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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年8月の課題図書ランキング

ミノタウロス
ミノタウロス
佐藤 亜紀(著)
【講談社】
定価1785円(税込)
2007年5月
ISBN-9784062140584
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  小松 むつみ
 
評価:★★★☆☆
 海外文学の翻訳かとも見まがうほど、そのスタイル、思想、筆力は圧倒的である。悪意とペシミズムに満ち、凄惨な状況もあくまで客観的に語られる。しかし、物語はずんずんと、これでもかこれでもかとヘビィになっていく。そのタイトルのごとく、獣のように生きる少年は、冷酷さを通り越して、略奪や殺戮を繰り返す。
 だが、読中も読後も、けして不快感にさらされることも、目をそらしたくなるような嫌悪感を抱くこともない。そこに、この作品の底の深さがある。

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  川畑 詩子
 
評価:★★★★★
 決して厚い本ではないのに、なんでしょうこの重量感。といっても人の命は非常に非情に軽い。人間の尊厳なんて、あったものではない。機動性や力が全てになった世の中で、人を人たらしめているものは何だ? 文化って、教養って、品格ってなんだ? 問いかけが頭の中をぐるぐる回る。300頁足らずの分量で、しかも馴染みのない地名人名が連呼される中で、心をつかみ、頭を揺さぶる破壊力を持つなんてすごい!
 それにしてもロシア革命のイメージが一変した。さらに、その他すべての戦争や革命も、実際のところ、こんな様子だったのではと思わせる。撃つ。殺す。奪う。襲う襲われる。やるかやられるかの弱肉強食……。
 ラストシーンは鮮やかで、そしてなんとあっさりとしたことか。因果応報とも言えるし、人間の個性やかけがえの無さを無視するかのような残酷さが際だっている。

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  神田 宏
 
評価:★★★★☆
 革命の足音高まるロシアのドニエプル川に広がる肥沃な台地にあるミハイロフカに地主の次男として生まれた「ぼく」。後見人であるシチェルパートフを殺し。見殺しにした友人の葬式の日にその妹と立ったまま姦淫する。大義も名分もあったものではない。そのまま故郷を捨てると、周辺諸国の干渉からロシアに派兵されたオーストリア兵のドイツ人ウルリヒと知り合う。そして、あてどなく大地をうろつく。しかし、その間も暴力と愚劣な蛮行は忘れない。白軍と赤軍の攻防は大地に満ち、軍馬が、装甲列車が、流民となった農民があふれかえる。やがて飛行機を手にしたウルリヒと「ぼく」の蛮行は止むことをしらない。「人間と人間がお互いを獣のように追い回し、躊躇いもなく撃ち殺し、蹴り付けても動かない死体に変えるのは、川から霧が漂い上がるキエフの夕暮れと同じくらい、(中略)静かなミハイロフカの夜明けと同じくらい美しい。」という「ぼく」はまさに血に飢えた牛頭人身の怪獣=ミノタウロスである。人間のおぞましい姿をこれでもかと書ききった本作は大上段に構えることなく革命下に生きる人々の生の姿を描くことに成功している。

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  福井 雅子
 
評価:★★☆☆☆
 20世紀初頭のウクライナを舞台に、世の中を覚めた目で見つめる農場主の次男坊ヴァシリが、革命の混乱の中で暴力と破壊を繰り返す。
 心に石でも抱えたようなこの「ずっしり」感はどこからくるのだろう。外国文学と見紛うほどのウクライナの風土と歴史への深い造詣。無駄のないストレートで力強い文体。そして描かれているのはウクライナの荒涼とした風景のように殺伐としたストーリー。日本人作家の作品としては異色の印象を受ける。好きではないが、何か圧倒的な力のようなものを感じる作品であることは確かだ。読後に、荒野にひとり取り残されたような寂寥感と無力感が残った。

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  小室 まどか
 
評価:★★★★★
 二十世紀初頭のロシア――革命と混乱の時代に、あれよあれよというまに巻き込まれ、多くのものを失い、自らも奪い、気付けば人間以外のものに成り果てていた若者たちの魂の叫びを、淡々とした筆致で綴る。
 ミノタウロスとは、ギリシア神話に登場する、牛頭人身の怪物で、成長とともに手がつけられなくなり、クレタ島の迷宮に閉じ込められ、毎年捧げられる生け贄を糧にしていた。ヴァーシカをはじめ、若者たちが陥ったのも似たような状況か。略奪と破壊の輪のなかでもがき、逃れるすべもなく、自らが生き延びるためには他者を犠牲にしなければならない。
 こうした状況が荒涼とした情景とともに生々しく浮かび上がり、まるで字幕付きの映画を見ているかのような錯覚に陥る。40代の日本人作家が、海外作品を日本人が演じているような違和感を全く感じさせることなく、見事な世界観を現出せしめたことに喝采を送りたい。

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  磯部 智子
 
評価:★★★★☆
 270頁、真顔で一気に読んだ。その力強さと、随所にちりばめられた悪意を含んだ言葉が物語を引き締める。が、先に言ってしまうと私は、どこにも余裕がなく笑いもないこの小説が好きではない。日本人作家が描く異国の物語は、何ものにも囚われない強みと、どこにも足場を持たぬ自由すぎる不安定さがある。同じ無国籍作家イシグロがセンチメンタルに帰結し日本人らしさを見せるのに対して、佐藤作品はどこまでもガイジンであろうとする。ミノタウロス、革命の中にあって人でも獣でもない20世紀の人間たちの物語は、自分が知っているちっぽけな世界だけを描き普遍性を持たせる小説とは対極にあり、誰も知らない世界の中で「何者でもないということは、何者にでもなれるということだ」を描こうとする。が、逆にそれが色濃く作家自身を映し出してしまうようにも感じた。その何者かになろうとする渇望に共感するか反発するか、私は後者の方だが、それでもこの冷静かつ激しい小説を評価する。それは20世紀初めのウクライナに生きる人々の猛々しい野蛮さを嫌悪しながらも、作り物の世界に生きる人々の作り物ではない息吹が確実に伝わってくるからだ。

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  林 あゆ美
 
評価:★★★★☆
 ぼくの親父は棚からぼた餅のように、農地をある日手に入れた。ゆずってくれた男とは、縁もゆかりもなく、わずかななぐさみの為に立ち寄る居酒屋で出会った。最初は断っていたが、男が本気でゆずってくれると知り、紙に書名した。「金は払う」という親父に、男は、君には無理だが君の子どもが払うだろうと言う。その言葉の意味をたどる物語がこれだ。親父には2人の息子があった。
 兄と弟、この2人が少なからず金を払っていくといっていい様は、人生に肉付けされるうまみをただただそぎ落とすようだった。痛々しいという形容詞は似合わない。ただ事実として、そうなっていくという筆致は同情を受け付けず、淡々としかしドラマチック。何より、ラストで視点を変えて人生の終わりを語る文章は見事だ。

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