第159回:碧野圭さん

作家の読書道 第159回:碧野圭さん

ロングセラーとなっている『書店ガール』シリーズが原作のドラマ『戦う!書店ガール』がスタートしたばかりの碧野圭さん。幼稚園の頃から絵本より文字の本を好んで読んでいたという碧野さんが愛読してきた本とは? ライター、編集者としても活躍していた碧野さんが作家になったきっかけとは? 書店にまつわるエピソードももりだくさんの読書道となりました。

その2「図書館まわりをした高校時代」 (2/6)

  • エースをねらえ!  文庫版 コミック 全10巻完結セット (化粧ケース入り) (ホーム社漫画文庫)
  • 『エースをねらえ! 文庫版 コミック 全10巻完結セット (化粧ケース入り) (ホーム社漫画文庫)』
    山本 鈴美香
    集英社
    6,685円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    LawsonHMV
    honto
  • 火星のプリンセス―合本版・火星シリーズ〈第1集〉 (創元SF文庫)
  • 『火星のプリンセス―合本版・火星シリーズ〈第1集〉 (創元SF文庫)』
    エドガー・ライス バローズ
    東京創元社
    1,944円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    LawsonHMV
    honto
  • 新版 指輪物語〈1〉旅の仲間 上1 (評論社文庫)
  • 『新版 指輪物語〈1〉旅の仲間 上1 (評論社文庫)』
    J.R.R. トールキン
    評論社
    756円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    LawsonHMV
    honto
  • どくとるマンボウ航海記 (新潮文庫)
  • 『どくとるマンボウ航海記 (新潮文庫)』
    北 杜夫
    新潮社
    464円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    LawsonHMV
    honto
  • アルキメデスは手を汚さない (講談社文庫)
  • 『アルキメデスは手を汚さない (講談社文庫)』
    小峰 元
    講談社
    637円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    LawsonHMV
    honto
  • エデンの東 新訳版 (1)  (ハヤカワepi文庫)
  • 『エデンの東 新訳版 (1) (ハヤカワepi文庫)』
    ジョン・スタインベック
    早川書房
    907円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    LawsonHMV
    honto

――中学生時代はいかがでしたか。

碧野:中学時代は私の唯一の体育会系の時代で、テニス部に入ったんです。『スマッシュを決めろ!』や『エースをねらえ!』の影響ですね。なので本を読む時間は減りました。それと、なぜか知らないけれど、文庫は大人が読むものだと思い込んでいて、最初の頃は文庫を読んでいなかったんです。で、児童文学はもうなんとなく違うし、かといって大人のものは読んじゃいけないから、読むものがない、と思っていたんです。でもある時友達が文庫を読んでいるのを見て、「あ、読んでもいいんだ」と気づいて。
それで最初に読んだのは『火星のプリンセス』シリーズでした。中学校の時、友達3人で大学生に数学と英語を教わっていて、その人が持っていたんです。「もう要らない」と言うのでもらったのがそのシリーズでした。その方には『指輪物語』も教えていただきました。だからほとんど初版で『指輪物語』を持っていたことがちょっと自慢です。他には「狐狸庵先生」の本や『どくとるマンボウ』は私たち世代の子どもはみんな通りました。星新一も読んだし、栗本薫の『ぼくらの時代』、小峰元の『アルキメデスは手を汚さない』、あとはクリスティやクイーンといった類のミステリを読み始めていたかな。中島河太郎さんが子どものためのミステリ入門書を書いていらして、それも読みました。

――読んでいないという中学生の時期でもいろいろお読みになっていると思いますが、高校時代はまた読書量が増えたのですか。

碧野:高校でもテニス部に入ろうと決めていたんですが、入った学校に硬式テニス部がなくてテンションが下がり、軟式に入ったら無茶苦茶厳しい部だったんです。新入生が大量に入って大量に辞める部活で、友達が辞めると言った時に私もつられて辞めて、やることがなくなっちゃったんです。新聞部や文芸部があればそこに入っていたかもしれませんが、その学校は文芸系に弱い学校でした。で、他にやることもなく、友達とガールズバンドを結成しました。その頃はロックにハマっていたんです。でもバンドの活動も毎日というわけではないので、結局は図書館通いをしていました。名古屋の天白図書館、熱田図書館、瑞穂図書館の3つの図書カードを持ってぐるぐる回っていました。
その頃に集中的に日本文学を読み始めたんです。というのは、申し上げたように「外国の本が面白い」と思っていたものですから日本文学は避けていたんですけれども、ある日クラスで男の子2人が漱石だったか何だか、日本文学の話をしていたんです。自分がそれを読んでいないことが、ちょっとショックだったんですよね。「本をよく読む自分」というアイデンティティがあったから。それで日本文学を読んでみようと思ったことがひとつ。もうひとつは、少し自分の感受性の幅を広げたい、みたいなことを思って。

――高校生で、そんなことを考えたんですか。

碧野:というのも、『ニューミュージック・マガジン』というロック雑誌に、何かの文章で映画の『サウンド・オブ・ミュージック』がけなされていたんです。「アメリカ帝国主義のプロパガンダ」みたいな感じで。それにショックを受けました。というのもクアラルンプールにいた頃にはじめて観た映画がこれで、すごく好きで、サウンドトラックも3枚も擦り切れるほど聴いた思い出の作品だったんです。しかも大ヒットした映画なのに、こういう風に批判する人がいるんだということにショックを受けました。ちょうどその頃、ジョン・レノンの『ビートルズ革命』(後に「回想するジョン・レノン」に改題)という本を読んだら、解散直後のインタビューでポール・マッカートニーの悪口を延々語っていて、これもショックでした。まだお子様だったから「バンドはみんな仲良し」くらいに思っていたんです。そうじゃないと知って、すごく動揺するものがありました。要するに自分の価値観が揺らいだんですね。それで、動揺しないためにいろんなことを知らなければいけないというか、自分の好きなものを好きだってちゃんと言える自分でありたいって思ったんです。それでもっといろんなことを知ろう、今まで読んでなかったタイプの本も読んでみよう、と決めたたんです。

――どのようにして読む日本文学を選んでいったのですか。

碧野:でも、そんな調子でしたから、何から読んだらいいのか分からない。読書仲間もいませんでしたし。それで学校の教科書の『日本文学史』を出してきて、近現代の中からちょっと面白そうなものを読む、ということを始めたんです。それが高校1年から2年にかけての時期。それで森鴎外、夏目漱石、太宰治、田山花袋、島崎藤村、三島由紀夫、谷崎潤一郎、大江健三郎などを読みました。巻末に芥川賞や直木賞のリストもあるので、そこからも選んだりして。その中では有吉佐和子とか庄司薫の「赤ずきんちゃんシリーズ」は面白かったですけど。
読んだあげく思ったのが「やっぱり自分には合わない」。というのは、その頃親が買ってくれた大人向けの世界文学全集でスタインベックの『怒りの葡萄』やロマン・ロランの『魅せられたる魂』、トルストイ『アンナ・カレーニナ』、パール・バックの『大地』なんかを読んでいたんです。「それに比べたら日本のって、小っちゃいな」って思ってしまって(笑)。個人の悲劇を描いても、それが民族全体の悲劇に繋がるというようなスケール感がない。大きさを感じたのは漱石と大江健三郎さんくらいでした......すごく生意気なことを言っていますけれど。それで文学史のものを読むのはだんだんやめて、シフトしていったのがアメリカ文学でした。
カポーティの『遠い声遠い部屋』や『カメレオンの音楽』『ティファニーで朝食を』なんかを読んで、「文章がすごく格好いいな」と思いましたね。『冷血』はノンフィクションなので辛くて読めないんですけれども、それ以外のカポーティは大好きでした。スタインベックの『怒りの葡萄』『エデンの東』も好きで、一番好きだったのは、ウィリアム・フォークナー。『八月の光』や『響きと怒り』などで南部のどうしようもない悲劇を読んだ時には「これってブルース・スプリングスティーンの音楽じゃん」と思って、ハマりましたね。『響きと怒り』の知的障害を持つ子どもの一人称の部分も、脈絡がないけれどそれがすごく気持ちよかったりして。そういえば、同じ頃読んだジョーゼフ・ヘラ―の「キャッチ22」も時系列がめちゃくちゃなんだけど、妙に好きだったな。当時はそういうものに惹かれるような感覚だったのかもしれません。

エンタメでは歴史小説も高校生時代によく読みました。司馬遼太郎さんはもちろんですが、世界名作文学全集のなかでも大好きだった「三銃士」シリーズを、講談社の鈴木力衛の名訳で読んで、子ども版のものとの違いにびっくりしたんです。ストーリーも改ざんされていたと分かりました。主人公のダルタニャンがミレディーという女の人に恨みを買うエピソードがあって。鈴木訳を読んで、そりゃ恨まれるだろうお前、みたいに思いましたね。要はダルタニャンがミレディーのことを気に入って、ものにするためにミレディーを騙すんですよね。しかも一晩をともにしたらどうでもよくなっちゃって「実はあれは嘘だ」と言う。そりゃあ恨みを買いますよね(笑)。
それに「三銃士」というとみんな仲良しかと思いきや、主人公のダルタニャンはすごく冷静に三銃士たちのことを見ているんです。アドスは高潔だけど酒癖が悪い、ポルトスはお人よしだけれど馬鹿、アラミスは何を考えているか分からない女好き、という感じで。客観的に分析して、彼らのどこを利用してやろうかということも考えている。それでも「何かあったらこいつのために死ねる」という姿勢なんですよ。日本人のメンタルだと「仲良しだったら全面肯定」となると思うので、「外国人のメンタルって違うんだな」と思いました。ちょうどその頃、まだ無名だった塩野七生さんの『ルネサンスの女たち』を読んだんです。図書館で偶然見つけたんですが、これがすごく面白くて。イタリア人のメンタルをちゃんと書ける人なんだなと思いました。その後『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』などを読んで、すっかり好きになりました。それでまあ、大学の専攻は西洋中世史にしたんです。卒論は「マキャベリと演劇」でした。
高校時代ではもうひとつ、『創元推理コーナー』が好きでした。創元推理文庫の目録なんですが、ちょっとした読み物がついていて、「必読ミステリベストテン」とか「必読SFベストテン」といった記事が好きでした。そこで紹介されていた「ネロ・ウルフ」のシリーズやヴァン・ダイン、クイーンの『Yの悲劇』などを読みました。SFもそこで紹介されていた海外ものを少し読んでいたんですけれども、本当はその時期って日本のSFの全盛期で、小松左京とかが出てきて盛り上がっていたんです。読書仲間のいなかった私はまったくそのことに気づいていませんでした。
ところで、『創元推理コーナー』で気になっているのは、デュマの『王妃の首飾り』という、『ある医師の回想』という四部作の一部が文庫で出ていて、「いずれは他の作品も出したい」みたいなことが書かれていたのに、まだ出ていないということです。いつ出るのか、心待ちにしています(笑)。

――高校時代は図書館に通い、書店にもよく行っていたのですか。

碧野:お金がなかったのであまり書店では買っていなかったんですが、高校の近所の本屋は全部チェックしていました。当時は小さな本屋ばかりだったんです。名古屋の書店事情といったら、欲しい本があったら近所3軒を探して、他に丸善を探してなければないなという感覚でした。フォークナーやスタインベックとかがあったのは、今考えると新潮文庫のセット売りが置かれていたからだと思います。だからアメリカ文学などは文学史を読んだわけでもないのに、妙に教科書的な趣味になっているのかもしれない(笑)。

  • チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫)
  • 『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫)』
    塩野 七生
    新潮社
    680円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    LawsonHMV
    honto
  • Yの悲劇 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『Yの悲劇 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    エラリイ クイーン,宇野 利泰
    早川書房
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    LawsonHMV
    honto

» その3「東京の書店にショックを受ける」へ