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フロイトの弟子と旅する長椅子
ダイ シージエ(著)
【早川書房】
定価1890円(税込)
2007年5月
ISBN-9784152088239
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
小松 むつみ
評価:★★★☆☆
在欧の中国人作家には、あまりいい思い出がないので、過分な期待を抱くことなく手に取った。
パリで精神分析学を学んだ莫(モー・主人公)は故国・中国四川省にもどり、投獄された政治犯の女性(莫の片思いの相手)を、救い出すべく奔走する。法曹界の権力者・ディー判事との交渉に賄賂での解決を試みるが、判事はある交換条件を提示する。その条件を満たす物を求め、莫は夢分析の旅に出る。
自称フロイトの弟子にしては、その精神分析は少々お粗末かもしれないが、旅先でのエピソードや、莫のヘタレ加減がなかなか楽しい。飄々とした筆致と、ユーモアとペーソス。今回はうれしい裏切りであった。
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川畑 詩子
評価:★★★☆☆
滑稽だが残酷な物語。西洋と東洋との間で葛藤する知識人の物語ともいえるし、冴えない男子のどたばたともいえる。彼が様々な苦労をするのは、処女を見つけなければならないから。この課題は、憧れの君を救うため、賄賂の替わりに判事から出されたもの。
舞台は経済発展に湧く地方都市のこともあれば、治安の悪い辺境(ここで、少数民族の山賊に襲撃される)だったり、パンダのいる山中だったりもする。中国出身の作家なのに、外国人が見た中国のようでもある。それは翻訳という過程が加わっているせいなのか。フィルターをかけて見ているようなもどかしさがあった。なるほど彼は夢の分析を生業としているが、彼自身、夢の中のような混沌の中にいるのかもしれない。
蛇足だが、いつも床がなにやら濡れていて、ところどころには直視したくない物体も転がっているのが印象的だった。そのせいで、つま先立ちしているような落ち着かない気分だった。
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神田 宏
評価:★★★☆☆
パリでフロイトの精神分析学を苦労の末学んだ莫(モー)は、学生時代の同級生、憧れの、胡火山(火へんに山)(フーツアン)への思いを胸に故郷四川に降り立った。しかし、文革の影響で胡火山(火へんに山)は中国警察の拷問写真を国外のプレスに渡したという嫌疑で投獄されていた。そこは官僚の腐敗が進む地方のこと、釈放を願い判事の買収を試みるが、出された条件は「赤いメロンを割っていない、処女」を差し出すことだった。莫は、自転車の後ろに古代象形文字の「夢」の図案と「夢分析」の文字を入れた旗をたて、地方を回る旅に出るが、その実は処女探し……近代的知識と故郷の呪詛にまみれた後進性に挟まれ悩みながらのも、莫のおかしな旅は続くのであった。フランス語によって書かれた本書はやはり一枚のフィルターを通じてみた柔らかな、文革を含めた現代中国への懐疑の書である。しかし、著者自身が文革の苦難の上、ヨーロッパに出たように、未だフィルターなしで文革以降のことを語るのは困難なのだろうか? 著者が現代中国に感じる望郷と嫌悪のブレンドが苦い後味を残した。
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小室 まどか
評価:★★★★☆
フランス帰りの精神分析医モーが、初恋の女性を獄中から救い出すために、判事の生贄となる処女を求めて、夢判断をしながら中国を放浪する物語。
広大な大陸を旅しながら、夢日記でものぞき見ているようなおもしろさもあり、純真というか世間知らずというかなんというか……の四十男モーの見当外れの奮闘ぶりへの失笑もありで、飽きさせない。しかも、“処女探求の旅”という一見ふざけたテーマを構成するエピソードのひとつひとつに、文革、汚職、賄賂、処刑の横行、同性愛への偏見、貧富の差、……など、はずせない裏のテーマをさりげなく織り込んでくるあたりが洒落ている。決して説教臭く声高には主張しないが、自らの経験から、確実に(読者にそれと気づかれることすらないかもしれないくらい)ごく自然な形で問題意識を届けることのできる稀有な才能を感じる。
前作『バルザックと小さな中国のお針子』は著者自身が監督して映画化されているようなので、必読必見の構えである。
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磯部 智子
評価:★★★★★
フランス人の目で中国人を見て描く、その中国人作家のしたたかさに舌を巻く。しかも「処女探しの旅」なんて、時代錯誤のエロオヤジの願望を、映像的描写で荒唐無稽な世界に変え、クスクス笑える物語にしてしまった。主人公・莫はフランスでフロイト理論を学び、中国に凱旋帰国したつもりが、政治犯として投獄されている女性を救い出す為、処女を差し出すなら……という悪徳判事と取引をしてしまう。ここから広大な中国での処女探し行脚が始まるのだが、彼の指針はすでに手垢にまみれた「夢判断」であり、それが良く当たる「夢占い」になってしまい、自認する「最先端」の見解も、中国の風土は、あっさりと飲み込んでしまう。このズレまくりの西洋VS東洋はたまらなく可笑しく、判事は死んだり生き返ったりし、莫自身もあっちこっちの女性に気を取られながら迷走を続けていく。果たしてこの物語の行き着く先は……デビュー作『バルザックと小さな中国のお針子』もそうだったが、ラストまで読み手を裏切ることによってまたもや見事に期待に答えてくれた。どこで生きようが決して自分のアイデンティティを見失わない、中国人健在の痛快作。
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林 あゆ美
評価:★★★☆☆
莫(モー)さんは、フランス帰りのフロイト派精神分析医。大事な彼女が牢につながれ、なんとか外に出すためにある人物にお願いする。彼が求めた賄賂は、お金ではなく、処女だった。莫さんの処女探しの旅が始まる。
嘘だろうと思うような賄賂の要求に、生真面目にこたえる莫さんが、ようやく出会ったかと思うと、うまく事が運ばず、珍事件が起きてはふりだしにもどってしまう。この話のキモはこの莫さんの旅を楽しめるかどうかだろう。旅をしながら目的を達するべく探し出す姿は、哀愁とともにどうしても笑えてしまう。特に精神分析医らしく、夢判断で処女かどうかの判断をほどこすのには、ふきだしてしまった。真面目ゆえにもたらす笑いは最後まで続く。すっかり、莫さんファンになってしまった。
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