第188回:益田ミリさん

作家の読書道 第188回:益田ミリさん

日々のささやかな感情を丁寧に、そして鋭く掬いとる作風が魅力のイラストレーターの益田ミリさん。彼女の心を動かすのはどんな本たちなのか? 意外な変遷があって今の職業に就くまで、その時々で背中を押してくれた本たちについても教えてもらいました。

その6「創作と読書」 (6/6)

  • 生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)
  • 『生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)』
    福岡 伸一
    講談社
    799円(税込)
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  • バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)
  • 『バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)』
    前野ウルド浩太郎
    光文社
    994円(税込)
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――益田さんは日常のすぐに忘れてしまいそうな一瞬の感覚をとらえて描かれていますよね。頭の中に記憶しているってことですか。

益田:そうですね。人の会話を正確に書かなければいけない時などはその場ですぐメモします。

――毎回、連載のお話がある時に、どういうふうに登場人物やテーマを決めているのでしょうか。

益田:いろんな主人公やシーンがぼんやりと頭にあって、連載の場合は、媒体のイメージにあうものをその中から選ぶという感じに近いかもしれません。最初のストーリー漫画だった『すーちゃん』は、連載ではなく書下ろしでした。女の子の何も起こらない日常の漫画が受け入れられるのかどうか分からなかったので、1回描いてみて、いろんな人に読んでもらいました。短いセリフでも、語尾まで丁寧に考えようと思いました。

――新刊の『こはる日記』も、一人の女の子の中学時代、高校時代の日常が丁寧に描写されていきますよね。

益田:『ダ・ヴィンチ』の連載中は、自分の日記をよく読み返しました。そのせいか、これほど苦労しなかった漫画はないくらい自然に描けた。何人かの高校生の女の子たちにケーキ食べながらお話を聞く機会は作っていただいたんですが、やっぱり変わらないなって思ったんですよね。私たち大人の前では礼儀正しくて。素の自分をなかなか見せてくれない感じとかが愛おしくて。学校で流行っているものなど質問には全部答えてくれるんですけれど、よそゆきな感じが見えて。「大人に見せる自分たちと、本当の自分たちは違う」というのが彼女たちから感じ取れたのが、この本にとっては一番良かったです。わたしの10代も同じだったから。

――成長を描こうと思っていましたか。

益田:この漫画を描くきっかけになったのが、以前『ダ・ヴィンチ』で連載していた『アンナの土星』という青春小説だったんです。14歳の女の子が主人公でした。書き終えても、もう少しその年頃のことを書きたい気持ちがあったんですね。それで、「こはる日記」では15歳のこはるが主人公だったんですけど、描いているうちに自然に17歳のこはるも描きたくなって。「この子の成長を見てみたい」という感じです。どっちも楽しかったですね。15歳と17歳。たった2歳の差でも、ずいぶん雰囲気は変わる。当時の自分のことをよく思い出しました。10代の主人公を描いていると、わたしという人間はずっとつづいているのだなと安堵する感覚がありました。

――ほんのり、ほろ苦さとか、寂しさを感じさせるのもよかったです。じゃあたとえば『an・an』で連載している「僕の姉ちゃん」の、姉と弟の会話なんかはどうやって創り出しているんですか。

益田:基本は、ふと自分が思ったことから漫画にしています。女性誌をめくって「こういうことが流行っているんだな」と考えながら描くこともあります。小説からもヒントをもらいます。向田邦子さんの小説を読んで、とか。福岡伸一さんの『生物と無生物のあいだ』を読んで、こういう切り口はどうかなと思うこともあります。全然違う分野のものからひらめくことも多いです。新聞から考えることもあります。

――ああ、じゃあ資料読みじゃないけれど、いろんなものをお読みになっている。
 

益田:そうですね。私が全然知らない世界のものも楽しいから読みます。この間は前野ウルド浩太郎さんの『バッタを倒しにアフリカへ』を読みました。バッタの研究をするためにアフリカに渡られたときのエッセイです。

――そういう本はどうやって見つけているんですか。

益田:人におすすめされたり。あとは『ダ・ヴィンチ』の「今月のプラチナ本」も参考にしています。書評もよく観ています。個人的に好きなのは、津村記久子さんや柴崎友香さん。津村さんの小説『この世にたやすい仕事はない』は、面白すぎてちょっとずつ読みました。柴崎さんは『春の庭』がすごく好き。

――本のカバー絵も描かれていますよね。北村薫さんの『中野のお父さん』はぴったりだなって思いました。

益田:ありがとうございます! ご指名いただいてびっくりしました。他の方の本の装画って責任重大すぎて緊張してなかなかできないんですけれど、嬉しかったです。

――今、生活のサイクルはどのような感じですか。

益田:そうですね、旅行が好きなので、その月の旅行する日を決めて、締切に合わせてスケジュールを組みます。わりと締切には遅れないようにしていて。遅れたことがないかな。1週間前には大体終えておきます。

――うわ、素晴らしいですね。

益田:夏休みの宿題を親に手伝ってもらうような子供時代だったので、今も基本はダラダラしているんですけど、原稿に関しては計画を立てています。「この日にこれとこれを描こう」と。漫画の原稿ばかりが続くより、漫画、エッセイ、漫画、エッセイ、みたいな感じにして。週刊誌は毎週1本ずつ描くというより、まとめて仕上げます。ぎりぎりまで自分の中に溜めておきたいんです。何個も何個も溜めて、ドバっと出すというか。この日は『週刊文春』を3ヶ月分やろうとか、そういう感じです。

――9月に『美しいものを見に行くツアーひとり参加』、10月に『こはる日記』を刊行されたばかりではありますが、今後のご予定を教えてください。

益田:年明けに書下ろしのエッセイ集と、春に『僕の姉ちゃん』の第三弾が出ます。

(了)

  • この世にたやすい仕事はない
  • 『この世にたやすい仕事はない』
    津村 記久子
    日本経済新聞出版社
    1,728円(税込)
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  • 美しいものを見に行くツアーひとり参加
  • 『美しいものを見に行くツアーひとり参加』
    益田 ミリ
    幻冬舎
    1,404円(税込)
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