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第4回:岩井 志麻子さん (いわい・しまこ)

「WEB本の雑誌」の自称注目コーナー「作家の読書道」第四回目に登場するのは、ホラー作家で、近著「岡山女」が今年の直木賞候補にもなられた岩井志麻子さん。我々「WEB本の雑誌」編集部は、一昨年から東京に居を構えつつ、岡山を題材にした執筆活動に励む岩井さんのまさにその”お宅”に伺いました。

(プロフィール)
1964年12月5日、岡山県生まれ、射手座、A型。
<志麻子>という名の由来は、父親が 岩下志麻のファンだったからだという。
1982年、第3回小説ジュニア短編小説新人賞佳作入選。
1986年、本名兼筆名<竹内志麻子>で小説家デビュー。
1988年10月、結婚し、戸籍上の氏名が<岩井志麻子>となる。 1990年頃、長女を出産。
1999年3月、第6回日本ホラー小説大賞(主催: 角川書店、フジテレビジョン)受賞。 筆名<岡山桃子>、「ぼっけえ、きょうてえ」。  
1999年夏から、夫と小四の娘、小一の息子を岡山に残し、東京で一人、小説を書く。
2000年5月、「ぼっけえ、きょうてえ」で第13回山本周五郎賞(主催:新潮社)を受賞。

【本のお話、はじまりはじまり】

―― 岩井さんの読書の原点は?

岩井 : 私、幼い頃から読書傾向が偏っていたんです。父が押入の奥に隠していた本とか、押入でこっそり隠れて読んだ本などですねえ。例えば新青年の復刻版など。今思うととんでもないような内容で、漢字読めなかったはずなのに、小学校の低学年の頃から、隠れて父ちゃんのいけない本を読む、ということをしていた。これが私の原点ですね。

―― 隠してもらっていたからこそ、原点になり得た?

岩井 : そうですね、読書っていうのはいかがわしいもの、というのが基本にある。親に隠れて読むものという。

―― 今の作風にもひしひしと伝わっているような…。

岩井 : 私の小説を読んで、心が洗われましたとか、癒されましたとか、そんなこという人はいないし、そう言われない作家を目指したいと思っているので。

―― ところで、岩井さんの読書傾向はお子さんには影響していないんですか?

岩井 : 4年生の娘と1年生の息子がいるんですが、下の男の子がホラーにのめり込んでるんですよ。幽霊とかお化けとか殺人とか好きで。図画工作の時間に、死体のオブジェとか粘土で作ったり、首無しの絵を描いて友達泣かせてますよ。

―― 娘さんは?

岩井 : 娘は痛々しい優等生なんです。あんなお母ちゃんの子だって言われないように頑張ってるんですよ、痛々しいですねえ。二人の子供の中で、「母ちゃんはヤバイやつ」っていう認識だけは共通みたいですけどね。

―― 息子さんの方は、本を読んだりするんですか?

岩井 : 漢字も読めないのに、読めるんですよね。なんか雰囲気でわかるのか、いけないものに心惹かれているみたいですね。本棚の高いところにあるものを、よじ登って見分ける嗅覚がありますね。で、ちゃんと隠れて読んでますよ。私は怒ったこともないのに、隠れて読むんですよね。10年後、どうなっていることやら。

【立ち寄る本屋】

インテリアもファッションも青がお好き!?

―― 作家の方って、まんべんなく本を読まれる方と、すごく偏ってる方といらっしゃいますが、ということは、岩井さんは…

岩井 : 圧倒的に後者です。あまりベストセラーなどは読みません。出版社の方には送っていただくんですが、根が小心者なので、売れてるものに引きずられるのを恐れて読みませんね。「私は我が道を行くんじゃ」、と思ってないとなかなかもたないので。

―― あまり大きい本屋さんは行かない?

岩井 : 行きませんねー。私の書店はコンビニです。

―― 雑誌などは読みますか?

岩井 : 週刊大衆の人妻エロスとかたまらないです。ここに荒木経惟さんが撮るヌードがあるんですが、別にきれいじゃないそこら辺のおばさんが恥ずかしげもなく出ているのが良いんですね。で、こういう人たちって、陰毛を見せても、3サイズを大きくごまかすんですよ。そんなんでウエストで60センチ?そんなとこで見栄はるんかっていうね。

―― 本屋さんで、小説以外につい足が向いてしまう棚はどこでしょう?

岩井 : 犯罪実録ものとか。しかもそれが学術的でなく、コンビニの棚にあるような犯罪ものが好き。「犯罪24時」みたいな。小説書くにもそういいうのをネタにして、取材とかほとんどしない。本一冊書くときの資料代が500円とかざらですよ。

本邦初公開!岩井さんの本だな in 東京
やはり、ホラー関係の本多し

―― 本は月にどのくらい読みますか?

岩井 : 週に1度、飛行機で香川県まで日帰り往復をするんですが、そこで読んだりで、月に10冊くらいは読んでいるかな。それもまたしょうもない内容ですけど。

―― 東京と岡山に家をお持ちですが、東京の方に蔵書はどのくらいありますか?

岩井 : 東京に来て1年半位なんですが、いま家にあるのは、全部それから近所で買ったものです。本もみんな岡山に置いてきてあるので、そんなにないですね。

―― 本はきちんと取っておく方ですか?

岩井 : あまり大事にしていたりはしていないですね。本は消耗品という考え方なので。特にサインしてもらった本などでなければ、貸すし、あげるし。私は心の中にあるものを大事にしたいのであって、本はただの紙ですからねえ。

【最近読んだ本】(2001年2月)

―― 最近読んで、面白かった本はなんですか?

岩井 : 今、「明治・大正家庭史年表」(河出書房新社)を読んでいるんですが、ビビッとくる言葉が多くて面白いんです。例えば"カラス狩り"とかいう怪しげな言葉だけで、私は楽しめるので。資料なんですけどね。それと、これも資料なんですが、「新聞記事と写真で見る 世相おかやま」(山陽新聞社出版局)。昭和13年に「津山事件」という、一晩に30人殺した事件があったんですが、それを調べるために入手しました。
横溝正史の「八つ墓村」や西村望の「丑三つの村」などもこの事件をモチーフにしていますね。松本清張は「闇に駆ける猟銃」というドキュメントを書いている。私も今、津山事件を題材にした小説を書いているんです。今度3冊目として出す本です。

「明治・大正家庭史年表」
【河出書房新社】
「新聞記事と写真で見る 世相おかやま」
【山陽新聞社出版局】

―― 岡山を題材にしつつ、幅を広げていくんですね。

岩井 : この犯人は引きこもりなんですよ。元祖引きこもり君。

―― なるほど。若い読者にも好まれそうな題材ですね。ところで執筆するのは何時頃なんですか?

岩井 : 主に昼間ですね。朝は8時くらいにおきるので、午前中から書いて、午後2時くらいから人にあったり。

―― 著作を読んでいると、時代考証などきっちりやってるようにお見受けしますが。

岩井 : 「世界ホントにあった恐い話」とか、ああいうしょーもないものほど私を揺さぶるんですよ。新聞のスミにあるような記事とか、ワイドショーネタとか。最近では、鳥取の病院から赤ちゃん盗んだ犯人。私はあの女性に激しく心揺さぶられましたね。「高校の頃、たいしてきれいじゃないのにクラスで一番カッコいい男の子を狙っていた」、というまわりの友人の証言など聞くと、もうたまりませんね。

―― それは岩井さんの小説に通じるものがありますよね。

岩井 : 貧乏くさいもの、しょぼいもの、情けないものに強く惹かれるんです。真実を追究したいという興味はあまりないですね。

―― 本の帯に影響されて本を買うことはありますか?

岩井 : 買うことはないけれど、帯に「癒し」とか「愛深い」などあるだけで沸々と凶暴な気持ちが盛り上がりますね。ちょっと落ち込んでるときなどは、そういうの見ると燃えたぎって元気になるけど。私を奮い立たせる著者はいっぱいいますよ、名前言えませんけどね。

【自慢の本たち】

―― "奮い立たせる"とは別の意味で、例えばどんな作家がお好きですか?

岩井 : 皆川博子さんは前から憧れていたんですけど、実際にお手紙をいただいて、文庫の解説書いてもらえるかしら、なんて言われたりすると、それは光栄でありがたいことなんだけれど、もう本当にずっと憧れていたから、そういうことがあると、これからどこに夢を求めたらいいのだろう、と思ってしまったりもして。

―― 外国の作家ではどうですか?

岩井 : 私、外国のものはほとんど読んだことがないんですよ。子供の頃グリム童話くらいは読みましたけどね。かたくなに読まないと決めているわけではないのですが、西洋人に対する憧れというものが子供の頃からなかったし、「朝食にシリアル食べて」という生活に感情移入が出来ないんです。音楽も聴かないですよ。だって、ずうとるびをマネしたのがビートルズだと思ってたくらいですからね。

―― では、自慢の本となると何になりますか?

岩井 : 以前、週刊新潮に「黒い報告書」という、実際にあった事件を小説仕立てにしたものがあったんですが、それがたまらないくらい暗くてエロくて。しかも愛欲ものと、わたしの大好物が揃っていた。ちなみに「叢」という字もここで覚えました。で、なぜか男女が必ず国道沿いのモーテルに行くんですよね。小学生の頃読んでたんですが、大人になったらぜひとも国道沿いのモーテルに行ってやろうと思いましたよ。遊園地に行きたいとかより、ずっと憧れが強かったですよ。何かいまだに事件が起きると、「黒い報告書」ならどう書くだろうと考えるし、書けないときにも「黒い報告書」を書くつもりで書こう、と思って書いてますよ。

―― 目指すは「岡山の黒い報告書」ですね。ありがとうございました。

名著を産み出す元がこのワープロ
年期、入ってます

(2001年2月更新)

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