WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年2月>島村真理の書評
評価:
子供から大人の変わり目。思春期よりも少し早くやってくる端境期に、戸惑う姿はもどかしくもほほえましい。
小6の鈴木さえが、普通だと思っていた毎日が少しずつ変わって感じられる様子がていねいに書かれている。ポートボールの試合、仲のいい友だち、好きな先生、いつもと同じはずなのに、見え方が変わる(とらえ方が変わる)ちぐはぐさから、自分自身の存在も疑ってしまう繊細さ。現実との接地点があいまいになり不安になる時、悩んだり立ち止まったりしてもがいてみるのも大切なのかもしれません。私の昔もそうだったのだろうかと思い出と重ねてみたりもして。
やがては通り過ぎていく愛しい時間を、同じ年頃の子に読んでもらいたい本です。
評価:
熊谷氏の「邂逅の森」を読んだとき、東北地方のマタギという職業の血生臭い生命の力強さを感じて、今までみたことのない土着の世界に驚かされました。そして、この「荒蝦夷」でも同じく東北。歴史から黙殺されてきた古代陸奥国と大和との勢力争いが舞台で、今度は欲望丸出しの荒々しさにぶち抜かれてしまいました。
見所は荒蝦夷のひとり、呰麻呂の生き様です。大和に帰属しつつも虎視眈々と隙をねらい、本心がまったく読めない。荒々しいというより野蛮で、背筋が凍るような狂気を持ち合わせている男。例え、残虐卑劣な行為を見せ付けられようとも目が離せないのです。
無口でおとなしいという東北人のイメージがガラリと変わりました。こういう世界もあったのかと見直し注目させる作品です。
評価:
リズム感がいい。復讐を心深くに抱く17歳の少年、拳銃を奪われ職を失った警官、そして、遊び暮らしているらしい2人の男。作者は彼らを「少年」と呼び「男」と言い、「青年」と表現し、あいまいにはぐらかしながら、4人の男たちの日常を交錯させ旅立たせる。その手際の良さに驚いた。
そして、深刻でない2人の男(新青年と蜂矢)の何気ない会話。そんな気ないのに(たぶん)漫才の掛け合いのようになっている。少々多めに配置された小気味のいい会話たちは、また、20年以上前の時代背景の違和感(大学の共通一次、血液型占い、携帯のない生活、ETのポスター、青函連絡船、ペンギン柄のビール!)を消し去り、読者を引き込む。北上する怒りと正義が迎える結末はぜひ読んで確認ください。
評価:
誰かが注目しなければ忘れ去られる人はたくさんいる。昭和のサブカルチャーの偉人たちに出会えてよかった、そう思わせるほど、インタビューされている人たち(康芳夫、石原豪人、川内康範、糸井貫二)はすごいのだ。
中でも作家・作詞家などで有名な川内康範氏のインタビューには衝撃を受けた。もろもろの騒動で、強情なおじさんと思っていた彼が、一本貫いた考えの持ち主であると知ったこと、作品に織り込まれている正義など、私の邪まな考えなどふっとばす力があった。戦争を経験し、戦後を生き抜いた彼らの「生きていくということ」の力強さ、うわべだけでない底力にホレボレする。
人は見た目ではない。まさにそれを実感できる一冊。困難を越え、直接偉人から取材をされた著者の情熱と執念にも感服した。
評価:
大人といえども出来ない事はたくさんある。水が怖い、泳げない、という人は世の中には多くいるでしょう。これは、子供の頃のトラウマから泳げない大人となった著者の水泳教室通い奮闘記だ。
苦手克服の前向きな姿勢を期待していると、驚くほどネガティブな言い訳が並べ立てられている。あ然としつつ、彼の心中告白を読み進むと、だんだんバカバカしくなってきて笑いがこみ上げてくる。時々挿入されているスイミングスクールの先生のつぶやきが、著者の思いと大きくかけ離れていて、またそれに拍車をかける。嫌ならやらなくていいのである。子どもじゃないのだから。でも、水に親しもう、泳げるようになる快感を得ようとする著者の3歩進んで2歩下がる挑戦は、やっぱり、なんでもやってみるものだなという共感と感動をくれました。
評価:
面白いを通り越して世にも恐ろしい切り口で「文章読本」をめったぎりにしている。さすがは斎藤美奈子サマ……。はじめは、実用書を新しい切り口で紹介している、既刊の書を揶揄しながらも楽しく読めるという発見なのかと思っていたら、まったく違っていました。文豪も大御所も関係なく、「文章読本」という世界に充満していた疑惑を白日の元にさらし断罪しているのだもの。名前をあげられた人たち(そして、他のこの手の本に手を染めてきた人たち)がどれだけ慌てふためいたことでしょう(巻末の書評は必見)。
しかし、彼女はただ単にかき回しているのではなく、こうなってしまった現状を学校教育の過去をたどり丁寧に指摘している。細かで確かな仕事振りに、素人でも居住まいを正して拝読しなくてはという気分にさせる。ないがしろにされてきた作文教育と「文章読本」の位置づけの考察は、「ははぁ納得しました〜」というしかない。
評価:
この本の美点は3つ。幽霊がネットで買えるという突飛さ、敵役が意志を持った力強い霊であること、もったいぶった引き伸ばしがないことです。恐怖は濃厚なのに、すっきりとした気分で楽しめます。私は詳しくないので素通りしているが、作者が力を入れているロックのテイストのおかげでもあるでしょう。
かつてのカリスマロック歌手、ジュード・コインが、「幽霊付きスーツ」をネット・オークションで落としてからの急展開は、映画さながらのスピードと迫力。しつこい幽霊も俄然健闘し、600ページという重量を感じさせないすばらしい内容です。例えれば、スピルバーグの「激突!」と「リング」、そしてスプラッタ全盛期の作品のいいとこ取りかな(ほめ言葉です)。それから、忘れないで解説まで読んでくださいね。
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