WEB本の雑誌>【本のはなし】作家の読書道>第27回:歌野 晶午さん
毎回、巧妙な仕掛けで読者をうならせる推理小説作家・歌野晶午さん。本年発表した『葉桜の季節に君を想うということ』では、警備員からパソコン教室の講師まで勤める“なんでもやってやろう屋”探偵、成瀬将虎が大活躍。その意外な結末に「ええっ!」とビックリした読者も多いはず。そんな歌野さんが、推理小説の醍醐味を知ったきっかけとは?読書の原点から作家デビューのエピソード、『葉桜〜』の制作秘話(?)秘話も語ってくれました。
(プロフィール)
1961年千葉生まれ。東京農工大学農学部卒。88年『長い家の殺人』でデビュー。著書に『死体を買う男』『さらわれたい女』『ROMMY』『正月十一日、鏡殺し』『安達ヶ原の鬼密室』『生存者、一名』『世界の終わり、あるいは始まり』『葉桜の季節に君を想うということ』などがある。
――読書に目覚めたのはいつ頃ですか?
歌野 : 小学校にあがる前、家に絵本がたくさんあったので読んでいた記憶がありますね。でも、学校にあがると、読書の課題があるでしょう。強制的に読みたくもない本を読まされて感想文を提出しなければならないことが苦痛で、一気に本が嫌いになりました。それでしばらく本から離れてしまいました。
――復活したきっかけは。
歌野 : 小学校4年生くらいの時に、たまたま『ゆかいなヘンリーくん』シリーズを読んでハマったんです。アメリカの平和な家族の日常が、ちょっとコミカルに描かれていて、泣かせどころもある。これは非常に楽しく読みました。しかも、作家になった後で再読してみたら、信じがたいくらい訳文がいいことに気づきました。原文はどうだろうと思って探して読んでみたら、平易な文章でした。とにかく、これで本好きが復活しました。
――その後は、どんな本を?
歌野 : ちょうどその頃、男の子はみんな江戸川乱歩の少年探偵団のシリーズを競って読んでいて、僕も片っ端から読みました。推理小説というより活劇が面白くて読んでいたのですが、『空飛ぶ二十面相』の後半に「天空の魔人」という、外国の短編を作り直したものが収録されていて、それに、走っている列車の真ん中の一両だけを抜くトリックが使われているんです。ここでトリックの面白さに目覚めました。それで、高学年の頃は推理クイズの本をずい分読みました。
――では、中学生になってからは。
歌野 : 『オリエント急行殺人事件』が映画になったのをきっかけに、本屋にアガサ・クリスティーの作品がたくさん並ぶようになって、その時に買ったのが、この映画の写真が表紙のものです。これを機に、国内外の有名な推理小説を読みはじめました。まあ、エラリー・クイーンなど、非常に知られたものだけですが。国内では横溝正史のものや森村誠一の『人間の証明』、それと、江戸川乱歩の大人向けの作品は全部読みました。
――そこから一気に文学少年に…。
歌野 : いえ、その頃、僕は男は文化的活動をするものじゃないと思っていたんです(笑)。
――な、なんと!
歌野 : 運動が好きだったのですが、体をこわしてスポーツを禁止されていたので、自分は男としてダメなヤツだというコンプレックスがありました。本を読んだり音楽をやっているヤツは男のクズだと思っていたから、人に隠れて、こっそりと読んでいたほど。高校の時、クラスに小説を書いている男がいたんですが、そいつのことなんて、“ふざけた野郎がいる”って思ってましたから、今自分がこんなことをやっているなんて、信じられない(笑)。
――人に隠れて読んでいた頃(笑)、印象深かった作品は何ですか。
歌野 : 『幻の女』は何度も読みました。推理小説ではなくサスペンスですが、死刑執行が決まってカウントダウンがはじまってしまうという展開もスリリングだし、訳も名文で。
――歌野さんの原点になるような、トリックに驚かされた作品はなかったのですか?
歌野 : それが、小学校高学年の頃に読んでいた推理クイズの本が、結構有名な作品のネタバレになってしまっていて。だから『アクロイド殺人事件』なんかでも、途中でもう分かってしまって驚けなかったんですよね。ただ、衝撃を受けた作品といえば、短編ですが、ロナルド・ノックスの「密室の行者」。確か僕は何かのアンソロジーで読んだと思うのですが…(『世界短編傑作集3』に収録)。
――大学以降の読書傾向は?
歌野 : 1年生の時に五木寛之さんの『青春の門』を全部読んで、それ以降まったく本を読まなくなりました。学生生活最後のほうで、椎名誠さんの『哀愁の町に霧が降るのだ』などのスーパーエッセイや、村松友視さんの『プロレスの味方』なんかを読んでいたくらい。ミステリーはまったく読んでいなかった。その後、編集プロダクションに勤めてはじめてからは、仕事柄、ノンフィクションばかり読んでいましたし。あとは競馬が好きだったので、競馬小説やエッセイを中心に読んでいました。その時、岡嶋二人さんの『あした天気にしておくれ』を競馬小説として読んでみたら、これが推理小説として面白くて。これでまた推理小説に戻りました。文春文庫で出ていた『東西ミステリーベスト100』に出ている国内作品はほとんど読みましたね。この本はとても参考になりました。こうしたガイドブックが、また出ないかなと思っているんですけれど…。
――岡嶋さんの次に、ハマった作家はいました?
歌野 : 島田荘司さんですね。『北の夕鶴2/3の殺人』の頃ですから、島田さんの読者としては遅いほうですが、夢中になって、一日一冊のペースで読んでいました。ただ、その頃島田作品で一番分厚かった『占星術殺人事件』だけは、なかなか手がでなくて。“こんな厚い本最後まで読めるかな”なんて思って避けていて、いよいよ最後に読んでみたら、あまりの衝撃的なトリックに、眩暈がして倒れそうになりました。
――作家になってからはどんな本を?
歌野 : 同世代の人たちのものは読んでいましたね。あと、京極さんのデビューは衝撃的でした。でも、次第に読まなくなってしまって。というのも、自分は書くのに時間がかかるので、読んでる時間があるくらいなら書かないと、と思うのと、自分が書こうと思っていたトリックが、すでに書かれてあったらショックなので、それなら何も知らないでおこう、と思ったので。実際にそうしたことが一度あったんです。それに、書き手になってからはどうしても分析的に読むようになり、素直に読者として楽しめなくなってしまったということもありますね。だから作家になってからは、年に一冊も読まない年もあったくらいなんです。ただ、あまりそうしていては、今の小説の傾向が分からなくなると思い、2、3年前からは読むようになりました。
――今年は何冊くらい読まれたのですか。
歌野 : 15冊くらい。これって、奇跡的に多い(笑)。資料以外は推理小説しか読まないですね。そのなかで、話題になったのでちょっと読んでみようかな、と手にした乙一さんの『GOTH』は、作家になってから読んだ中で、一番衝撃を受けました。分析的に読むのではなく、本当にただ読者として夢中になったし、この才能はすごいな、と思いました。
――やはりそれも日本の作品ですね。『葉桜の季節に君を想うということ』での主人公のアウトローぶりやユーモアたっぷりの会話を読んで、海外の探偵小説の影響があるかと思いましたが…。
歌野 : 海外のものは、それほど読んでいないんです。というのも、登場人物の呼び名が、姓や名や愛称など何通りにも変わるのが分かりにくいし、それに何よりキリスト教文化が分からなくて。『葉桜〜』のあの会話のやりとりなどは、実は小説ではなく映画の影響なんです。ちょうど主人公を明るくするか悩める青年風にするかで迷っていた頃、ブルース・ウィリスの『バンディッツ』を観たんです。コメディではないけれど笑わせて泣かせる、このノリがいいなと思ったんですよね。推理小説って重くて笑いが入る要素があまりないけれど、ちょっと洒落がきいたものをやってみよう、と。実際、書いてみたら、明るいほうが自分も書きやすかったですね。話が暗いと、書くほうも気が滅入ってしまう(笑)。
――そんな裏話があったとは。…では最後に、来年の刊行予定を教えてください。
歌野 : 今書き下ろしをやっていて、もうそろそろ出来上がるので来年のはやい時期には刊行できると思います。スポーツ関係のものですが、『葉桜〜』に比べるとちょっと暗い感じになるかな。そのあと、講談社のミステリーランドから出す予定になっているんですが、みなさんいい作品を書いているので、ちょっとプレッシャーになってます。それも来年のうちに出す予定です。
(2003年12月更新)
取材・文:瀧井朝世
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