作家の読書道 第170回:木内昇さん
移ろいゆく時代のなかで生きる個々人の姿をと細やかに描きだし、深い余韻を与える作品を発表している木内昇さん。2011年には『漂砂のうたう』で直木賞、2014年には『櫛挽道守』で中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、親鸞賞を受賞。誰もが認める実力の持ち主は、少女時代はスポーツ三昧、編集者時代もまったく作家を志望していなかったのだとか。では、どんな本に導かれ、どのような経緯でこの道に進むことになったのでしょう?
その7「不機嫌な直木賞受賞者」 (7/8)
――まだ初期なのに『漂砂のうたう』で直木賞を受賞されたわけです。
木内:『茗荷谷の猫』の次の、4作目だったんですよね。そもそも自分が本を人から勧められるのが苦手なので、それまで「直木賞受賞作だから読まなきゃ」ということもありませんでした。なので候補になったと言われても取り立てて感動はなく、その態度に周囲の人たちはイラッとしていたようです(笑)。
日本文学振興会から候補になったという電話がかかってきた時も「誰にも言わないでください」と言われたから、本当に誰にも言わなかったんです。真っ先に伝えるべき『漂砂のうたう』の担当編集者にも言っちゃいけないのかな、と思い込んで、いつもと同じように仕事をしていたもので、つくづく申し訳ないことをしました。
直木賞回りのことは、私の性には合ってなかったみたいです。作品ではなく人となりみたいなことばかり取り上げられるのも嫌だったし、とにかく人から注目されるのが苦手なので、かなり不機嫌でした。『漂砂のうたう』の編集者は、『櫛挽道守』も担当してくださった、とても信頼している方なんですけれど、彼女にはずいぶん迷惑をかけました。候補段階から、「あれも嫌です、これも嫌です」ばっかりで。でもまぁ、絶対に受賞しないだろうから発表までの我慢だと思っていたら「受賞です」となって、もう「ああー」となって。
――なんと。直木賞史上いちばんローテンションな受賞者だったのではないかと...。
木内:受賞してこんなに落ち込んでいる人は史上初だと言われました。いや、落ち込んではいないんですよ。ただ、キャラ・ショーみたいな盛り上げ方がどうにも......。どうか、小説そのものについて突っ込んで報道してください、という気分でいっぱいでした。
――でも、小説を書くことは楽しかったですか。
木内:それはすごく楽しかったですね。やっと、多少は自分の思い通りに書けるようになったなあと感じたのが『漂砂のうたう』だったんです。こういうふうに書くとこういうふうになってこうなるのか、ということが分かってきた。この小説にはいろんな要素を入れ込んでいます。遊郭の状況や、落語や、西南戦争や、武家が零落していくという時代の変遷など。それらをどうやって自然に見せていくかを考える楽しみがありました。ちょっと鬱々とした物語だし、「主人公はなにも変わらなかった」と読まれてしまうこともあって、必ずしも多くの読者に受け入れられる内容ではなかったと思います。でも読者などからの批判も含めて、「なるほど」「確かにそうだな」と、案外平静に受け止められるというか、一意見として聞けるほうなので、それに対して残念に思う事はあっても、嫌な思いをすることはまずないですね。
――それでいいと思います。惑わされないんですね。
木内:私のような作者にとって、賞の最大の魅力って、なにより選評が読めることなんですよ。私はそれまでほとんど他の作家の方の作品に対する選評を読んだことがなかったんです。ただ、受賞した時に『オール讀物』に載った自分の小説への選評を読んで、評価も批判もあるのだけれど、これが本当に勉強になったんです。実作者による選評なので、こちらがどんな風に書いていったかはっきり見通した上で意見を言っていただけるし、反対にその方の小説観を感じられる貴重な機会でもあります。
部活の話に戻ってしまいますが、自分のフォームについて周りの先輩や指導者からいろんなアドバイスをいただくんですね。内容は銘々違うし、投げ方ひとつにもいろんな意見があるのですが、それらを糧にしながら、最終的には自分にとって一番いいフォームを自分で作っていくんです。バッティングにしても何にしても、自分の体格や力量に合わせて工夫していく必要があります。その過程がとても面白いんですね。だから、自分の小説について書かれた選評が読めるというのはありがたいことだと思います。
――ちなみに昨年、『櫛挽道守』で中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、親鸞賞という3賞を受賞していますが、それもすごく嫌だったんですか。3回も人前に出ていかなきゃいけなかったという。
木内:このときも授賞式でうまくしゃべることもできず......。きっと担当編集者のデスノートには、私の名前が何度も書かれていると思います。
――あれは櫛職人の女性の姿を描いたとてもいい作品でした。いいもの書いてしまったからしょうがないですよ(笑)。
木内:いえいえ、そんなことないんですけれど。