第108回:乾ルカさん

作家の読書道 第108回:乾ルカさん

今年は単行本を3冊も上梓し、『あの日にかえりたい』が直木賞の候補にもなった乾ルカさん。グロテスクな描写がありながらも、ユーモアや哀しみを潜ませて、最後にはぐっと心に迫る着地点を描き出すその筆力の源はどこに…。と思ったら、敬愛する漫画があったりゲーマーだったりと、意外な面がたっぷり。大好きな作品についてとともに、作家デビューするまでの道のりも語ってくださいました。

その6「不思議要素に解決のキーを借りる」 (6/6)

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――単行本デビュー作となる『夏光』のオビに「"恐怖(ホラー)の女王"降臨!」とあったと思うのですが、ご自身でホラーということは意識されていますか。

:日本ホラー大賞に応募するときは、それなりに何か怖い要素はないと駄目じゃないかとは思っていました。でも「夏光」は怖がらせてやろうというよりは、話のメインは男の子同士の友情のつもりだったんです。それにハッピーエンドのつもりだったんですね。後で最終候補を決める会議の様子を小耳に挟んだときに、救いのないラストで悲しくなったという意見があったと知って、ああ自分は救いがあるつもりだったのに読む方によって違うのかと思ってしょんぼりしました。

――ああー。男の子2人の絆を思うか、原爆のことを思うかで印象が変わるような...。しかしどの作品も、恐怖とはいわなくとも、超常的な、不思議な要素は入っていますよね。

:いれないと書けないと思うんです。現実の縛りの中でちゃんとオチをつけられなくて、ちょっと変わった不思議なところに解決のキーを借りるところがあって。ああ、でも筒井さんの短編でも不思議なものや不条理なものが多いですよね。「走る取的」はすごく怖かったし、「薬菜飯店」が大好きなんですが、あれも食べ物は美味しそうだけれど食後の描写はグロテスクで、いろんな要素の入った『ジャズ小説』もすごく好きでしたし。

――乾さんの作品には心地いい読後感があります。『メグル』は不思議なアルバイトの話で、最終章がぐっとくる。『あの日にかえりたい』はどれもジンとくる話ですよね。『プロメテウスの涙』も設定は怖かったけれど、解決されるし。

:基本的にハッピーエンドにしたいとは思っています。どこかに救いを残して終わりたいですね。『あの日にかえりたい』は、最初に書いた短編がタイムスリップものだったので、将来単行本にすることを考えて、全部その要素をいれようという注文を受けて書いたものです。『メグル』は自由に書いてよかったので、こちらのほうが私の"素"なのかもしれません。

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――そして長編2作目となる最新作『密姫村』は、山奥の村の秘密が暴かれていく話になっています。不思議な力を持った女性が住んでいるんですよね。しかも実は長い年月にわたる話になっていて、読み応えがあります。

:これは最初、病気をなんでも治してくれる存在があればいいなと思ったんです。何年か前に父が倒れたときに、私は運転免許は持っているけれどペーパーだし、何もできないなと、おのれの無力さを痛感して。それで、なんでも病気を治せる力があれば......と思ったのが出発点です。

――その思いが、あんな不気味な姿で描かれるとは。病気を治癒するときの描写がグロテスクですよ!でも蜜姫は部外者から見ると恐ろしい存在でしかないけれど、村人からすると病を治してくれるありがたい女でもあるんですよね。

:人の病気を吸い取るのであるからには、美しいままではいられないだろう、と。代償として異形なものになるんじゃないかなと思っていました。ただ、彼女には彼女なりの正義、信念があってやっている、という風に書きたいとは思っていました。はたから見ればひどい女かもしれませんが、一方では誰かを助けている。彼女のぶれない信念があるからこそ、巻き込まれた人の目にはひどい女王様に映るのかもしれません。

――今年は本も3冊刊行されて、『あの日にかえりたい』が直木賞の候補にもなりましたね。

:国勢調査のときに「著述業」と記載してもいいのかな、という...。

――とっくにいいと思いますよ!

:今も作家というのは恥ずかしいような気持ちになるんです。今年の国勢調査でも「著述業」と書いてわー、恥ずかしい!!って(笑)。でも3冊出させていただいたので、言ってもいいのかなと思えるようになりました。

――今、1日のサイクルはどのようになっているのですか。

:普通に働いている方のように朝起きて、10時から昼ごはんをはさんで書いて、夕食を終えてから残業という、サラリーマンみたいな感じでやっています。でもプロ野球とか、この間のチリの救出作業のようなニュースがあると、そちらに気をとられてしまいますが(笑)。夜更かしをしない、規則正しい生活を送るように心がけています。

――最近、何か面白い本はありましたか。

:今年、箱根駅伝を見て、三浦しをんさんの『風が強く吹いている』を読んだんです。最近は小説から遠ざかっていたんですけれど、これは圧倒的に面白くて、久々に読書っていいなと思わせてくれた1冊ですね。駅伝も大好きになって、中継があると思わず見てしまいますね。

――やっぱりスポーツ小説、切磋琢磨して何かを得るという話がお好きなんですね。ご自身でも書いてみようとは思いませんか。

:青春ものを書いてみたいという気持ちはあります。

――では最後に、今後の刊行予定は教えてください。

:先日『夏光』が文庫で刊行されたばかりです。来年には『小説すばる』で連載していたものが単行本になると思います。これは女の子同士の友情物語で、いろんな人の視点で書いた連作。これも傷を治せる女の子が出てくるんですが、その力の正体は......。 来年1月に出る予定とうかがっております。

(了)