)、それなりに引きつけられたのですが……残念ながら自分には合わなかった感じです。
ドイツ人作家の小説を読めた(←ヘッセ以来)という意味では、新鮮な読書でしたけど。
評価:
スリリングでスピード感あふれるサスペンス。前世治療により、前世で犯した殺人の記憶が蘇った少年が看護師の協力で敏腕弁護士をその殺人の現場に案内する冒頭から不穏な空気が漂い始め、この少年の話通りにその現場から死体が見つかった時から物語が一気に加速し、あれよあれよという間に少年が犯した前世での殺人が次々と暴かれていきます。
この殺人は本当に前世で犯した記憶なのか?という疑問と同時に少年を助ける弁護士の抱える暗闇にも物語は言及するため、複層的な展開を繰り広げられ一層の楽しみを感じました。前世での記憶に関する解答には少々ありゃ?と首をひねる部分もありますが小説全体としては一気に読めてしまいますよ。
評価:
リーダビリティ。
エンタテインメント系作品について語られるとき、たびたび顔を出す単語。これが高ければ、すらすら読めて物語が頭に入りやすくなる。海外小説の場合、翻訳というフィルターを通すため、はじめから日本語で書かれた小説に比べるとどうしても低くなってしまうことが多い。
『前世療法』は、海外小説だけどリーダビリティがとても高い稀有な例。その読みやすさ・テンポの良さに加え、謎が謎を呼ぶハラハラドキドキの展開で、読者の手を止めさせない。
10歳の少年ジーモンが「15年前に人を殺した」と弁護士シュテルンに告白するところから物語は始まる。最初はまともに取り合わないシュテルンだが、少年の言う通りの場所から白骨死体が見つかり、看護師から話を聞くと、ジーモンは「前世療法」を受けてから前世殺人を証言し始めたらしい。その後も次々と奇怪な出来事が起きて……。
するする引っ張られるガクブル系サイコスリラー。帯の「少なくとも、10回の絶叫をお約束します。」は……どうなんだろう。絶叫はしなかったです。おもしろかったですけど。
評価:
うーん、ちょっと期待しすぎたか…。これが初フィッェックだったのだが、おもしろくないわけではなかった。ただ、「治療島」「ラジオ・キラー」と世間では立て続けに高い評判を得ているようだったので、次なる作品である本書に対しても「どんなに素敵なお方(=作品)なのかしら!」とまだ見ぬ想い人に恋い焦がれる「シラノ・ド・ベルジュラック」のロクサーヌのごとき心持ちが生じてしまったのである(「シラノ〜」読んだことないのに適当なことを書いているわけだが)。
しかしながら、この本が受けるというのはわかる気がする。感心すべきことではないと思うが、現代において過激で扇情的なフィクションというものはとてももてはやされるからだ。本書でも、ドイツの裏社会での人身売買や小児性愛といった題材が(もしかしたら真実に近い形で)生々しく描写されている。なんとか人間の嗜好がフィクションという領域にとどまることを願う。著者が真に書きたかったのは、生まれたばかりだった息子の死から立ち直れずにいる主人公シュテルンが窮地を乗り越えていく過程で人間らしい心を取り戻していく様子や、不治の病に冒されながら周囲への優しさを失わない少年ジーモンの姿だったと思いたい。
評価:
前世で殺人を犯したことを、前世療法によって知った10歳の少年ジーモン。難病を背負ったジーモンの担当看護師カリーナは、恋人の弁護士シュテルンと、その証拠の現場へと向かう…。その事件と、シュテルンの失った存在の出来事が奇妙に絡み、物語は唖然とするほどの仕掛けと衝撃と共に進んでゆきます。
シュテルン、カリーナ、ジーモンらの、人間的な魅力があるから、物語と分かっていても、極度の怖がりのわたしも恐ろしい場面を読み進めて行けたといっていいほどです。シュテルンとカリーナの強さと勇敢さ、ジーモンの優しさが、恐怖と同じ分量、胸に来て、その意味でも恐ろしいほどよくできた構成です。著者の、テレビ・ラジオ局のディレクター、放送作家という経歴あってこその作品では、と思うほどです。
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