作家の読書道 第188回:益田ミリさん
日々のささやかな感情を丁寧に、そして鋭く掬いとる作風が魅力のイラストレーターの益田ミリさん。彼女の心を動かすのはどんな本たちなのか? 意外な変遷があって今の職業に就くまで、その時々で背中を押してくれた本たちについても教えてもらいました。
その3「進路を考えていた頃」 (3/6)
――短大ではどんなことを学んだのですか。
益田:油絵です。絵を描くのは好きだけど、何になりたいかよくわからなかったので、画家という道もアリかなと思って、油絵を急にやりだしました。受験して、洋画科に進んで、はじめて油絵セットを買ってもらってやりました。すると、すごく油絵の上手な子がクラスに何人もいて、「ああ、ちょっと違うな」って(笑)。気づくのが遅いんですが、でもまあまだ分からないしと思ってやっていたんです。その頃、林真理子さんのエッセイ『ルンルンを買っておうちに帰ろう』を読みました。はじめて若い女性のエッセイを読んだのかもしれません。「あ、こんなエッセイがあるんだ」って。それまでは恥ずかしいことって書いちゃいけない、見せちゃいけないって思っていたので、衝撃的でした。ちょうどコピーライターブームでもありました。
――ああ、「おいしい生活」とかありましたよね。
益田:そう、糸井重里さんですね。林真理子さんのエッセイからも、そういう職業があるんだなと知りました。それで「コピーライターもいいな」って(笑)。コピーライターになろうと思って就職活動でいろんな広告代理店を受けたんですが、相手にされませんでした。コピーライターの面接に、油絵持って行ってましたから。なにを見てもらえばいいのかさっぱりわからなかったんです。しょうがないから美大を受験し直してやっぱり画家を目指してみるかなと思ったりとか、ギャラリーに勤めるのもいいかなと思って採用試験を受けて落ちたりしました。結局、就職が決まらないまま卒業し、事務のアルバイトを始めるのですが、しばらくして学校からの紹介で就職が決まりました。コピーライターになりたいと言っていたのを先生が覚えくれていて、企業の宣伝部がそういう子を捜しているゾと。職場は残業もなかったので、いろんな習い事ができました。勉強になるかなとコピーライター養成スクールにも行ってみました。上手な人は、ホント上手で。ここでもまた圧倒されました。ただ、提出した課題をたまに褒められることもあったので、「あれ、ちょっとはいいのかな」って思ったり。雑誌にイラストの学校の宣伝が載っているのを見て「イラストもいいかな」と、イラストの学校にも行きました。それがイラストを描くきっかけになりました。振り返ってみれば、行き当たりばったりです。
――その頃読書はしていましたか。
益田:会社勤めの時に通勤の途中で『赤毛のアン』とか『若草物語』とか『トム・ソーヤーの冒険』といった、みんなが子どもの頃に感動するものを20代でようやく読んで、「なんて面白いんだ」とはまりました。
――なぜまたその時期になって少年少女向けのものを手に取ったんでしょう。もちろん、大人が読んでも面白いのは分かるのですが。
益田:駅の近くに図書館があって、その時になぜか借りたんですよね。1冊読んだら「こんなに面白い文学が世の中にあったんだ」と思ったんです。
――たとえば『赤毛のアン』のシリーズは、少女時代から大人になってまで、長い期間にわたる話ですよね。全部面白かったですか。
益田:大人になってお母さんになっていくところも面白かったんですけれど、今読み直すのは少女時代の第一巻ですね。好きなところはいっぱい線を引いています。いっぱい勉強して努力して立派になっていくアンの姿が自分とまったく違うから、すごいなとか、こんなふうに勉強するのかとか思って。憧れます。