作家の読書道 第110回:蜂谷涼さん
小説の執筆はもちろん、地元の北海道は小樽を中心にテレビやラジオでも活躍中の蜂谷涼さん。08年に『てけれっつのぱ』が舞台化され文化庁芸術祭賞演劇部門の大賞を受賞するなど、その作品にも注目が集まる気鋭の読書道は、お父さんの意外な教育方針のお話から始まります。
その3「シナリオ講座に通う」 (3/5)
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――東京に住んでいた頃もあったそうですか。
蜂谷:20代半ばに東京に来ました。それまで会社に勤めていたんですが、当時の夫が東京に転勤になりまして。その頃は子供のいない夫婦がバラバラに住むという風潮もなくて、仕事は楽しかったのに会社を辞めなければならなくて。でも引っ越してからもヒマなので働きたくて、いろいろやりましたよ。朝霞の本屋さんでバイトをしていたこともありましたよ。木曜日の『少年ジャンプ』の発売日にはいちいちレジを開かなくてもいいように必ず片手に釣銭を持っていましたね(笑)。重労働だけど楽しかった。その傍ら、手に職をつけようと新藤兼人監督が代表を務めているシナリオ講座に通ったんです。それならば夫がまた転勤になってどこかへ越しても、紙と鉛筆さえあればできる仕事だと思って。『風と共に去りぬ』を観てからずっと映画は好きでしたし、以前の会社が、倉本聡さんが北海道でドラマの撮影をやっていたときにロケ地協力してたりしていて、映画やドラマには興味があったんです。そこで火曜サスペンス劇場の企画などをやらせてもらっているうちに、コピーを書く仕事の依頼がきて、いろんな企業の方ととっても楽しく仕事をしました。今から考えたら天国のようなギャラでしたね。
――シナリオ講座で学んだことって、後々に生かされているのでは。
蜂谷:1年間通いましたが、楽しかったですね。「君には雨降りの日はないのか」って言われたりして。いつも晴れた日ばかりではなく、登場人物の心情に仮託して雨や雪のシーンを入れたほうが効果があるよ、という意味です。映画『幕末太陽伝』やドラマ『若者たち』の脚本を手がけた山内久さんという松竹の方が講師でいらしたんですが、江戸弁の方で「ぞろっぺいなこと書くんじゃない」って言うんですよ。その時は意味が分からず、怒られていることしか理解できませんでした。「ずるずると着物をひきずるようなしまりのないものを書くな」ということだったそうです。
――小説を書くきっかけは何かあったのですか。
蜂谷:シナリオ修業していた頃、ドキュメンタリードラマの企画を小説仕立てにして書いたんです。それを山内先生に見せたら「僕の友達の橋田壽賀子が選考委員をやっているカネボウヒューマンドキュメンタリーに出してみたらどうか」と言われて一般応募してみたら、最終選考まで残ったんです。頭はもう賞金の1000万円で何を買おう、となりましたが(笑)、蓋をあけたら佳作で賞金は10万円でした。その下読みをしていた有名な編集者の方が、「君は小説を書いてみなさい」とすごく熱心に勧めてくださって、それが運のツキでしたね(笑)。書いて新人賞に出してみたら『文學界』で最終選考に残ったんです。その最中に札幌に夫が転勤になったりしたんですが、まあ最終選考は落ちちゃったんです。そうしたら先の編集者の方が「『小説新潮』に出したらどうか」と言ってくださって。それと同時に「せっかく故郷の小樽の近くに戻ったんだから、小樽の話を書いたらどうか」と言われて、なら小樽が華やかだった大正の頃を書こうかなと、それではじめて、30歳くらいになってから歴史の勉強をはじめたんです。それもまた最終には残ったんですけれど受賞には至りませんでした。選考委員の井上ひさし先生が「君は長編向きだからコツコツ書きなさい」とおっしゃってくださって、北方謙三先生も「僕も風呂敷に包んだ原稿を持って神楽坂を上ったから、君も頑張って」って。それならちょっとやってみようかしらと思ったんです。
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――その後、その時の応募作を改稿した『煌浪の岸』が刊行されたわけですね。
蜂谷:『煌浪の岸』を書いた時にはじめて小樽の明治、大正の頃を調べたわけですが、その後も、書こうと思ってから調べはじめるという泥縄方式です。その前に書いていた習作や『文學界』に応募したのは現代ものだったんです。ただ、時代もののほうが、純愛なども書きやすいんですよね。今の時代だと嘘っぽくなるけれど、枷がある時代だと気持ちが燃え上がっても不思議じゃない。それで、違う時代を舞台に書くことが好きになっていったんです。
――調べる作業も大変なのでは。
蜂谷:血管が切れそうになります(笑)。でも調べることは嫌いではないんです。例えば蘭方医学のことが知りたかったら関連する本も読みますし、知り合いにお医者さんがいたら教えてもらいに行く。