第129回:山田宗樹さん

作家の読書道 第129回:山田宗樹さん

人々が本当に永遠の命を手に入れた時、世界は楽園となるのか、それとも。近未来を舞台に不老不死社会のありようをリアルに描き出す長編『百年法』が話題となっている山田宗樹さん。特別本好きではなかった青年がはじめて夢中になった小説は。理系出身の研究者が小説家を目指したきっかけは。影響を受けた本たちとの出合いについて、おうかがいしました。

その2「転換点はドストエフスキー」 (2/4)

カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)
『カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)』
ドストエフスキー
光文社
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悪霊 (上巻) (新潮文庫)
『悪霊 (上巻) (新潮文庫)』
ドストエフスキー
新潮社
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新人賞の獲り方おしえます (徳間文庫)
『新人賞の獲り方おしえます (徳間文庫)』
久美 沙織
徳間書店
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屍蘭―新宿鮫〈3〉 (光文社文庫)
『屍蘭―新宿鮫〈3〉 (光文社文庫)』
大沢 在昌
光文社
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直線の死角 (角川文庫)
『直線の死角 (角川文庫)』
山田 宗樹
角川書店
596円(税込)
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――いきなり、ドストエフスキーに手をのばしたのですか。

山田:しかも、よりによって最初に手を出したのが『カラマーゾフの兄弟』です。それまであまり小説を読んでこなかった人間が読めるわけがない。ロシア人の名前って長いし、シチュエーションによって呼び方が変わるので、それでまず混乱する。最初は筋を追うだけで精いっぱいでした。だけど読み返しているうちに深みが分かってきたんです。『カラマーゾフの兄弟』は3、4回くらい読みました。『罪と罰』は実はあまり惹かれなくて、むしろ『悪霊』のような独特の雰囲気を持っているものが好きでしたね。そうしてドストエフスキーの小説を読み返していくうちに、読むだけではなくて書きたい、と思う瞬間がきたんです。こういうものを自分も書きたい、それにはどうしたらいいんだろう、と。自分の考えた世界の中で自分の考えたキャラクターを動かしてみたい、という感覚だったように思います。それが自分の中で転換点になりました。

――それがおいくつの時だったのですか。そして実際書いたのですか。

山田:20代後半だったと思います。それで書いてはみたんです、ゴミみたいなものを(笑)。小説というものをよく分かっていなくて、しばらく自己流で書いてみたんですけれど、全然ダメでしたね。そうしたら、その時につきあっていた彼女が「参考になるかもよ」と、久美沙織さんの『新人賞の獲り方教えます』という本を買ってくれたんです。それを読んではじめて、いろんなルールを知りました。一人称や三人称の説明を読んで自分の書いたものは視点がめちゃくちゃだと気づいたりと、基本的な作法を学びました。そこから、具体的に作家を目指し始めたんです。

――なんて素敵な彼女なんでしょう。

山田:のちの妻です。職場の人たちには小説を書いていることは言いませんでしたが、彼女にだけは言ってあったんです。

――小説家を目指し始めた頃は、もう製薬会社で働いていたんですよね。

山田:子供の頃から研究者になりたかったのに、実際なってみて1年くらいで、やっぱり向いていないと思いました。研究職というのは、ある狭い範囲のものを研究対象にして一生をかけてそれを掘り下げ、真実を発掘していく。地道で気の長い作業が必要です。でも自分はどうにも飽きっぽい。落合信彦さんの影響もあって、もっと広いものを見てみたい、相手にしたいという気持もありました。それに、小説を書いている時には、自分の全部の力を総動員している、これこそ天職だ、という実感があったんです。それはとても心地よい体験でした。だけどもちろん会社を辞めて作家を目指すといった無謀なことはできないので、働きながら書いて新人賞に応募していました。

――そこから読む本も変わりましたか。

山田:小説家になるには新人賞を獲らないとどうしようもないと分かってきたんですが、当時はミステリブームだったので、ミステリのメジャーな新人賞を獲るのが手っ取り早いだろうと考えました。ならば今活躍している方たちはどんなものを書いているのだろう、と「このミス」のようなミステリランキングに入っているものを全部読みました。

――これは面白い! と思った作品はありましたか。

山田:即答できます。大沢在昌さんの新宿鮫シリーズ第3弾の『屍蘭』です。一気読みの快感とはこれか、と思いました。続きが気になって本を置けないんですよ。最後まで読み通して、小説ってこんなに面白くて気持ちいいものなのかと思いました。その時の体験が強烈だったので、僕も小説を書く身になったからには読者に一気読みの快感を味わってほしいという気持が常にあります。『屍蘭』はとにかくストーリーテリングが素晴らしい。自分も読者をはなさない作品を書く小説家になりたいと心から思います。当時からそういうものを目指して書いていたわけですが、技術はまったくともなっていなかったですね。

――会社勤めしながら応募原稿を書いていたんですよね。そして『直線の死角』で第18回横溝正史ミステリ大賞を受賞する。

山田:小説は休日に書いていました。受賞するまで5年くらいかかりましたね。最初は一次選考も通らなくて、3年目くらいから一次は通るようになって。短編を10本くらい応募して、長編は受賞作が2本目でした。

――最終選考に残ったという連絡があった時は感慨深かったのでは。

山田:よく憶えています。ちょうど夫婦ゲンカの真っ最中だったんです(笑)。原因はもう忘れてしまいましたが、そんな時に電話がかかってきたので、剣呑な声で出てしまって。そうしたら「わたくし、角川書店の者ですが」と言う。しかもそれが、最終選考の3日前。本当はもっと前に連絡がくるはずだったのに忘れていたらしくて。連絡がないのですっかり諦めていましたから、いきなり「角川書店の...」と言われても、一瞬あの角川書店と結びつかなかった。選考に残ったということを聞いて驚きました。もう夫婦ゲンカどころじゃないですよね(笑)。「今電話きたよ、どこからだと思う?」と言って、二人で万歳をしました。

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