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解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯
ウェンディ・ムーア(著)
【河出書房新社】
定価2310円(税込)
2007年4月
ISBN-9784309204765
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
川畑 詩子
評価:★★★★★
驚きの連続だ。
まず、18世紀の医学界の状況に驚く。古い医学を信奉したままで、非科学的で徒弟制と言っていい状況だったとは。中世のイメージがあった瀉血も、この時代に普通に行われていたことに驚く。そして、こんなすごい人物がいたことにも。
今まであまり知られていなかった、この近代医学の父ジョン・ハンターの業績の偉大さと先見性。解説ではハンターを奇人中の奇人と述べているが、現代人の目から見れば、実験や観察を通して自分の頭で考えよ、という彼の主張は正当なもの。ただ、当時の常識から照らすと、かなり突出した行動だったのだろう。死体泥棒と交流をもち、日夜解剖に明け暮れている、家には標本が溢れている、珍奇な動物をたくさん飼っている、などなど。きっと彼の行動は話題に事欠かなかったはず。
そんな他人の物差しに関係なく、彼の探求心は無限で、枠にはまることがない。常識に縛られず自由で魅力的な人物でもある。ただ、彼の眼中に入れてもらえなかった人は嫉妬しただろう。凡人に厳しいというか、保守的な人間に厳しいというか……。凡人側としては拒絶される辛さも分かる気がする。
本書は、天才あるいは先駆者と凡人の戦いという読み方もできるだろう。
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神田 宏
評価:★★★★☆
18世紀末のロンドンに奇怪な医者がいた。ザ・ナイフマンことジョン・ハンターその人である。医術が未だ錬金術まがいの瀉血、促吐、病変した四肢は切断といったまがまがしいものであった時代である。ハンターは生き物に憧憬に似たまなざしを向ける夢見がちが少年から、死体を片っ端から解剖、その内部構造を丹念に観察するといった、やや猟奇的なエキセントリックにも見える大人へと成長していった。がその一見、奇怪な行動の裏には生物の持つ機能を単純な器官として捕らえようとする飽くなき要求、子供のころ目を輝かせてその細部を見つめていた少年の探究心の表れであったのだ。そのことが、彼をして現代外科医の開祖として中世的妄信からの開眼を促す原動力だったのだ。解剖する死体をめぐってのエピソードや閉鎖的な医学会の様相などを交えながら、ハンターの奇怪ではあるが、その飽くなき探究心を描いた評伝である。ハンターのコレクションには世界中の動物、キリンからトカゲはたまた奇形の双頭の牛と並んで人間の解剖された組織がアルコールにつけられて並んでいたという。それはダーウィンに先立つこと半世紀のヨーロッパにあって神の創造物としてのヒエラルキーのトップにあった人間というものを生物器官としての共通性ということでとらえた異端ゆえに当時は理解されえぬ近代的知性の証拠でもあったのだ。時代に早すぎた天才の生涯をユーモアを交えて描いた一冊である。
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福井 雅子
評価:★★★★★
「近代外科医学の父」とも言うべき18世紀の変わり者の解剖医ジョン・ハンター。
医学のみならず幅広い分野にわたって多大な功績を残した「奇人」の、探究心に満ちた生涯を描いたノンフィクション。
現代医学の礎を築き、ダーウィンの70年前に進化論を見抜いていた医師とはいったいどんな人物なのか、興味津々で読んでみると、なんとも人間くさい風変わりな天才ジョン・ハンターが描かれている。その奇人ぶりが、読んでいて実に楽しい。彼のような天才の「科学的好奇心」こそが、時代を動かし科学技術を進歩させてきたわけであるが、なるほど、真の天才とは間近でみれば彼のような「変人」と映るものかもしれないと妙に納得する。
資料を丹念に読み解き、専門的な部分をわかりやすく説明しながら、読み物としての面白さも兼ね備えた伝記として完成度の高い作品となっている。ノンフィクションとしては今年のイチオシ!
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小室 まどか
評価:★★★★★
近代外科医学の祖、ジョン・ハンターの評伝。
事実は小説よりも奇なりというが、ドリトル先生やジキル博士のモデルとなったこの男(私が以前観た映画では、切り裂きジャックの真犯人ということになっていたような……)、相当におもしろい。
教室を抜け出しては動植物の観察に明け暮れ、様々な疑問の答えを探してきた少年は、長じて優秀な解剖医・内科医であった兄のまさに片腕となり、死体集めから標本作成、研究の手助けまでこなしながら、着実に誰よりも人体の神秘に近づいていった。
彼の変わり者たるゆえんも様々なエピソードで語られるが、当時脈々と伝えられていた迷信まがいの治療法を疑い仮説の検証のために人や動物を解剖し、あくまでも実証的に真実に迫っていった姿勢は、まさに科学者の走りと言えよう。医学の進展のためかと問われればややアヤシイ(自らの人間のからだのしくみへの好奇心を満たすためのような気もする)が、純粋に真実を探求した人の生涯が、緻密な資料の渉猟によるジャーナリスティックな視点から、魅力的に描き出されている。生命科学に興味をお持ちのすべての方に。絶対おすすめです!
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磯部 智子
評価:★★★★☆
血を見るのも読むのも苦手なので、課題にならなければ絶対読まなかった。が、これ又読んでみないと解らない面白さに溢れている。知らないことを知らずに済ませることが出来ない人間がいて、その興味の対象が人間を含む生き物であり、その上医学に携わっているなら誰しもこうするだろう……とは絶対に言い切れないが、真摯に過剰な人だったことは確かなジョン・ハンターの生涯。墓泥棒から死体を買い取り、世界中から珍獣を集めた彼は、ジキル博士とハイド氏のモデルであり、ドリトル先生のモデルとも言われる。奇人と言われながらも、集めたものを偏執狂的な熱意を持って日夜解剖する。その具体的な記述は、妊婦や胎児を宿す動物、また恐らくは自分自身を実験台にした性病の研究、一度死体になるや義父であっても臓器としか見えなくなることなど、読むだけで一気に心拍数が上がる内容になっている。しかし現場主義の外科医だった彼が、医学界に残した功績も大きく、ダーウィンよりずっと早く「進化論」に達し、優れた後続を残し、一番弟子にはあの天然痘ワクチンの開発者ジェンナーも居る。黎明期の「近代外科医学の父」の偉人伝として読むのもよし、稀代の奇人伝として読むのはもっと興味深い、読み応えある一冊だった。
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林 あゆ美
評価:★★★★★
子どもたちに今もひろく読まれている(と思う)、ドリトル先生のモデルになった人物。外科医が内科医より下の地位にあり、手術らしい手術が流布しなかった時代に、医学を専門として学んできたわけではなく、兄の医学学校を手伝いながら、本来の才能を開花させていったジョン・ハンター。表では、医学の向上のための講義を手伝い、裏稼業として解剖に必須の遺体集めを引き受ける。何体も何体も解剖していくことで見えていく体内の構造。どんな人間をみても、特異な状態であればあるほど、死ぬのが待ち遠しく思っているハンターの生涯は読みごたえがたっぷり!
今の時代のように、清潔意識がゆきとどかず、医者みずから、菌の媒体となっていることもあり、読みながら、これはまずいだろうとハラハラしてしまった。けれど、当時としては悪いという認識はまだなかったのだ。それくらい時代の差を縮めるべく、幾多の解剖がおこなわれ今日の医学がある。すごい、すごい!と何度ページを繰りながらひとりごとを言っただろう。読了後に、冒頭にまとめられている解剖図をじっくり見返した。本当に読ませる一冊。
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