WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年2月>岩崎智子の書評
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ポートボール大会で優勝し、大喜びする「さえ」は、十二歳。でも、大喜びする皆の中で、彼女はこんな事を考える。「悔しくて流れる自分達の涙と、嬉しくて流れる相手チームの涙は同じ味なのか?」もし同い年の子供が読んだら、あれれ、と違和感を感じるかもしれない。十二歳って、まだ目の前の勝利に酔いしれるのに精一杯で、あれこれ分析する暇などないんじゃない?と。著者デビュー作である本作は、「大人が考えて書いた子供」が、「本当に子供が考えているように見える子供」と、まだうまく同居しきれてないように見える。そうはいっても、おそらく大方の読者は大人だろうから、ささいな違和感にとらわれずとも良いかもしれない。それよりも、本書に登場する様々な出来事を、「あの頃の自分って、何を考えていたっけ」と、自らの十二歳という季節を回想するフックとして楽しんでみて欲しい。「好きなことときらいなことがはっきりと分かれて」いない現実を、しばし忘れて。第42回講談社児童文学新人賞受賞作。
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巌流島を例に挙げるまでもないが、戦いは、相手を先に見切った方が勝つ。
「面白い若者ですね。あらゆるものがふたつに割れ、あの者の内で刃を交えている。」
こう評されたのは、奈良時代、蝦夷反乱軍のリーダーとして大和朝廷と対峙する阿弖流為。
評したのは大和朝廷側の征夷大将軍、坂上田村麻呂。だが、初対面にして、田村麻呂は阿弖流為を見切っている。後に激闘を繰り広げることになる二人の、いや、大和朝廷と蝦夷の勝敗は、もうこの時に決まっていたのだ。
しかし彼等は、本書の中ではまだ総大将ではない。朝廷と蝦夷が危うい均衡を保っていたこの頃に、勝敗の行方を握っていたのは別の男だ。阿弖流為の父、呰麻呂である。
彼は、端正で線の細い阿弖流為に比べて、風貌も生き方もワイルド。
禄を与える者の支配を受けながら、自らの誇りを持ち続け、部下達には慕われる。
「秩序や情実にとらわれず、自由に、思うままに生きたい。」
そんな願いを抱く現代の囚われびとたちよ、いざ、共に戦いの場に赴かん。
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動植物園で、二人組の男性・蜂矢と永井が「俺達はなぜモテないのか」を話し合っている。女子高生・直子が、そんな彼等の視界を通り過ぎて間もなく、警察のサイレンが聞こえてくる。直子の友人・吉川は、偶然リボルバーを手に入れ、自分の前歯を折った男を殺そうと考える。男二人のグダ話と、銃を持つ高校生。シリアスな状況とコミカルな状況が、あっさりと交錯する。そして冒頭の四人と、銃を奪われた警官・清水は、やがて同じ目的地・札幌を目指す。ならば、彼等は再び出会って、吉川の抱える心の闇を解き放つのか?そんな「いわゆるお定まり」の予想展開を、著者はあっさりした文章で、あっさりとはずしてゆく。クライマックスとエンディングも、やはりあっさりしている。「正常な人間なら、人ごみのなかで拳銃は撃てない」と清水は言う。しかし現実では、病院やプールで銃撃事件が起こっている。作品のセオリーが通用しない現実が既にあるため、あっさりした印象を持ったのかもしれない。
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まず、このタイトルを読めるか、読めないかで、読者を選ぶ作品ではないだろうか。そして帯に書かれている人物達の肩書き「虚業家/康 芳夫」「画怪人/石原 豪人」「生涯助っ人/川内 康範」「全裸芸術家/糸井 貫二」もまた、読者を選ぶ要素となろう。さて、これらに怯まず本書を手に取った読者諸君、幸いなるかな。個性豊かな、いや、個性だけでできていると言っても良い人達のインタビュー集が、貴方達を待っている。「糸井貫二 ダダの細道」に関しては、「そもそも、他人との接触を拒んでいる氏とのインタビューが成立し得るのか?」という、インタビュー以前の問題が浮上してハラハラさせる。周辺の人々に対するインタビュー、断りの葉書。やはり実現できずに終わるのかと思ったが、往復書簡が、かすかな糸をたぐり寄せる。インタビュアーの「聞きたいエゴ」、語り手の「語りたいエゴ」のぶつかり合いであるインタビュー。この回だけはインタビュアー押され気味、と見えたが皆さんは果たしてどう見るか?
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「彼女にも一緒に海に潜って、自分が感じた喜びや驚きを感じて欲しい。」
と語ったダイバーがいた。しかし人間、愛情と同じくらい大事なものがある。自分の命だ。だから、命を脅かす恐怖からは、できるだけ離れていたいのは当然である。なのに、著者は「今までずっと避けてきたからこそ生きてこれた」水に立ち向かう。本書の第一章は、著者が決心するまでの経緯、次の章からは水泳教室での日々がユーモラスに綴られる。本書が「泳げない人」「泳ぎたくない人」の視点で書かれている点が、教本として良い。なぜならば、「呼吸しようと考えないで」「泳ごうとしないで」など、「泳げる人」なら聞き流せる内容でも、その逆の立場から見れば、全てが疑問になる。その疑問を著者が咀嚼して文章化するので、非常にわかりやすいのだ。ちなみに、「泳げる人」の視点は、各章の最後に「桂コーチのつぶやき」として載っている。ある人には「当たり前」が、実はそれ以外の人にとっては「ヘンな事」になる。そんな「個々の違いを認め合う意義」なんて、全然謳いあげてもいない事をそこはかとなく感じさせる所も、本書の忘れがたい味である。
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世に出ている文章読本について、斎藤美奈子氏が物申す! 一文で内容を説明するなら、こんな処だろうか。「権威なんて、全然意味がないのに、褒めそやされてる。イマイマしい!」なんて思っている人──例えば、『文学賞メッタ斬り!』シリーズなどをよく読む方々ならば、大いに楽しめるだろう。それにしても、世に出ている文章読本がこれほどデタラメを教えているとは、驚きだ。「プロのもの書きの文章には、自分が心から『書きたい!』と思って書いたものが非常に少ない」なんて、全然不思議に思わない。なぜならば、「他社(者)に依頼された仕事を遂行する」のがプロなのは、もの書きに限らずどこの業界でも同じなのだから、「書きたいと思って書いたもの」がすんなり仕事として通用するのが稀である事なんて、わざわざ批判する必要すらない。むしろ「全人格を傾けて書いたものがめったにない」などと仕事内容を決めつける事こそ、プロに対する侮辱ではなかろうか。さてさて、こんな風に、文章読本の全てが正しい訳ではないので、「自分は文章がヘタだ」と思っている皆様は、自信回復のために、是非ご一読を。
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「金で愛は買えない(Can't Buy Me Love)」などと歌っている場合ではなさそうだ。なにしろネットオークションで、幽霊つきスーツまで売り買いされる時代なのだから。買ったのは、ロック界である程度成功した大スター、ジュード。趣味はオカルトグッズの蒐集。スーツが入っていたハートシェイプト・ボックス(原題)を開けて以来、ジュードや愛人ジョージアの周辺で怪事が起こる。そして更に、売主と幽霊に、自分との因縁があった事が判明したため、ジュードは幽霊につきまとわれながら、愛人ジョージアと旅に出る。特別な知識もない元ロックスターが、姿なき幽霊をどうやって退治するのか?愛情、それとも特別な呪術?興味津々でページを繰った。
幽霊から必死で逃れる旅を続けるうち、オキラクだった主人公が変わってゆく。オドロオドロしさを引きずらない、スピーディなホラーという印象。
ニルヴァーナのタイトルから採られたタイトル。
愛犬の名前はAC/DCのメンバーに由来したアンガスとボン、そして主人公の名前ジュード。著者のロックへの愛の欠片が、そこここに散りばめられている。
シェカール・カプール監督作品で、英国女王エリザベス一世が主人公の映画『エリザベス ゴールデン・エイジ』が2月公開となる。本作の前半はまさにその時代を描いている。映画ではローリーとエリザベスに焦点が当てられているが、本作では、ローリーと女王の女官である妻エリザベス(ベス)が主役だ。
冒険心に溢れているが、策謀には無縁で世渡り下手なローリーと、「彼が彼である事」を許し、ひたすら待ち続けた女性(原題 Lady in
Waiting)ベス。自分が「いく度も、いく度も夢の追求のために捨てられ」る事がわかっていても、彼と共に人生を歩む事を決めたベスは、実は女王に負けない器量の持ち主だったのではないかと思わせる。
映画とはまた別の視点から、イギリス黄金時代とその終焉を俯瞰できる歴史物語としてもお勧めだ。
感銘を受けた本:中島敦「山月記」小川未明「赤い蝋燭と人魚」吉川英治「三国志」
よく読む作家(一部紹介):赤川次郎、石田衣良、宇江佐真理、江國香織、大島真寿美、乙川優一郎、加納朋子、北原亜以子、北村薫、佐藤賢一、澤田ふじ子、塩野七生、平安寿子、高橋義夫、梨木香歩、乃南アサ、東野圭吾、藤沢周平、宮城谷昌光、宮本昌孝、村山由佳、諸田玲子、米原万里。外国作家:ローズマリー・サトクリフ、P・G・ウッドハウス、アリステア・マクラウド他。ベストオブベストは山田風太郎。
子供の頃全冊読破したのがクリスティと横溝正史と松本清張だったので、ミステリを好んで読む事が多かったのですが、最近は評伝やビジネス本も読むようになりました。最近はもっぱらネット書店のお世話になる事が多く、bk1を利用させて頂いてます。
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