年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班

桑島 まさきの<<書評>>


黄金旅風
黄金旅風
【小学館】
飯島和一
定価 1,995円(税込)
2004/4
ISBN-4093861323
評価:A
 馴染みのない固有名詞や登場人物の多さ、長ったらしい名前…。時代小説が苦手な人には読み辛いだろう。しかも長篇。が、裾野の広がった壮大な物語性、史実に基づいた事実の重みが作品に彩りを添えた重厚な作品だ。
 かつて長崎は海外貿易都市として注目され、貿易家と組んで私腹を肥やしていた大名たちが沢山いた。家康、秀忠、家光と三代によって江戸幕府の土台ができあがり、やがて日本は完全に鎖国状態となるのだが、体制が変わると海外貿易で莫大な利益を得ていたことを闇に葬りたい幕閣の人々は、密かに長崎に刺客を放ち口封じに躍起になっていた。長崎の民を守り、民と法と正義のために体制に向かっていった男たちがいた…。
「金屋町の放蕩息子」とよばれた長崎代官.貿易家の末次平左衛門と「平戸町の悪童」と呼ばれた長崎内町火消組惣頭の平尾才介。二人のあだ名は芳しくない。ところが、風評や悪意による人物の評価が覆され、大事をなす人間の優れた資質が示されていく。その爽快さがたまらない。本作が他の時代小説と一線を画すのは、その「意外性」にある。

お縫い子テルミー
お縫い子テルミー
【集英社】
栗田有起
定価 1,470円(税込)
2004/2
ISBN-4087746887
評価:B
 個性的で応援したくなるヒロインだ。どこだかわからないが南の島出身、小学校にも行かず、気がついたら祖母に教わった裁縫を武器に、右手のバッグに生活道具、左手のバッグに裁縫道具をもって上京。住所不定、居候生活の16歳。「人針入魂 お縫い子テルミー」は地に足をつけて都会で生きていく。飄々としているが、テルミーは、案外苦労人。12歳で夜這いをかけられた過去を持つ。なのに少しも悲壮感はない。
 そんなテルミーがシナイちゃんという魅力的な歌手に恋をした。居候しているのにシナイちゃんは彼女を女としてみてくれない。恋するテルミーの切ない胸のうちが切切と描かれる。恋しい男からもらったクッションを“私の枕”にし、プロの仕立て屋として自立する決意をするテルミーは失恋したが不幸ではない。そもそも彼女は「不幸」の意味さえわからない。この世で起こることはすべて受け入れていくのだ。恋しい男が見上げる空は自分とつながっている空だ、と言い聞かせ。まるで童話の世界のヒロインだ。薄幸な身でも強く逞しく生きていく少女!

残虐記
残虐記
【新潮社】
桐野夏生
定価 1,470円(税込)
2004/2
ISBN-4104667013
評価:A
 人気ミステリー作家・桐野夏生は社会派作家だ。実際に起こった事件に着眼し大作「OUT」を完成させた。本作も、まだ人々の記憶に新しい新潟での少女監禁事件に着想し、突如、他人の自分勝手な思惑によって人生を中断された少女の心の傷をみつめ、その後の人生に与えた影響を力強く描く。不謹慎だと知りつつ言えば、被害者の心の問題を知りたいという欲望は、確かに我々にはある。
 それは全く痛々しい現実だ。監禁から解放され晴れて元の生活へ戻った主人公の少女が久し振りの生活や両親に覚える違和感や、人々の同情や好奇心が、いかに重圧となっていったか…被害が二次、三次と及ぶ不幸が胸を締め付けられるように伝わってくる。しかし、監禁の被害者である主人公だけでなく加害者のケンジも又、ヤタベという男によって残酷に虐げられた被害者であることが徐々に明らかになるにつれ、罪を犯す者の心の闇や、作中の言葉通り人間の〈所為〉に対する憤りや怒りまでをも描ききる作家の力量に改めて感服した。天晴! 子ども時代の心の傷の大きさについて改めて思う。

家守綺譚
家守綺譚
【新潮社】
梨木香歩
定価 1,470円(税込)
2004/1
ISBN-4104299030
評価:B
 丹念な描写と美文。日本の四季折々の情緒ある風景をあでやかな色彩感覚で描いていく。泉鏡花の幻想小説を読んでいるような心地よさだ。
 死んだ親友の実家の家番をすることになった主人公の「私」は、様々な植物の咲く和風の庭の自然を楽しみながらヒマな物書き業を送る。「私」の前に死んだ親友「高堂」が表れる。その登場の仕方はCG処理を駆使した映画の一シーンのようだ。しかし、「私」はまるで驚かない。最後までずっとこの調子なのがオカしい。主要登場人物は「私」と「高堂」、犬の「ゴロー」と「隣のおかみさん」ぐらい。この世でおこっているとは思えない話であるが、至極もっともなように読ませる。
 浮世離れした高堂屋敷という異界を「私」が彷徨している印象を受けるためか、時代設定や場所はどこなのかが不明瞭なため現実感が希薄だが、どこかおっとりして古風で静謐な風格を備えている。異界と現実の境界線が曖昧なのだ。その曖昧さはちょうど私たちが自然の神秘なる力に対して感じる畏怖の念に似ている。

やんぐとれいん
トリップ
【光文社】
角田光代
定価 1,680円(税込)
2004/2
ISBN-4334924255
評価:B
 「道を踏み外す」ことがテーマの短篇集。世にいう「人の道」に沿った生活が社会通念上好ましいマトモな生活だとすれば、道から「外れた」人は“マトモな人”ではないのか? 程度の差こそあれ本作品集の主人公たちは道を外れた生活をしたいと思ったり、実際に外れて(?)いたりする。しかし、彼らの日常は我々のそれとあまり変わりはないし、「ズレ」ている彼らの目に映る人々も又、「ズレ」ているように感じてしまう。
 表題作「トリップ」は、結婚前からLSDをやっていた夫婦の話。夫は既にやめたが妻である「私」はやめられない。結婚生活は続いているが破綻寸前。クスリに頼る「私」との生活を夫が後悔しているのではないかと瞳を探りあう毎日。父の死の苦い記憶と薬による幻覚に苛まれる主婦の張り詰めた日常が描かれるが、希望のもてる終わり方がイイ。
 この終わり方は全作に共通している。楽しいとはいえないどこか倦怠感の漂う日常を、主人公たちは客観的に見つめ受け入れていく。そして、人生は続く…そう言い聞かせるかのように、折り合いをつけながら。

食べる女
食べる女
【アクセスパブリッシング】
筒井ともみ
定価 1,470円(税込)
2004/3
ISBN-4901976087
評価:A
 料理をするのも食べるのも好きな作家なんだろうな〜。なにしろスゴイ知識なのだ。「筒井ともみ料理小説集」とも「料理エッセー」としても興味深く読める人間のプリミティブな欲望である食とセックスにまつわる小さな物語を集めた短篇集だ。人気脚本家の筒井ともみは映画「阿修羅のごとく」を手がけたが、そこでも、したたかな一面を柔和な微笑の陰に隠した女たちが、生きるエネルギーを食に求めるかのようによく食べていた。「桜下美人」に出てくる女系家族の年中行事にまつわる食べ物…揚げ餅やおはぎ…を作るシーンはついつい映画と重なってしまう。
 昔の恋に戻ろうかどうか迷っている所、腹がすき考えることをやめ玉子ご飯をシャバシャバとかきこむ女、ラーメンとセックスが切り離せない女、純愛したいと思いつつどんな素材(男)も受け入れ可能、調整(付き合い方)もシンプル、廉価(割り勘主義)のひき肉みたいな女…彼女たちの本音はストレートでよーく分る。「食」べたい「セックス」したいと思う欲求は、至極当然な自然の摂理だもんな〜。

父さんが言いたかったこと
ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね
【平凡社】
岡崎京子
定価 1,260円(税込)
2004/3
ISBN-4582832121
評価:B
 人気漫画家・岡崎京子の初の物語集。まず、製本の可愛さが目につく。さあ、これから岡崎ワールドへご招待しますよ、と言わんばかりの意味深な仕立てだ。
 これは「小説」と呼ぶべきか。自由な表現形式が許される(?)「小説」の多様性を考えさせられる。「チルチルとミチル」「赤ずきんちゃん」他、童話の世界の人々を自由自在に遊ばせかくも怖くてグロテスクな話にしたてるとは…。文章についても考えさせられる。巧い文章ではないが、ヘタな文章でもない。とことん感情的なのだ。ヒステリックに文章を並べたというのではないが、感情のいきつく所までとことん突きつめていく。
 本業は漫画家なのにここまでヤラれたら、小説家は奮起しなくてはいけないだろうな。だって、文章は小説家の武器なのだから。

トゥルー・ストーリーズ
トゥルー・ストーリーズ
【新潮社】
ポール・オースター
定価 2,100円(税込)
2004/2
ISBN-4105217089
評価:B
 現代アメリカ文学を代表する世界的作家、ポール・オースターのエッセイ。作家になるまでの超ビンボー物語を赤裸々に綴った「その日暮らし」に重点がおかれている。つまり作家の現在までの足跡を辿った“トゥルー・ストーリー”だ。本書にはオースターの人生以外の“トゥルー・ストーリー”も又、沢山登場する。「赤いノートブック」に収められたそれらは、小説の題材になる話(事実)ばかりだ。しかし、だ。それらは奇しくもオースターの前にのみ現れた物語なのだろうか? フツーの人ならばさしたる感慨もなく聞き流す恐れがあったのではないか。それらを作家は我々に聞か(読ま)せる。巧妙な語り口で。さながら奇妙な「事実」を考察するかのように。作家が魅了されている「現実の成り立ち方」は、彼の作品の核となるものだ。
 作家はさらに言う。好きな野球選手を前にして鉛筆を持っていなかった為にサインしてもらえなかった悔しさをバネにし「ポケットに鉛筆があるなら、いつの日かそれを使いたい気持ちに駆られる可能性は大いにある」と。そうやってオースターは作家になったのである。