作家の読書道 第88回:小川糸さん
昨年デビュー作『食堂かたつむり』が大ベストセラーとなり、大注目された小川糸さん。なんとも穏やかな雰囲気を持つ小川さん、幼い頃から書くことが大好きで、お料理が好きで、作詞家としても活動して…ということから連想するイメージとはまた異なり、作家になるまでの道のりはかなり波瀾万丈だった様子。その時々に読んでいた本と合わせて、その来し方もじっくりと聞かせていただきました。
その3「大学の専攻は古代文学」 (3/6)
――その後、大学進学で東京に来られたわけですか。
小川 : そうです。二人の姉もそんな感じだったので、それが自然な流れでした。大学に入ってはじめて、勉強ってこういうことなんだ、と思いました。今までやっていたのは"勉強"じゃない、"受験勉強"だったんだなあ、って。真面目な学生でしたよ。放課後も図書館で調べものをしていたし、コンパも一回も行ったことがなくて。サークルは万葉集研究会でした。週一回、一首ずつ取り上げて、どんな解釈が考えられるのか一人一人挙げていくという。すごく地道な、ゼミみたいなサークルでした。
――専攻もその分野だったんですか。
小川 : 国文科で『古事記』を勉強していました。専攻を決める時、ぼんやりとですが、将来物語を書きたいと思っていて。日本語で書かれた原点を辿っていったら古代までいっちゃって、面白そうだなと興味がわいたので入ってみました。
――読んでみて、いかがでしたか。
小川 : 想像以上にファンタジーというか。想像力に富んでいて、リアルな人間らしい神様が描かれている。表面ばかり見ていると漢字ばっかりで大変そうと思いますが、内容に関してはいきいきとした物語になっている。『万葉集』もそうですけれど、人を思う気持ちがリアルに表現されているんですよね。文化以前の、原初的な人間そのものが描かれているというか。
――ああ、岩戸に隠れたりとか。
小川 : 裸になって出てきて笑わせたりとか。人間味があふれているんですよね。あとは、語源を調べるのが楽しかった。「あ」「い」「う」というのも、今は普通にさらっと使っているけれど、例えば「あ」は「嗚呼」の「あ」、「あはれ」の「あ」である、とか。そういうことを知ると、言葉の奥にあるもの、種みたいなものを知ることができる。すごく感覚的ですけれど、だからこそ面白かった。
――では読書生活といいますと...。
小川 : 研究に関わってくる解釈の本を読む時間が多かったですね。でも、当時研究したことで、今の生活に残っているものがあるかというと、消えているような...(笑)。ただ、言葉のひとつひとつに意味とか語源があって、色のような、匂いのようなものがあるということが感覚として感じられる。音ひとつとっても、攻撃的な響き、包容力のある響きがある......ということが感じられるというか。
――それは得難い感覚だと思います。ところでその頃はご自身で実際に物語を書こうとはされなかったんですか。
小川 : 自分では書かなかったですね。将来的には書きたいと思っていましたが、その前にいろいろ自分の目で見たり感じたりする時間を持つことが大事だなと思っていました。