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今井 義男の<<書評>>
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青空の方法
青空の方法
【朝日新聞社】
宮沢章夫
本体 1,300円
2001/10
ISBN-4022576405
評価:AA
目まいがしそうなオーバーハングにも、手がかりになる絶好のポイントがどこかにちゃんとある。そんな所にまであるぐらいだから、ひっかかりというものはそこいら中にあるに決まっている。誰もそれと気が付かないだけなのだ。では、分かる人間がひとたび世の中を見渡せば、どのようなでこぼこを指摘してくれるのか。いや笑った笑った、最初から最後まで無理やりだこの人は。指摘するにもほどというものがあるだろうに。風邪で喉が痛いのに、えらい目に会った。この本年度最大級の問題作は、我々なら100%ノーチェックで、大脳を素通りさせてしまうようなどうでもいい事柄の中から目ざとく、ん? なんだそれは、とわざわざ一本釣りにした微細不条理物件の集大成である。意義深い仕事には学ぶべきことが多い。私は著者の警告に従って、夜口笛を吹くのを金輪際慎むつもりだ。

ささら さや
ささら さや
【幻冬舎】
加納朋子
本体 1,600円
2001/10
ISBN-4344001168
評価:C
夫に先立たれたサヤが《佐々良》という町で、悲しみから立ち直っていく姿を暖かな目線で綴った連作集である。死んだ夫が妻子を見守る趣向はなんなく受け入れられる。軽いミステリ仕立てに転居先で知り合った<三婆>がからむ場面がほのぼのとして楽しい。惜しむらくは挿話のいくつかが、いかにも作り物じみていることだ。設定が現実離れしていたとしても、エリカの行動や、義父の企てはいくらなんでも常軌を逸している。それらのためにこの作品のふわふわした持ち味がずいぶんと損なわれていると思う。ついでながら、民俗学者でも巫術者でもない若者が、霊になったとたんに憑代(よりしろ)などという非日常的な言葉を使うのも感心できない。

坊ちゃん忍者幕末見聞録
坊ちゃん忍者幕末見聞録
【中央公論新社】
奥泉光
本体 1,800円
2001/10
ISBN-4120031977
評価:A
医学を学ぶための費用と引き替えに、悪友の付き添いとして江戸へ旅立った霞流忍術十六代目横川家養子・松吉は尊皇派に身を投じるという寅太郎のわがままで急きょ、京都へ向かうことになった。この寅太郎、命がけの譲位運動とは縁遠いお調子者で、志を同じくする生真面目な平六とのコントラストが絶妙でおかしい。どうにかこうにか医者の書生に納まった松吉だが、性根の改まらぬ寅太郎に終始引きずり回される。自分が助かるためなら平気で仲間を裏切るネズミ男も顔負けの寅太郎と、とても秘術とは呼べない松吉の忍法が笑わせる。後半なんの前触れもなくいきなり爆発する悪ふざけに、どんな壮大なオチが待ち受けているのかと思いきや……。なんだったのだあれはいったい。

パートタイム・パートナー
パートタイム・パートナー
【光文社】
平安寿子
本体 1,700円
2001/10
ISBN-4334923437
評価:B
<癒し系喪黒福造>みたいなデート屋という商売の奥底には、どうも親離れできない息子、子離れできない母親の影がちらつく。二十八歳にもなって母親を《ママちゃん》と呼ぶ晶生にはそれなりのいい分もあるようなのだが、息子を溺愛し賞賛する母親に自覚はない。私が大の苦手とするタイプの親子である。でも、それがこの青年を心優しき好人物にした一因でもあるので無闇に否定もできない。優しさと軟弱、他人を受け入れることと、おもねることの違いを晶生は賢明にも知っている。だから読んでいて厭味がない。特にひどい目に会ってもめげないところ、相手のよい面だけを見ようとするところが清清しい。石田衣良の『娼年』と同種の清廉で穏やかな色調漂う作品だ。

肩ごしの恋人
肩ごしの恋人
【マガジンハウス】
唯川恵
本体 1,400円
2001/9
ISBN-4838712987
評価:AAA
結婚に及び腰の萌と、結婚を何度でも繰り返するり子。二人は幼稚園以来の腐れ縁だ。るり子には生まれついての武器が二つある。類稀な美貌とすさまじく自分本位な性格である。おそらく同性異性を問わずほとんどの読者が反感をもつであろうこの女性を、私は諸手を上げて支持したい。るり子の人生観には協調も媚びへつらいもない代わりに、絶大なる自負がある。その強力無比なバリアーにひびが入り始めたときの彼女の踏ん張りがまた見ものである。萌は女が惚れる女だそうだが、るり子だってなかなかのものだ。並外れた自我に隠されたひとすくいの無我を、当然のように発揮するラストにはグッときた。女と女の友情にはこんな形もあったのだなあ。際立った存在感で脇を固めるゲイの二人も忘れ難い。男を書いても女を書いても唯川恵はたいへんに上手い。次回作ではそろそろ宮沢章夫を喜ばせるような《犬》を書いてみてはどうだろう。

あしたはうんと遠くへいこう
あしたはうんと遠くへいこう
【マガジンハウス】
角田光代
本体 1,400円
2001/9
ISBN-483871324X
評価:D
小説中の人物のすることにいちいち目くじらを立てるのは私の悪い癖である。テレビを見ていても『そんな腹立つんやったら見んといたら?』とよく家族にいわれる。この本を読んでいて遅まきながら自分のボヤキ体質を痛切に自覚した。他人にマーキングしてもらわないと居場所も見つけられない脆弱な人間の話など読みたくない。そんな連中は現実社会だけでたくさんだからだ。それにこの小説、やたら曲名、音楽家名を連呼しているが、なにがしかの空気を発生させるための道具なのか。もし同好の士だったら、おおこの作家いい趣味してるとか、うんうんそういうときはやっぱりこの曲だよな、などと激しく共感を抱いたりするのだろうか。だとしても私はごめんこうむる。大阪にはこういう小説に応じるうってつけの口調がある。ほんにどこなといきなはれ。

エンプティー・チェア
エンプティー・チェア
【文藝春秋】
ジェフリー・ディーヴァー
本体 1,857円
2001/10
ISBN-4163204008
評価:B
昆虫から学んだ知識を武器に大人を手玉にとる少年が今回の相手である。これが前作の《ダンサー》をしのぐ役者ぶりで、さすがのリンカーン・ライムも影が薄い。馴染みのない町で捜査に関わることとなったライムを地元警察のスタッフは快く思っていず、なにかにつけて起きる摩擦が昆虫少年との知恵比べを妨げる。それだけでも十分面白い小説になっているのに、何事もこねくり回さないと気のすまない作者は、またまた色々とやってくれる。サービス精神もここまでくれば、やり過ぎというものである。おまけに恋愛感情を露にするライムとアメリア・サックスの描写がまた煩わしい。二人にはもっとストイックな姿勢で事件に取り組んでもらいたいものだ。それを楽しみにしているファンには悪いが、私は気難しい上司と行動的な助手の関係でいてくれた方がずっと読みやすい。

堕天使は地獄へ飛ぶ
堕天使は地獄へ飛ぶ
【扶桑社】
マイクル・コナリー
本体 2,095円
2001/9
ISBN-4594032621
評価:AAA
けれんのない剛球真向勝負である。しかもディーヴァーの変化球攻めのあとだったので、このストレートの速いこと速いこと。殺されたのは人権派の黒人弁護士、弁護する容疑者も黒人、訴訟相手は市警察、容疑者が殺して埋めたとされる白人少女の両親は町の名士、折から町は警察への不信から一触即発の状態だ。身内の捜査員自ら《現場を汚す》という悪習慣、裏切り行為、政治的判断から真実を隠匿しようとする上層部にうんざりさせられる反面、抜擢というよりジョーカーを引かされたていのボッシュ・チームの孤軍奮闘ぶりが光る。いまや警察小説は事件そのものだけを描いていられないややこしさが付きまとう。悩める刑事ハリー・ボッシュの気が晴れることは永遠にないだろう。私は陰鬱非道な事件の背景から旧約聖書の重大な誤りを発見した。神はソドムを焼かなかった。なぜなら我々はいまもこうしてそこに住んでいるからだ。この件に関してはいつ何時でも反論を受けて立つ用意がある。ただし、代理人ではなく神ご自身の。

死者の日
死者の日
【扶桑社】
ケント・ハリントン
本体 1,524円
2001/8
ISBN-4594032613
評価:C
警察に追われる連中の逃亡先がメキシコというのはよく聞くが、逆に中南米方面からの密入国も茶飯のごとき風景らしい。そのメキシコ国境で麻薬取締局捜査官の立場を利用して、密入国者にたかる子悪党のまったくくだらない末路が、弛緩のない文章で描かれている。文章は引き締まっているのに作品自体はデング熱に罹ったようにものうい。主人公のどうしようもないルーズな性格がこの上ないだらだら感を生み出しているのである。その気だるさはたとえクルマで砂漠を疾走していても消えることはなく、こちらまで伝染しそうな気配がしてくる。明るいタッチの犯罪小説も考えものだが、ネクラ街道まっしぐらなのも相当にしんどい。昔は好きだったんだがなあこういう不健全な話。

マンハッタンでキス
マンハッタンでキス
【早川書房】
デイヴィッド・シックラー
本体 2,200円
2001/9
ISBN-4152083689
評価:B
登場人物の行動や環境が架空のアパート《プリエンプション》を介することで微妙に関連し合う、気の利いた連作短編集だが、はてその関連になにか重要な意味があるかといえば、さほどないのである。例えば『オパール』で出現したイヤリングがどんな結果を招くのか期待していたら、別にどうってこともない。ならそもそもあの不思議な店の意味は? いわくありげな(なにしろ生まれたとき第三の目があった)ドアマンの正体は結局ほったらかしで、反キリスト的人物の悪事は中途半端にフェイドアウトしてしまう。独立した短編としてまとまりのよい『スモーカー』などはむしろ例外で大半はアンチクライマックス(ひょっとして死語?)である。並々ならぬ破綻の兆しは頼まれもしないのに私が勝手に膨らませた妄想だったのだ。

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