第129回:山田宗樹さん

作家の読書道 第129回:山田宗樹さん

人々が本当に永遠の命を手に入れた時、世界は楽園となるのか、それとも。近未来を舞台に不老不死社会のありようをリアルに描き出す長編『百年法』が話題となっている山田宗樹さん。特別本好きではなかった青年がはじめて夢中になった小説は。理系出身の研究者が小説家を目指したきっかけは。影響を受けた本たちとの出合いについて、おうかがいしました。

その4「新作『百年法』について」 (4/4)

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――新作『百年法』は、不老不死の技術が実現した日本共和国を舞台にした、スケールの大きな長編です。人が死なないと人口が爆発するなど、国家的にさまざまな支障をきたしてしまうため、不老不死の施術から100年経ったら死ななくてはならない「百年法」が施行されようとしている世界。この構想はかなり前からあったそうですね。

山田:10年ほど前に、何かの本で「不老不死は人類にとって究極の夢だ」という言葉を目にして、本当にそれが実現したらどうなるんだろうと考えたことがあったんです。生きることは善とされていますが、それは人はみないつか死ぬという前提があるから。もしも死なない、となったら生きることが悪になるかもしれない、百年法のようなものが必要かもしれない。そう考えて、これは小説にしたら面白くなりそうだから、他の人が書く前に書かないと、と。それで『嫌われ松子の一生』を書き終えた後にプロットを組んだんですが、どうにも面白くならない。ありきたりな話になってしまうんです。それでもたもたしているうちに漫画の『イキガミ』が映画化された。あれも国が法律によって死を強制するという設定ですから、ああもうダメだ、このアイデアは使えない、と思いました。でも4、5年前、角川書店の編集者と話している時に「山田さん、近未来を舞台にしたものは書かないんですか」と言われて。私も迷ったんですが「実はボツにしたアイデアがあるんです」と話してみたら、「面白いですよ、書かないともったいない」と、盛り上がり、「じゃあ書きましょう」と言ってしまって。すぐ後悔しました(笑)。あれだけいろいろ考えても面白いプロットにならなかったのに、えらいことになったな、と。でも小説家として少しは経験を積んできたし、今もう一回取り組めばなんとかなるかもしれない、と思い直して。何より編集者が「面白い」と言ってくれた事実が強く背中を押してくれました。

――以前考えていたプロットと今回のプロットでは、何が違ったのでしょうか。

山田:前は「百年法」が定着した世界を舞台にして考えていたんです。そうするとどうしても、死を強制する側とそれに抵抗する側という、二項対立の話にしかならない。それなら別に「百年法」でなくてもいいわけです。それで今回は、「百年法」が施行されるかされないか、という状況から話をスタートさせました。そうすればいろんな人の葛藤が書けるだろうと思って。それが突破口になりました。

――このままでは国家的な危機が訪れるということで、国民投票で「百年法」を施行するか否かが問われようとしているところから話ははじまります。社会のために自らの死を選ぶのか、あるいは問題を先送りにして生を選ぶか。自分ならどうするか、と考えさせられました。

山田:ちょうど海外のある国で国民投票が話題になっていて、キーワードとしてひっかかってきたんです。これを使えばドラマチックな幕開けになるのでは、と思いました。政府側も一方的に権力を押し付けるわけではないことが分かりますし。

――家族制度が崩壊していたり、労働環境がシステマチックになっていたりと、不老不死社会のありようも興味深く読みました。長期に渡るスケールの大きな話でもあるので、コミュニケーションツールが携帯電話状のものから補聴器型のものに変わっていくといったさりげない移り変わりの描写も面白くて。

山田:近未来の社会ということで、編集者から「世界観を作りこまないといけない」と言われたんです。SFの素養がなかったので、これでいいのかなという迷いはつねにありました。でも徹底的にやらないと作り物っぽくなってしまう。たとえば不老不死の技術がリョコウバトから発見されたウイルスから開発されていくという部分は、実はかなり細かく裏設定を作ってあります。これは理系出身の知識も役だったかなと思いますね。

――文章を書く際に、理系出身であることを実感したりしますか。

山田:思考回路が理系なので、文体もシンプルな数式を書いている感覚になりますね。推敲する時は因数分解をするような感覚。構成を考える時も、ブロックを置き換えたり、数式を単純化させたりするような感覚が働いているように思います。

――プロットは事前に緻密に作り込むんでしょうか。

山田:それが、そうではなくて。これは四部作になっていますが、実は最初は三部作のつもりでした。しかも完成した小説で最初のプロットを活用しているのは二部までなんです。二部を書き上げたところで、「風呂敷広げたけどこの先どうしよう」という状態になっていました。先々どうなるかわからないままなんとか第三部の一章を書いて、じゃあ次はどうしようと考え、なんとか第二章を書いて、また次はどうしようと考え...とその繰り返しで最後まで書き進めていくしかなかった。

――ええー。でも、ある登場人物が後半で重要な役割を果たしたりと、最終的に見事に噛み合いますよね。しかも、この小説のなかでは国民投票が2回行われますが、その対照性にぐっときたのに...。それもスタート時点で考えていなかったとは驚きです。

山田:先に書いたものが後になって意図しないところで生きてくることってありますね。調子のいい時はそうなんです。いつもそうだといいんですけれど(笑)。いちおうプロットもちゃんと書くんです。でないと、怖いですから。でも、プロットを書くのはせいぜい1、2か月で、実際に本編を書くのはもっと時間をかけている。書いているうちにもっといい展開を思いついて、最初のプロットが役に立たなくなるというのが自分のパターンです。頭の中だけで考えたものって、作りものっぽくなってしまうし、最初に決めた内容をなぞって書くだけなのはつまらない。それよりはある程度物語が進んだらその流れに任せて転がしていったほうが、思ってもみないところに着地して、面白いものができるように思います。今回、先の見えない状態で『百年法』を書いていったことで、よりそういう気持ちが強くなりました。

――山田さんの作品は、生命という根源的なものを取り上げているものが多いですね。

山田:振り返ってみると、そうなんですよね。自分が書きたいものは何かを考える時、生命や死とかいったものに反応しやすい気はします。それと、『嫌われ松子の一生』を書いたためか、「運命に翻弄される女性の人生を書く」といった言われ方もするんですが、そんな意識はないんです。デビュー作の講評で宮部みゆきさんに「女性キャラクターの書き方を勉強しましょう」というようなアドバイスをいただいて、その言葉がずっと残っていて。そこをなんとかしようと思って、松子に行きついたのかもしれませんね。

――大作を刊行されたばかりですが、次回作については考えていますか。

山田:次もSFっぽい設定になりそうです。ただ、『百年法』のオビに「これ以上のものは書けません」とコメントしたように、50年に渡る話を10年かけて書いて、上下巻で出してもらったので、それを全部超えるのは今の段階ではまだ想像できませんが。

――10年後にまた「これ以上のものは書けません」と言えるかもしれませんね(笑)。

(了)