WEB本の雑誌>【本のはなし】作家の読書道>第80回:畠中恵さん
体の弱い若だんなと、個性豊かな妖怪たちが謎を解決するデビュー作『しゃばけ』でいきなり大ブレイク、時代小説から現代エンタテインメントまで、幅広いジャンルで活躍する畠中恵さん。ご自身もSFから時代小説まで、幅広いジャンルを読まれてきた模様。夢中になった本は、そして小説を書き始めたきっかけとは?
(プロフィール)
1959年高知県生まれ。名古屋造形芸術短期大学卒。「しゃばけ」で第13回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞し、小説家デビュー。「しゃばけ」シリーズは、妖怪たちの豊かなキャラクターと人情味溢れるあたたかな世界がたちまち読者の心をつかみ、大人気シリーズに。『ぬしさまへ』『ちんぷんかんぷん』など「しゃばけ」シリーズの他、『まんまこと』『つくもがみ貸します』など著書多数。
――幼い頃の読書の記憶というと…。
畠中 : あまりはっきりと覚えてはいないんです。最初は『雪の女王』でした。段ボールみたいな厚い紙の本で、パタンパタンとめくることができて、総ルビの。ひらがなが読めたので、幼稚園の時だったんじゃないかな。はじめて自分で最初から最後まで読んだ絵本だったので、それはよく覚えています。あとは『安寿と厨子王』も、なんとなく記憶にありますね。
――本を手にすることは多かったのでしょうか。
畠中 : 2つ上に兄貴がいまして、兄のために親が買った本を、後追いでもそもそと読んでいました。なので、ポプラ社の少年探偵団のシリーズや、ルパンやホームズなどが多かったですね。子供向けの世界名作文学の全集も読みました。国内外の作品が収録されていたと思うのですが、『海底二万里』を読んだことを覚えています。あとは『シートン動物記』とか『ファーブル昆虫記』。高学年くらいになると、『赤毛のアン』や『秘密の花園』、『あしながおじさん』など印象に残っています。
――その頃、お兄さんの本以外は、どこで見つけていたのでしょうか。学校の図書室ですか。
畠中 : 図書室は、記憶にある限り、古い本ばかりであまり手に取らなかった気が。近所に小さい本屋さんああって、新潮社の海外文庫が並んでいる棚があったんです。小学校高学年から中学生にかけては、その棚のものをまとめて読みました。『ジェーン・エア』とか『アンナ・カレーニナ』、『嵐が丘』、『戦争と平和』…。その頃は海外モノばかり、というヘンな読み方をしていました。
――漫画はいかがでしたか。
畠中 : 小学生の頃は『マーガレット』を読んでいました。中学からは漫画が増えましたね。漫画家になりたいな、なんてぼんやり思っていたので。でもそれは、子供がお花屋さんになりたい、というのと同じくらい、具体的なものではなかったんですけれど。大島弓子さんの『綿の国星』も、猫耳が登場した瞬間を見ています(笑)。漫画では萩尾望都さんの『11人いる!』、吉田秋生さんの『BANANA FISH』、高橋留美子さんの『めぞん一刻』や『人魚の森』も好きでした。
――中学以降、小説の読書傾向はどのような変化を?
畠中 : やはり海外小説が好きで、『三銃士』なども夢中になりました。その後に、ミステリを読むようになったんです。アガサ・クリスティーあたりを本屋で見つけたのかな。『そして誰もいなくなった』や、エラリイ・クイーンも読みました。ディック・フランシスの『利腕』も覚えています。アイザック・アシモフのミステリ作品も好きでしたね。『黒後家蜘蛛の会』とか『ユニオン・クラブ綺談』とか。アシモフは『ファウンデーション 銀河帝国興亡史』といったSFも書いていますから、そこからSFも読むようになり、『夏への扉』のハインラインなども手にとりました。そこからハードSFにはいかず、ファンタジー方向へいき、アーシュラ・K・ル・グウィンの『闇の左手』などを読みました。それが短大の頃かな。それまでもSF作品は読んでいたんですが、ジャンルを意識して読むようになったのは、その頃だったと思います。
――ファンタジー作品でお好きだったのは。
畠中 : パトリシア・A・マキリップの『イルスの竪琴』の3冊のシリーズがよかった。引き寄せられるように読みました。マキリップは『妖女サイベルの呼び声』も好きですが、『イルスの竪琴』のほうが好きだったと思います。他に読んだのはトールキンの『指輪物語』。これは「ファンタジーが好きなら読んでおけ」と言われて読んだんです(笑)。
――日本人の作品は少ないんですね。
畠中 : 乱読なので、読んではいました。夏目漱石の『吾輩は猫である』とか『坊ちゃん』も覚えていますし。ただ、この頃は海外モノのほうが多かったかもしれません。
――高校卒業後、名古屋造形芸術短期大学で進学されたそうですが、課題などで大変だったのではないかと…。
畠中 : 絵が下手だったので、芸術系に進めば少しは上手になるかなあ、と思ったんです。課題は大変でした。4年制にいけばよかったと思ったくらい。午後からの授業は全部実技で、すべて課題があって。本はほそぼそと読んでいました。
――時代小説を読むようになったのはいつ頃ですか。
畠中 : 昔から歴史や日本史、世界史が好きだったので、自然と触れるようになりました。高校生の頃には都筑道夫さんの「なめくじ長屋捕物さわぎ」を読んでいました。『ちみどろ砂絵』『きまぐれ砂絵』『かげろう砂絵』…。時代モノだけれどもちょっと変わったお話で、これがすごく好きだったんです。池波正太郎さんの『鬼平犯科帳』、『剣客商売』や『仕掛人・藤枝梅安』、平岩弓枝さんの『御宿かわせみ』といったシリーズも、ほそぼそと読み続けていました。江戸の庶民の話以外にも『織田信長』や『徳川家康』、『宮本武蔵』も読んでいましたから、特にジャンルが偏っていたわけではないですね。歴史小説も、司馬遼太郎の『項羽と劉邦』や陳舜臣の『小説十八史略』も、人から貸していただいて20代の頃に手に取りました。
――短大を卒業後は。
畠中 : 本屋さんでアルバイトをして、それからなんとなく漫画家のアシスタントになりました。ほそぼそと自分の漫画作品も出していたんですが、それだけでは食べられないので、アシスタントは続けていました。
――その頃よく読んでいた小説は。
畠中 : 漫画仲間でよく読んでいたのは氷室冴子さん。『ざ・ちぇんじ』、『なんて素敵にジャパネスク』、『雑居時代』…。登場人物がとても魅力的でしたね。新井素子さんを読んだのもその時期だったと思います。
――小説を書き始めたきっかけは。
畠中 : イラストレーターをしていた時期も1年ほどあったんですが、それだと絵は描けても話を作ることができない。それで、小説を書き始めたんです。
――都筑道夫さんの創作講座に通われていたとか。
畠中 : たまたま池袋のデパートの地下で、講座のパンフレットを見つけたんです。そこで、都筑さんが小説のクラスを開いていると知って、ファンでもあったので「行きたい!」と思ったんです(笑)。書いたものを提出して批評をしてもらう、というクラスでした。
――漫画で表現してきた後で、小説というのはまた感触が違ったのでは。
畠中 : 最初は漫画のことをひきずっていて、全然書けませんでした。都筑先生も厳しかったなあ…(笑)。途中から漫画と小説はまったくの別物だと思うようにしました。
――当時、書かれていたものは。また、当時の読書生活は。
畠中 : 教室ではずっと、現代を舞台にしたものを書いていました。読書は、時代モノと日本の作家さんが増えてきた時期だったと思います。都筑先生に時代小説が好きなら岡本綺堂の『半七捕物帳』を読んでおけ、と言われて、それまでも読んではいたのですが、改めてああそうか、と思ったり。内容のよさはもちろん、作品自体が古いので、地の文でも会話文でも、江戸の言葉をよく伝えているんです。
――時代小説の魅力は、どこにあると思われますか。
畠中 : 時代モノって、作家さんがお亡くなりになった後も、現代の方と同じように本が並んでいる。いつまでも変わらないんですよね。時を過ごしても、古びないところがある。現代の小説だと、ポケベルとか携帯電話のあるなしでも、印象が変わりますよね。時代小説は古びないという安心感と、かつ、そこで暮らす人たちの暮らしや感情は今の人と変わらない、そこがいいなと思います。
――ちなみに、海外小説は読まなくなったのですか。
畠中 : そこそこ読んではいました。スティーブン・キングの『IT』がとっても好きでしたね。自分もこんな風に書けたらいいなと、つくづく羨ましかった。『シャイニング』や、映画『ショーシャンクの空に』の原作「刑務所の中のリタ・ヘイワース」が入っている『ゴールデンボーイ』などを読みました。ミステリではドン・ウィンズロウの『ストリート・キッズ』のシリーズが好きでした。ジョン・ダニングの『死の蔵書』のシリーズも、警官から古本屋になっちゃうところが羨ましかった(笑)。
――講座では、時代小説は書かなかったのですか。
畠中 : 書いたのは『しゃばけ』がはじめてです。都筑先生も時代小説と現代小説、両方書かれているので、そういうものだと思って。ノンフィクションの江戸時代の本を読むのも好きで、家に結構あったんです。もちろん、それだけではすまずに新たに資料も買いました。
――日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞したデビュー作が、初の時代小説となるわけですか。体の弱い若だんなと、妖(あやかし)たちが協力して事件を解決するお話ですが、妖怪を登場させようと思ったのは。
畠中 : 仲間で協力しあう形のお話を書きたかったんです。でも「なめくじ長屋」がすごく好きだったので、そのまま人間を出して似てしまったらどうしよう、と思って。はっきりと区別するために、仲間を人でない形にもっていくことにしたんです。妖怪に関しては、京極夏彦さんの作品などは読んでいましたが、特別詳しいわけでもなかったので、そう決めてから調べ始めました。
――応募作ですから、シリーズになるとは思っていなかったんですよね。
畠中 : 思っていません。本になるかも分からなかったんですから(笑)。
――都筑先生にはお伝えしたのですか。
畠中 : 最初に選考に残った時にお伝えしたら、ファンタジーノベル大賞をご存知なくて。「どこの賞だ」「新潮社です」と言ったら、もちろん新潮社はご存知なので「そうかあー」と(笑)。入賞して、本になることを伝えたら喜んでくれました。
――時代小説を書く時に、よい資料となるような本はありますか。
畠中 : 渡辺京二さんの『逝きし世の面影』は、幕末から明治にかけての日本の記録となっていて、半分資料として読みました。それと、杉浦日向子さんが大好きだったんです。江戸文化の研究家であったので、短編作品集『ニッポニア・ニッポン』などでも、すごく正確なものを書いていらっしゃってる。エッセイも好きです。『しゃばけ』のこととか、書いていただけたらいいなあと憧れていたんですが、お亡くなりになってしまって、残念で。
――デビューが決まってからも、しばらくは漫画家と兼業だったのですか。読書生活は変わりましたか。
畠中 : はい、そうでないと生活が(笑)。読書は、文芸誌を送っていただけるようになったので、なるべく読むようにしています。たくさんあって、すべてを読むことはできませんが、いちはやく読める、ということは大きな楽しみです。
――現代の日本人作家さんで、よく読まれる方、お好きな作品は。
畠中 : 宮部みゆきさん、恩田陸さん、伊坂幸太郎さん…。宮部さんは、デビュー直後ではないんですが、『我らが隣人の犯罪』を読んで、これが新人さんの作品なのか、と思いました。恩田陸さんの作品もどれも好きで…。『夜のピクニック』『ドミノ』『クレオパトラの夢』、あ、『中庭の出来事』も…。どれが好きか決められないですね(笑)。伊坂さんも最近の『ゴールデンスランバー』はもちろん「陽気なギャング」の話も面白いし『重力ピエロ』も『死神の精度』も…。
――漫画は読まれますか。
畠中 : オノ・ナツメさん。『さらい屋五葉』といった時代モノも描かれていて。最近話題になっている『のぼうの城』の表紙のイラストがオノさんです。
――幅広いジャンルを読まれていますが、どのような小説が好きだな、とご自身では感じますか。
畠中 : 登場人物が魅力的であるにこしたことはないですね。「なめくじ長屋」の砂絵かきのセンセーが、とっても好きなんです。『ファウンデーション』の心理歴史学の数学者、ハリ・セルダンや、『黒後家蜘蛛の会』でも、謎説き役のヘンリーという給仕も魅力的ですね。何が惹きつけるんでしょうね。一言で言えないところがまたいいのかもしれません。
――書店にはよく足を運ばれるのですか。それともネットで購入派ですか。
畠中 : よく行きます。外を歩きながらお話を考えて、近所の喫茶店に入って書き留める習慣なので、途中で書店をめぐるんです。平積みの新刊を見て、表紙の絵がいいなと思ったらイラストレーターさんのお名前を見たり。ネットも利用します。特に古書は、行ける範囲の古本屋は限られてしまうので、ネットで全国の古本屋から検索して、送っていただくという。
――古本もよく買われるのですか。
畠中 : 資料が多いですね。どこにどういう大名がいたとか、石高や地図などが分かる「武鑑」など。江戸時代って、ものすごくよく資料が残っているので、調べて書かないとまずいんです。
――現代小説をお書きになる時も、事前に取材などはされるのですか。『アコギなのかリッパなのか』などは、元代議士の事務所に勤める青年が、謎を解決するお話ですが。
畠中 : 政治家の秘書の方が出されている選挙の時の体験記、みたいな本を読みました。あとは、近所に都議さんの事務所があって、行ったら快くお話を聞かせてくださったんです。
――取材するうちにプロットが変わることもあるんですか。
畠中 : こういう形を書こう、と思って調べてみると、また知らなかったことが出てきて、じゃあこういう形に…ということの繰り返しです。調べていくうちに面白いなあと思うことがいろいろ出てくるものなんですよね。わりと書く前に設定などを決めておくほうなんですが、絶対にそこからズレていきます(笑)。
――設定や題材は、どのように見つけていくんですか。
畠中 : 例えば『しゃばけ』が変わった設定ですから普通の設定で1本、と思って書いたのが『まんまこと』。名主さんが民事裁判をしていたと知って、これは知らない方が多いんじゃないかなと思ったのがきっかけですね。『つくもがみ貸します』は、つくもがみのレンタルでいこう、と、ただそれだけで始めました(笑)。
――本年出された『こころげそう』は。江戸の9人の幼馴なじみの若者たちの恋模様に謎ときが絡んでくる。しかも、幽霊が登場しますね。
畠中 : 『しゃばけ』は、若だんなの年齢が低いこともあってあまり恋の話がないので、じゃあ書こう、と思って。うまくいかなさそうな設定、ということで男女9人という奇数にし、幽霊も登場させたんです。
――今後の刊行予定を教えてください。
畠中 : 近く、『しゃばけ』シリーズの最新刊『いっちばん』が新潮社から刊行されます。今年は他に、10月に『KENZAN!』に掲載した明治のお話が講談社から出る予定です。
(2008年6月27日更新)
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