作家の読書道 第124回:白石一文さん
今我々が生きているこの世界の実像とは一体どんなものなのか。政治経済から恋愛まで、小説を通してさまざまな問いかけを投げかけている直木賞作家、白石一文さん。彼に影響を与えた本とは何か。直木賞作家であり無類の本好きだった父親・白石一郎氏の思い出や、文藝春秋の編集者だった頃のエピソードを交え、その膨大な読書体験のなかから、特に大事な本について語ってくださいました。
その3「人生でいちばん影響を受けたのはあの名作」 (3/6)
- 『午後の曳航 (新潮文庫)』
- 三島 由紀夫
- 新潮社
- 464円(税込)
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- 『肉体の悪魔 (新潮文庫)』
- ラディゲ
- 新潮社
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- 『異邦人 (新潮文庫)』
- カミュ
- 新潮社
- 432円(税込)
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- 『愛のごとく (講談社文芸文庫)』
- 山川 方夫
- 講談社
- 1,365円(税込)
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――三島由紀夫も読まれたのですか。彼が割腹自殺したのって、白石さんが小6か中1の頃ですよね。
白石:憶えていますよ。学校から帰ったら父が真っ青になっていました。市ヶ谷のバルコニーでの演説はもう終わっていたのかな。うちの父親は大騒ぎする人じゃないのに、世界が終ったような言い方をしていました。僕はまだ三島を知らないから、知らない男が何か異様なことをしている、と感じただけでしたが、それでもすごいことが起きたと思いました。実際に読んだのはそのあとです。高校の頃だったか、司馬遼太郎さんが「橋づくし」を激賞していると知って読みました。あまりにも巧くてこの人は"作家の化け物"だと思いました。『豊饒の海』を読んだのも高校の頃。『午後の曳航』や『憂国』が好きですね。三島さんは評論のほうを面白く読みました。あとは高校の時に、彼が激賞しているのでラディゲの『肉体の悪魔』を読んだんですよね。うわーっと思いました。そこからコンスタンの『アドルフ』や小デュマの『椿姫』といった男が女を失う話を読んで、結構影響を受けました。そしてそのあと、高校2年生の時についに読んだんです。カミュの『異邦人』を。
――ついに、というのは。
白石:僕の人生において、最大の影響を受けた小説です。大学生の時の僕のバイブルだし、これだけは何回も読み返しています。一時期はクレジットカードの暗証番号をカミュの生年月日にしていたくらい。耽溺しましたね。「きょう、ママンが死んだ」から始まるムルソーという青年の話なのに、最初から最後まで、「どうして彼はこの僕のことを書いてくれているんだろう」と思いました。僕はアフリカにいるわけでもないしママンも死んでいないしマリーという恋人もいないしアラブ人を殺してもいないけれど、あきらかにそこに僕自身がいたんです。なんで生まれたのかわからない、何も楽しくない、何もしたいことがない。友達とも表面的にはつきあうけれど本当には心を許していない。死にたいとはまではいかないけれど、なんでこんなひどい世の中に生きているんだろうと思う。そんな気持ちを言い当ててくれていたといいますか......。カミュはもう死んでしまっていたけれど、「自分と同じ人がこの時代に生きていたんだ!」と思いました。しかもノーベル文学賞まで受賞している。オレみたいな人間がノーベル賞を貰っているんだ、と(笑)。僕にとって『異邦人』は本とは言えないものでした。ジイドもトルストイも読んだけれど、僕にはカミュが圧倒的な金メダリストです。
――そうだったんですね。初耳でした。
白石:最近になって知ったんですが、渡辺淳一さんも「私の一冊」みたいなインタビューで『異邦人』を挙げていたんです。実は僕は渡辺さんの熱狂的なファンなんですよ。渡辺さんには『愛のごとく』という本がある。山川方夫さんの書いた小説にも『愛のごとく』というタイトルがあるんです。人妻とただならない関係になった末に捨ててしまう話で、僕にとっては衝撃的な作品でした。それと同じタイトルの本が出ていると知って、あれだけの傑作と同じ題名の本を出すとはなんてことだ、と思って渡辺さんの小説を読んだら、内容は全然違うけれど、これも心底すごかった。『愛のごとく』は渡辺さんのも山川さんのも両方ともみなさんにぜひ読んでほしい本です。渡辺さんの『愛のごとく』は、彼の性愛小説の走りなんです。そのあとに『化身』とか『別れぬ理由』とか『うたかた』が書かれるんですが、渡辺さんがどんどんお金持ちになっていくに従って、作品の舞台もハイソサエティになっていく。でも『愛のごとく』ではまだそうじゃない。主人公はフリーライターです。これは社会人になった頃読み返してもびんびんきました。それで渡辺さんの大ファンになったんです。そんな渡辺さんがカミュの『異邦人』を挙げていたから、僕と年齢は違うけれど、若い頃、渡辺さんも自分と同じような人間だったんだろうなと思いました。たしかに『無影燈』の主人公・直江なんてムルソー的人物ですよね。遠藤周作でもいちばん好きなのは『わたしが・棄てた・女』なんです。あとは『イエスの生涯』。『深い河』は駄目だった。『海と毒薬』も面白いけれどいちばんじゃない。きっと自分に似た人が書いていると思えるものが好きだったんでしょうね。そうそう、僕の大好きな作家の小池真理子さんも、『異邦人』が最も影響を受けた作品だとこの前初めて知りました。「さすが小池さん!」と思いましたね(笑)。
――自分と似ていると思う最たるものが『異邦人』だったんですね。
白石:順不同になってしまいますが、『異邦人』のほかには五味川純平さんの『人間の條件』に決定的に影響を受けました。中学か高校の時に三一書房の新書版で読んだ気がします。僕が書いている小説はめちゃくちゃ単純化してしまえば『人間の條件』と『異邦人』を足して2で割ったみたいなものと言っていいかもしれない(笑)。『人間の條件』は組織の中で一人の人間がどんなに善意を表現しようとしても、結局は組織に負けていく。主人公の梶は戦時に外地にいて、中国人を助けようとしても助けられない。しかも最後は飢え死にするんですよね。衝撃的でした。魂をぶつけるように、人間の善意の光とその限界を描いている。僕が『一瞬の光』を書いている時に頭の中にあったのはこれですね。
- 『愛のごとく〈上〉 (新潮文庫)』
- 渡辺 淳一
- 新潮社
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- 『わたしが棄てた女 (講談社文庫 え 1-4)』
- 遠藤 周作
- 講談社
- 535円(税込)
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- 『イエスの生涯 (新潮文庫)』
- 遠藤 周作
- 新潮社
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- 『人間の條件〈上〉 (岩波現代文庫)』
- 五味川 純平
- 岩波書店
- 1,512円(税込)
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