第99回:冲方丁さん

作家の読書道 第99回:冲方丁さん

小説だけでなくゲーム、アニメーション、漫画と、幅広い分野で活動を続ける冲方丁さん。SF作品で人気を博すなか、昨年末には時代小説『天地明察』を発表、新たな世界を広げてみせました。ボーダーレスで活躍し続ける、その原点はどこに? 幼少を海外で過ごしたからこそ身についた読書スタイル、充実の高校生ライフ、そして大学生と会社員と小説執筆という三重生活…。“作家”と名乗るに至るまでの道のりと読書生活を、たっぷり語っていただきました!

その7「新作『天地明察』」 (7/7)

天地明察
『天地明察』
冲方 丁
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――そうした試みをしてきた冲方さんが新刊『天地明察』で時代小説を書いたのが意外にも思えますが、歴史はもともとお好きだったのですか。これは日本独自の暦を作った、渋川春海という実在の人物が主人公ですが。

冲方:高校時代に出会った人物なんです。16歳の時に暦について調べていたんですね。八卦、六十四卦、七十二候、二十四節気、陰陽道、神道などを調べました。海外にいる頃、日本人の宗教は何だというクエスチョンをよくされて、それが心に残っていて、日本に帰ってきてカレンダーを見ていて、これが日本人にとっての宗教なのかなと思ったんです。すごく緩やかで曖昧で漠然としているけれど、何かしらそこに法則がある。時のめぐり、星のめぐり合わせに対して、ある種の信仰心がある。それは他の宗教とはあまりに違うけれど、言葉にならないものを日々の中に取り入れていく方法に関しては、日本人は巧みなんじゃないかと思うんです。そういうことを考えてカレンダーにハマっていったら、日本で初めて暦を作った渋川春海という人物にいきあたり、さらに調べていくうちに渋川春海自身にハマったんですですね。でも、16歳でどうやって調べたのかは覚えていないんです。日本史のレポートの題材にしたんですが、よく調べたなと思う。

――その時からずっと渋川春海のことが心にあったのですね。確かに、挫折を繰り返しても実直に思うところに進んでいく、魅力的な人ですよね。

冲方:いつか小説にしたいと思っていたんですが、手も足もでなかったんです。あまりにも調べなくちゃいけないことが膨大すぎたし、16、17歳だと当時の時代背景もよく理解できていない。ちくちく調べてはいて、SF大賞を受賞した時に『SF Japan』に渋川についての中編を書いたんですが、やっぱりまだ時代の読み取り方を間違えている部分がありました。それで、まだ書けないなとは思っていたんですが、『野性時代』から連載のお話をいただいた時にその中編を見せて、チャレンジしてみたいと言ったら「やりましょう」ということになって。

――暦がいかに自分の生活の中に根付いているのか、改めて気づかされました。

冲方:ヨーロッパでは結構有名な話なんですが、キリストの誕生日が12月25日なのは、当時のローマ皇帝がキリスト教を広めたくて、太陽神と同じくらい偉大な人だと伝えるために太陽神と同じ12月25日にしたそうなんです。日付や冬至、夏至というのはそれくらい重要なんですよね。何日が何の日であるか決めるだけで世の中が変わる。そのダイナミズムを実感するのは為政者と研究者で、民衆はそのただ中にいるんでなかなか実感することがない。ただ、僕が海外にいた頃のことでよく覚えているのは、みんな正月が違うんですよ。うちの宗教だと正月はいついつだ、って言う。そういう認識の違いに興味がわいたんですね。ああ、そういえば、高校時代は暦大辞典を見て七十二節気、全部写しました(笑)。六十四卦も写しましたね。今思い出しました。そんな時間があったってことは、高校時代ってヒマなんですね(笑)。

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――もはや読書道ではなく写し道ですね(笑)。さて、今回は執筆にあたって、新たに資料を集めたわけですか。

冲方:そうですね。研究家の方にどこの大学の昭和何年の何々論文の第一章に何が載っているから見なさい、などと教えていただいて。論文も漢文まじりの旧かなづかいで分からなくて、これも全部写しました(笑)。児玉明人さんの論文などを写しましたね。写していくうちに何がいいたいか、これはこういう文章だということが分かっていくんです。

――今後も時代小説をお書きになるのですか。

冲方:次は水戸光圀です。年内、なるべくはやいうちに『野性時代』で連載を始めようと思っています。光圀は『天地明察』にも登場しますが、担当編集者がいたくこのキャラを気に入ったようで(笑)。初めて日本史を編纂しようとした人なんです。藩でも幕府でもなく、日本を歴史としてとらえようとした。でもそれで民衆を貧困に陥れたという説もあり、聖人君子かどうかはいまだに評価が真っ二つに分かれる人なんです。その前に、最後のライトノベルと謳っている『テスタメントシュピーゲル』が残り2冊なので、それをはやく書いて卒業しないと、僕自身がライトノベルを書けなくなってきているので...。まあ、あれがライトノベルなのかという話もありますが(笑)。とにかく、きちんと責任を果たさないといけないなと思っています。

――『マルドゥック・スクランブル』劇場版アニメ公開、『蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH』アニメ化決定も発表になりましたが、今相当お忙しいのでは。

冲方:いまだに年が明けていないですね。まだ年末気分。FAXを送りながら雑煮食ってましたから(笑)。

――では最近の読書生活というと、資料中心ですか。

冲方:定期的に懐かしいものを写しています。『神話の力』の中から気が向いた章を選んだり。最近は、そろそろ真面目に聖書を読み返さないと、と思っています。子供の頃は旧約は「すげー海が割れたー!」と、アクション巨編として読んだし、新訳もマグダラのマリア萌えしたりしていましたから(笑)。今、大人の頭でもう一度読んでみたいですね。コーランも断片的にしか読んでいないので、きちんと読みたいなと思っています。

(了)