第119回:小路幸也さん

作家の読書道 第119回:小路幸也さん

東京・下町の大家族を描いて人気の『東京バンドワゴン』シリーズをはじめ、驚くべきスピードで新作を次々と発表している小路幸也さん。実は20代の前半まではミュージシャン志望、小説を書き始めたのは30歳の時だとか。そこからデビューまでにはひと苦労あって…。そんな小路さんの小説の原点はミステリ。音楽や映画のお話も交えながら、読書遍歴や小説の創作についてうかがいました。

その3「ミュージシャンを目指していた頃」 (3/6)

野郎どもと女たち (ブロードウェイ物語)
『野郎どもと女たち (ブロードウェイ物語)』
デイモン ラニアン
新書館
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夏服を着た女たち (講談社文芸文庫)
『夏服を着た女たち (講談社文芸文庫)』
アーウィン ショー
講談社
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レベル7(セブン) (新潮文庫)
『レベル7(セブン) (新潮文庫)』
宮部 みゆき
新潮社
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霧越邸殺人事件 (新潮文庫)
『霧越邸殺人事件 (新潮文庫)』
綾辻 行人
新潮社
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文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)
『文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)』
京極 夏彦
講談社
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IT〈1〉 (文春文庫)
『IT〈1〉 (文春文庫)』
スティーヴン キング
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――高専生活は5年間続いたのですか。

小路:3年でやめて予備校を経て東京の大学に進学したんですが、それもあっという間に辞めてしまって(笑)。その辺のくだりはややこしいので黒歴史ってことでプロフィールには載せていません。札幌でのミュージシャンを目指しながら喫茶店で働いたり、ライブハウスで歌ったり、コンサートの照明のアルバイトなどをしていましたよ。北海道でサザンオールスターズや浜田省吾さんのツアーがある時も照明をしていましたよ。それからクイーンの札幌公演をやったのは本当にいい思い出です。当時はとにかくロックやそういう音楽が好きですから演歌にはまるで興味がなかったけれど、仕事で五木ひろしさんの道内ツアーの照明をやっているうちに嫌でもLP全曲憶えてしまったりとかして非常に困りました。いつでも頭の中で五木さんの歌が流れる(笑)。

――本はどのようなものを読んでいましたか。

小路:高校生時代に片岡義男さんを知った頃、同時に大好きになったのがデイモン・ラニアン。ブロードウェイを舞台にした小説を書いているんです。『野郎どもと女たち』とか、新潮文庫から出ていた『ブロードウェイの天使』とか。映画化もされていましたね。でも今は忘れられた作家となっていて、入手できる本がないんです。もう一人はアーウィン・ショー。あんなに素晴らしい作家なのに、『夏服を着た女たち』といった名作が今手に入らないなんて。その頃はやはり、音楽も小説もアメリカのものに興味がありましたね。

――若者文化全体がアメリカに向いていた時期だったんでしょうか。

小路:若者文化=アメリカ文化でしたね。雑誌の『POPEYE』が流行っていたけれど、あれは間違いなくカルフォルニア文化の方を向いていました。ロスやサンフランシスコ、あとはニューヨークの文化が最先端である、という感覚がありました。それでアメリカの小説を読んでいたんですが、ただ、ミュージシャンを本気で目指していた時期は夢をかなえることに必死で、本はあまり読んでいなかったかな。それで、24歳の時に自分には才能がないのでもうやめよう、と思いました。それまではミュージシャンになれないならサポートする側にまわろうとも考えていたんですが、なれないなら音楽の世界とも縁を切ろうと思って、札幌の広告会社に就職しました。

――どのような仕事をしていたのですか。

小路:当時はバブルがはじまった頃。コピーのコの字も知らないのに入社してしまったんです。それで「何をやったらいいですか」と訊いたら「文学部だったんだから編集やれや」と言われて。「いや、大学はすぐやめたんですけれど」とも言ったんですが。その代理店は百貨店がメインクライアントだったので、百貨店の会員向けの広報誌の編集をやらされました。編集の仕事ってありとあらゆるものを知らないといけない。音楽から映画から本から......ということで、久しぶりに本を読まないといけないなと思い、書店に行きました。そこで目にとまったのが宮部みゆきさんの『レベル7』。単行本の装丁がマーク・コスタビという、その頃広告業界では有名な人の絵だったんです。僕はそれまで宮部さんを知らなくて、はじまて読んでこんなに面白い作家がいるのか! と思い、本の虫が一気に騒ぎ出しました。そこから1日1、2冊は必ず本を読むぞと決意しました。

――そこからはどのような本を。

小路:ちょうど綾辻行人さんが『霧越邸殺人事件』を出された頃だったと思います。新本格は気にはなっていたんですけれど、僕は横溝正史みたいな昔の推理小説が好きだったので、現代に探偵がいる設定は何かそぐわない気がしていたんです。明治や大正の頃というのは僕らにとっては非日常ですからそこに探偵がいるのはいい。でも現代という日常が舞台だと...って。でも本の虫が騒ぎだしてからは「それもいいんじゃないか」と思えて、そこから綾辻さんや法月綸太郎さんといった新本格の方々を読むようになりました。ちょっと先になりますが、京極夏彦さんの『姑獲鳥の夏』を読んだ時は「やられた!」と思いました。サザンオールスターズがデビューした時の「やられた!」感と同じ感覚。僕の中の二大「やられた!」感です(笑)。サザンがデビューした時、頭を殴られたようなショックって本当にあるんだと思ったんです。こいつらにはかなわないと思った時に、ミュージシャンの道を諦めたといってもいいくらい。京極さんから受けた衝撃も同じくらいすごかった。昭和21年か22年の設定で、しかも探偵で、しかも妖怪で。それからはもう、待ち焦がれるシリーズとなっています。

――海外小説を読むことは復活しました?

小路:ジェフリー・アーチャーとか、スティーブン・キングとか。キングの『IT』を読んだのもこの頃だったと思います。本を読むと同時に、映画もかなり観ました。年間400本くらい。ちょうどレンタルビデオ店が出来てきて、気軽に借りて観られるようになっていたんです。映画館にもよく行きました。とにかく話題作はチェックするようにしていたので、仕事中でも時間があれば観に行っていました。雑誌も相当数読んでいましたから、あの頃はありとあらゆるジャンルに接していたといえますね。それが24歳から28、9歳の頃。

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