第170回:木内昇さん

作家の読書道 第170回:木内昇さん

移ろいゆく時代のなかで生きる個々人の姿をと細やかに描きだし、深い余韻を与える作品を発表している木内昇さん。2011年には『漂砂のうたう』で直木賞、2014年には『櫛挽道守』で中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、親鸞賞を受賞。誰もが認める実力の持ち主は、少女時代はスポーツ三昧、編集者時代もまったく作家を志望していなかったのだとか。では、どんな本に導かれ、どのような経緯でこの道に進むことになったのでしょう?

その2「歴史小説との出会いとハードな部活」 (2/8)

  • 国盗り物語〈1〉斎藤道三〈前編〉 (新潮文庫)
  • 『国盗り物語〈1〉斎藤道三〈前編〉 (新潮文庫)』
    司馬 遼太郎
    新潮社
    810円(税込)
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  • ドカベン (1) (少年チャンピオン・コミックス)
  • 『ドカベン (1) (少年チャンピオン・コミックス)』
    水島 新司
    秋田書店
    453円(税込)
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  • 銀河鉄道999 (1) (少年画報社文庫)
  • 『銀河鉄道999 (1) (少年画報社文庫)』
    松本 零士
    少年画報社
    637円(税込)
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――図書館で借りて読んだ歴史ものは、どのあたりでしょうか。

木内:とにかく片っ端から読んでいました。当時は真田十勇士にはまっていました。というのも小学校4年生の頃に「黄金の日日」という大河ドラマがあったんです。城山三郎の原作で、呂宋助左衛門という商人が主人公です。その時に石川五右衛門を演じたのが根津甚八だったんですね。それがめちゃめちゃ格好よくて。クラスメイトが男性アイドルに夢中になっているさなか、私は缶ペンケースの裏に根津甚八って彫ってたくらい好きだったんです(笑)。そうしたら真田十勇士に根津甚八という人物がいる。そこから真田十勇士にまつわるものを読んだりして。ミーハーなきっかけですけど(笑)。  大河ドラマもよく見ていたので、なんとなく歴史には詳しくなっていきました。子供の視点ですから、大きな時代の流れを汲むというよりも、「草燃ゆる」を見て、食事のシーンはみな椀からすするようにして食べているから、鎌倉時代はご飯じゃなくてお米を延ばしたおかゆのようなものを食べていたんだろうな、とか、変なところを見ているんですよね。政治的な攻防が分からないが故にそういう細かいところに気付いて、それが面白くて。それでいろんな歴史や人物に興味を持つようになりました。

――中学生になってからも歴史ものをよく読まれたのですか。

木内:司馬遼太郎は中学生になってから読み始めたのかな。小説内に「余談だが」と解説が入るので、分かりやすくて勉強になったんです。『風塵の門』とか『梟の城』といった忍者系のものを読んで、その後『国取り物語』を読みました。図書館に揃っていたので、借りやすかったというのも大きいですね。当時はそんなにお小遣いもなかったですから自分では本が買えなくて。ただ、中学の頃は部活が厳しかったんで、授業中にちょっと読んだりするくらいでした。

――部活は何を。

木内:なんと、卓球です。入りたかったソフトボール部もバスケ部もない学校だったんです。そうしたら親が「いずれ就職して社員旅行で温泉に行った時に、卓球ができたらいいんじゃないか」と言ったんですよ(笑)。親の世代ってそういう社員旅行をしていたから。それで気楽な感じで卓球部に入ったんですけれど、普通の公立ながらその頃7年連続で全国大会に行っているような学校で、卓球部に入るために越境して通ってくる生徒もいたんです。で、私、部長になったんですけれど、自分が試合している時に1年生が喋っていたということで殴られたりしていました。

――えっ、顧問の先生に、ですか。

木内:はい。今、体罰は絶対駄目になっていて、羨ましい限りですが、当時は鼻血が出るまで殴られたりしていましたね。ラケットでも殴られたりしたから、今だったら大問題です。顧問の先生は国語の教師でしたが、先生と話す時はいかなる場合も跪かなくてはいけなかったし、廊下のはるか先にいても姿を見かけたら「おはようございます」「おはようございます」「おはようございます」って3回言わなきゃいけなかった。
毎日7時まで体育館で練習があって、試験前の1週間くらいは休みなんですが、他は盆も暮れも関係なく練習でした。辞めていく部員がほとんどでしたが、私はここで辞めたら辞め癖がつくと思って、意地で辞めませんでした。でも、将来温泉に社員旅行へ行く予定もないのに、なんでここまでして続けているのか、と自分でも疑問でしたけど(笑)。

――小学生の頃から冷めたところのあった木内さんは、そういう先生を見てどう思っていたのでしょうか。

木内:大人といっても一概に立派とは限らないんだな、と。そんなこと言ったらいけないのかもしれないですが。例えば遠征試合に行っても変な負け方をすると、「お前帰れ」と言って千円札を投げられるんです。その場合、「いさせてください」と頭を下げるのが、部員のとるべき行動だったんですね。ただ私はそれも面倒で、お札を取ってさっさと帰ってしまったんです。途中でジュースも買って、お釣も使い切って(笑)。それがまた保護者の間で問題になってしまうんです。越境で来ていて、卓球で生きていこうという部員もいましたから、なんで先生の機嫌を損ねるようなことするんだ、って。とにかく部長なんだから大人しくしていろ、って。

――なんという中学生時代を...。でも、そんな目にあったら、大人や世の中というものに対して卑屈になってしまいませんでしたか。

木内:卑屈になるようなことはなかったですね。今にして思えば不遜なことですが、なんとなく、私はその先生より人間的に絶対に勝っているな、と当時の段階で思っていたもので(笑)。だって、自分の機嫌で殴ったり、お金を投げつけたり、悪い事をしたわけでもないのに話をするだけで跪かせたり、どう考えても中学生相手に大人がすることじゃないでしょう? 教育の一環とは到底思えなかった。もっといろいろ、ここでは言えないこともしていましたから。「私はどう転んでも、こんなひどい大人にはならないだろう」って確信があったんです。一体どんな自信なんだか(笑)。だから卑屈にはならなかったです。なんでそう思ったのかは分からないけれど。

――その頃、将来はどうなりたいと思っていましたか。

木内:野球選手への未練は断ち切りがたかったんですが、卒業文集の「将来の私」という欄には、「ハリウッド映画監督になる」と書いていましたね。その頃『ロッキー』がすごく好きだったんです。シルベスター・スタローンが出演している『勝利への脱出』という戦争をテーマにした映画も好きでした。文学的嗜好とはだいぶかけ離れていますね(笑)。中3の正月にはやはりスタローン主演の『ランボー』が公開されたんです。その頃はビデオもDVDもないから、映画館で観なきゃ観られないんですよ。「どうしても観に行きたい」と母親にお願いしたら、受験間近だったので「それどころじゃないでしょ」と怒られて。それを、三者面談の時に母親が担任の先生に「受験間近の正月に映画を観たいって言うんです」って告げ口したら、先生が「それは絶対駄目だ」って。「正月は映画館が混むで~」って言ったんですよ(笑)。それで、うちの母親は諦めて観に行かせてくれました。
ただ、映画監督になりたいと本気で思っていたかというと、そんなでもなくて。なんとなく、何か作りたいって思っていたのかもしれません。

――それにしても、ワイルドな映画が好きだったんですね。

木内:そうそう、そうなんですよね。小学校の頃から、少女漫画も読まずに『ドカベン』とか『銀河鉄道999』とかを読んでいて。「999」には結構影響を受けているんです。

――どういう部分が、ですか。

木内:主人公の星野鉄郎って、正義の人なんですよ。自分で正義だと思ったことを行動に移す人なんだけれど、いろんな星に行くと、星によってさまざまな価値観がある。鉄郎がよかれと思って貫いた正義が仇になることが結構あったんです。自分がいいと思っていることが全員にとって正しいわけではないってことを、毎回知らされるんですよね。きちんと筋を通して行動したつもりのことが、人の価値観や人生を阻むことにもなりうる。清く正しくなんて、そんな簡単なものじゃないんだなってことを、「999」に学びました。いろんな人がいていろんなものがあって、それを良しとしていかなきゃいけないという意識を、自分の中に持っていないといけないんだなって、読みながらものすごく考えましたね。すごく影響を受けたので、大人になってから無理矢理、松本零士さんに取材に行きましたもん。あれは贅沢な時間でした。

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